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だから俺は諦めない③



 結局、俺のステータスがどうして読めないのかは不明であるらしい。


 