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だから俺は諦めない⑦



 リグ先生が学校に来なかった。


 そのことを受け、俺とシスティナは授業を抜け出して、リグ先生の家を訪ねることにした。


 先生の家が王都で宿屋を営んでいることは前に聞いて知っていた。正確には、先生の奥さんの実家が宿屋であるらしい。


 場所も大体把握している。近くまで行って数人に聞き込みをしたところ、すぐに場所を特定することができた。


 けどそこにリグ先生の姿はなかった。 


「え? リグ先生、昨日からずっと家に帰ってきてないんですか?」


「そうなのよ。昔の知り合いに会いに行ってくると言って出かけたきりね」


 システィナの問いかけに、対応してくれたリグ先生の奥さんは頬に手を当てて困ったように微笑む。その足下では、リグ先生の娘さんがお母さんの陰に隠れながらこちらを盗み見ていた。亜麻色の髪を頭の後ろでちょこんとリボンで結んだ、可愛らしい女の子である。


「衛兵の詰め所などには知らせましたか?」


「一応ね。けど今のところ、なんの情報も入ってきてないのよ」


 リグ先生の奥さんも、先生のことを探しているようだった。つまり完全な行方不明ということになる。


「こういうこと、前にもあったりしましたか?」


「いいえ。結婚してからは初めてよ。あの人、この子のことを猫かわいがりしてるから、どれだけ遅くなっても家には一度帰ってくるの」


 奥さんに頭を撫でられ、リグ先生の娘さんは気持ちよさそうに目を細める。リグ先生も溺愛するのが納得の可愛らしい仕草だった。


「分かりました。私たちはこれで失礼します」


 ぺこり、とシスティナがリグ先生の奥さんに頭を下げる。俺も慌てて、それに倣った。


「あの人のことを心配してくれてありがとう。もしもあの人が見つかったら、すぐにあなたたちにも知らせるわね。ええと、名前は」


「私はシスティナです」


「俺はライです」


「あら、あなたたちが。あの人からよく話しは聞いてるわ。特に――」


「ライちゃん」


 リグ先生の娘さんが、舌っ足らずな声で俺のことを呼んだ。


「ロナも知ってる。ライちゃんでしょ?」


「ら、ライちゃんって」


「ぷっ」


 システィナが口を押さえて吹き出す。その呼び方は、生まれて初めてだった。


「ごめんなさいね。この子、お父さん子なものだから、よくあの人が口にする君のことを覚えてしまったみたいなの」


「そんなにリグ先生は、ライのことを話すんですか?」


「ええ。すごい問題児で、けどすごく頑張り屋な子だって。将来はきっと立派な騎士になるって言ってたわ。私も応援するわね」


「あ、ありがとうございます」


 そうなんだ。先生、家でも俺のことを話したりしてるんだ。その事実をどう受け止めたらいいのか、俺はよく分からなかった。


 分かったことは、先生の行方が分からないということだけ。


 俺とシスティナは改めてリグ先生の奥さんにあいさつすると、宿を後にする。


「ライちゃん。またね」


 お母さんの陰から頭と手だけを出して、リグ先生の娘さんが手を振ってくれる。


 俺たちはその小さな手に振り替えして、今度こそ宿を後にした。


「リグ先生の行方、分からなかったわね」


「そうだな」


「けど」


 システィナは真剣な顔で俺を見た。


「リグ先生の娘さん、奥さん似で良かったわね」


「ああ。リグ先生に似なくて本当に良かったよ」


 という冗談は置いておいて、これで手がかりがなくなってしまった。


 リグ先生の家族でも分からない行き先を、誰か知っている人はいないものだろうか?


「あ」


 俺は一人、その人物の顔が頭に思い浮かんだ。


「システィナ。もしかしたら、リグ先生の行き先を知ってる奴がいるかも知れない」


「え? ほんと?」


「ああ」


 俺はその人物のことを口にする。するとシスティナは嫌そうな顔をした。


「本当に会いに行くの?」


「他にあてなんてないだろ?」


「それはそうだけど」


 システィナはなおも渋るが、俺の真剣な顔を見て折れてくれた。


 そう、俺が思い出したのは、リグ先生が昨日会いに行っていた司祭のじいさんだった。あのじいさんと会ったあとに先生が行方を眩ませているのなら、その行き先を知っている可能性は高いだろう。


「実は一度ライを連れて行かれたあとに怒鳴り込みに行ってるから、あのクソ司祭がどこの教会にいるのかは分かってるのよね」


「お前そんなことしてたのか?」


「当然よ。さすがに聖堂に直接怒鳴り込むのは、お母さんに止められたけどね」


 あと一日待たされていたら突撃してたわ、と物騒なことをシスティナは軽く告白する。こいつは本当にシスターの卵なのだろうか?


 システィナの案内で、件の老司祭のいる教会に向かう。


「ここよ」


 司祭のいる教会にしてはかなり規模が小さいように見える以外は、極々普通の教会だった。


「すみません! 誰かいませんか?」


 システィナが教会の礼拝堂の扉を開けて中に呼びかける。礼拝堂の中は不自然なほど薄暗く、入り口から差し込む光が届かない奥の祭壇は見ることができなかった。


「すみません! 誰かいませんか!?」


「はいはい、どちら様ですかな?」


 システィナがさらに大声で呼びかけると、奥の暗闇からぬっと老人が顔を出した。間違いない。あの老司祭その人である。


「おや? 君は?」


 老司祭は、俺の顔を見て少しだけ細い目を見開いた。


「あのときの子だね。今日は一体この教会になんのご用かな?」


「えっと、俺、リグ先生を捜してて」


「そうなんです。リグ先生があなたと昨日会ったあと行方が分からなくなったので、なにか知っていることがあれば教えていただきたいと思って今日は参りました」


 俺の言葉に、システィナが説明を付け足す。


「なるほど。そういうことかね」


 老司祭は髭を撫でながら、納得したように何度も頷く。


「リグ先生とは、たしかに昨日お話させていただいたよ。どこへ向かったかも見当がついている」


「本当ですか!? 是非教えて下さい!」


「よろしい」


 老司祭はリグ先生の行き先の地図を口頭で教えてくれる。俺は途中で分からなくなったが、システィナは最後までしっかりと聞いて覚えていた。


「そちらがリグ先生が向かった先ですね」


「ありがとうございます。助かりました」


「助かりました」


「よいよい。私もリグ先生のことは心配だったのでね」


「と言いますと?」


 システィナが探るように相づちを打つと、老司祭はひげをしごき、声を潜めて言った。


「恐らく君たちも気付いていると思うが、リグ先生が会いに行ったのは咎人系スキル保持者、俗に咎持ちと呼ばれている子の家です。私もその子のことは覚えているのですが、かなりスキルランクの高い子でねぇ。風の噂では観察処分に落ち着いたようですが、どうにも精神が不安定なようで」


 やはりリグ先生は咎持ちであった生徒の元を尋ねたらしい。もしかしたら、そこでなにかあって軟禁されているのかも知れない。


「司祭様。差し支えがなければ、その子がどんなスキルを持っているか教えて下さいませんか?」


「ふむ。本来であれば、私の口から伝えるのは許されていないのですが」


 老司祭はシスティナの目をじっと見て、


「少女よ。あなたは聖女様を信じておられますか?」


「え? どうして今それを?」


 システィナが困惑した顔で老司祭を見返す。


「大事なことです。少女よ。あなたは聖女様を信じておられますかな?」


「……はい。信じています」


 システィナは俺の顔を一度見たあと、老司祭を見返してそう言い切った。


 にこり、と老司祭が笑みを浮かべる。


「結構。実に結構。であれば、教えて差し上げましょう」 


 老司祭はシスティナにその咎持ちの生徒のスキルを教えてくれた。隣にいたので、俺にもその声は聞こえていたのだが、老司祭は俺には聖女様を信じているかどうかは尋ねることはなかった。


「……まずいわね」


 スキルを聞いたシスティナはそう言った。


 俺はそのスキルがどういう力を持っているか分からなかったが、システィナは知っていたらしい。


「そんなにまずいのか? その『呪術師』ってスキルは?」


「そうよ。呪術師の使う呪いは、魔法とは似て非なるものなの。高ランクの熟練者なら、相手を遠距離から傷もなく呪い殺すことができるって話よ」


「おい、それってリグ先生が……」


「…………」


 俺の不安に、システィナはなにも言わなかった。


「とにかく急ごう!」


「待って。私たち二人じゃ、いざ戦いになったときに危険よ。まずは衛兵さんに伝えた方が」


「馬鹿! 衛兵に言っても、出動してもらえるまで時間がかかるだろ! 俺たちで直接行った方がいい! 間に合わなかったらどうするんだ!?」


「……分かったわ。けど途中で戦力の補充をしていくわよ」


「戦力の補充?」


 システィナは頷いて、一人の名前を口にした。


「あいつだってリグ先生にはお世話になってるんだし、誘えば協力してくれるかも知れないわ」


「そりゃまあ」


 システィナが誘えば、あいつは嫌とは言わないだろう。


「というわけで、司祭様。私たちは直接、その子の家に行ってリグ先生のことを確認してみます。申し訳ないですが、念のために衛兵の手配をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「任されましょう」


 老司祭は力強く頷いて、頼みを引き受けてくれた。


 俺とシスティナは頷き合い、教会を飛び出す。


「聖女様の祝福があらんことを」 


 後ろで、そんな祈りの言葉が聞こえた気がした。




 



「は? 殴り込みに行くからついて来て欲しいだ? 嫌に決まってるだろ? なんでオレがライに協力しないといけないんだ?」


 学校に戻って早速戦力の宛であるニルドに、まずは俺が頼み込むとにべもなく断られた。


「大体、リグ先生が行方不明って、そうと決まったわけでもないんだろ? 明日になったらひょっこり戻ってくるんじゃないか?」


「そうかも知れない。けど、そうじゃないかも知れないんだよ。ニルドだって、先生には色々とお世話になってるだろ?」


「それはそうだけどさぁ」


 ニルドは煮え切らない様子だった。リグ先生のことは気になるが、オレの頼みは聞きたくない。そんな感じだった。


 そして俺はニルドがそういう反応をすることを予想していた。その上で、ニルドに対する武器を用意していたのだ。


 少し離れたところにいるシスティナを手招きする。けどシスティナは頬をふくらませて、そっぽを向いてしまった。あらかじめお願いしてあったのに、土壇場になって嫌になったらしい。


「システィナ。頼むよ」


 リグ先生の命がかかってるかも知れないのだ。俺が懇願するように訴えると、システィナは大きくため息を吐いて、こちらに近付いてきてニルドの前に立った。


 腕を胸の前で組み、上目遣いでニルドを見つめる。


「お願い、ニルド。あなただけが頼りなの!」


「任せてくれ!」


 ニルドは頬を赤らめ、自分の胸を大きく叩く。


 ちょろいわぁ。実にちょろいわぁ。






 そんな感じで戦力を補充した上で、俺たちは老司祭が教えてくれた一件の家まで来ていた。


 その子は商会の娘らしく、家は邸宅と呼ぶにふさわしい大きさだった。けれど中から人の気配はまったくしない。庭の草木も伸びるまま手入れされている様子はない。窓硝子もいくつか割られていて、さながら廃墟のような有様だ。


「本当にこんなところに人が住んでるのか?」


「なんだよ? ニルド。もしかして怖いのか?」


 やや青ざめた顔で邸宅を見上げるニルドにそう言うと、ニルドは顔を赤らめ、木剣の切っ先を俺に向けた。


「Aランク剣士スキルを持ってるオレ様が怖いわけがないだろ! それを言うなら、ライの方こそ怖がってるんじゃないのか?」


「ば~か。そんなわけないだろ?」


 俺も学校で借りてきた木剣の切っ先を、ニルドに向ける。


「はいはい、遊んでないで行くわよ」


 システィナは俺たちの剣を両手で押しどけると、そのまま邸宅の敷地内に進んでいった。俺とニルドも剣を手に続く。


「すみません! 誰かいませんか!?」


 システィナが門の前で大声を出し、扉を何度か叩く。


 それを二回ほど繰り返したが、中から返答はない。


「ど、どうやら留守みたいだな。仕方がない。帰ろ――」


「あれ? でも鍵が開いてるわ」


 ニルドが帰りたがっていたが、システィナは無視して開いていた扉を開いた。


「帰りたいなら一人で帰れ、腰抜け」


 俺もそれに続く。


「ああくそっ! 誰が腰抜けだ!」


 ニルドもやけくそ気味に中に入る。


 すると、扉が一人でに、ばたん、と大きな音を立てて締まったではないか。明かりに乏しい邸宅の中は、それだけで真っ暗闇になってしまう。


「な、なんだ!? 扉が一人でに締まったぞ!?」


 ニルドが慌てたように内側から開けようとするが、


「あ、開かない! 閉じこめられた!」


「嘘だろ!?」


 俺も試してみるが、たしかに扉は開かなかった。びくともしない。


「どうなってるんだ? これ」


「し、知るかよ」


「ねえ、二人とも。扉もいいけど、前を見なさい」


 ニルドを二人して扉と格闘していると、システィナがそう言った。


 ニルドとまったく同じタイミングで前を見た。


 人形が宙に浮いていた。


「「うぎゃああああああああ――ッ!!」」


 俺とニルドは抱き合って悲鳴を上げる。


 出た! 幽霊が出た! ここは幽霊屋敷だったのだ!


 さらに人形は一体だけではなく、どこからともなくやってきては、俺たちを見下ろすようにして空中で停止する。女の子が欲しがりそうな可愛らしい洋服を着た人形だが、周りが暗いため、まるで白い肌だけが空中に浮いているように見えた。つまり人形の生首と手足の先だけが浮いているように見えるのだ。


 怖い。はっきり言ってすごく怖い。

 ニルドもガクガクと全身で震えて、今にも泣きそうだった。


「人形自体に仕掛けはないみたいね」


 そんな俺たちを余所に、システィナがおもむろに宙に浮いた一体の人形をわしづかみにして、仕掛けがないかを確かめていた。


 こいつ嘘だろ? どういう神経してるんだ?


「どうやらこれも呪術師スキルの力みたい。とりあえず、無効化しておきましょう」


 システィナは人形を床に叩きつけ、近くに置いてあった大きな調度品の壺をその上にのせた。


 人形はなんとか抜け出そうとするが、壺を持ち上げることはできなかった。その様子はさながら、死にかけの蛙が痙攣しているかのようだ。


 仲間のその姿を見て、集まっていた人形たちがすーと逃げるように立ち去っていく。


「ふんっ、根性がないわね」


 その辺に置いてあった花瓶を武器として構えていた、システィナはつまらなそうに逃げていく人形たちを見送る。


「じゃあ、二人共。リグ先生を捜しに行くわよ」


「「わかりました、システィナさん」」


「なんでさん付け?」


「おい、馬鹿ニルド。システィナさんにこれ以上迷惑をかけるなよ?」


「それはこっちの台詞だ。馬鹿ライこそ、システィナさんに情けない姿を見せないようにな」


「だからなんでさん付けなのよ!」


 システィナさんぱないっす。


 俺は頼りになる幼なじみと、頼りにならない幼なじみと一緒に、邸宅の奥へと向かうのだった。




 


 


誤字脱字修正

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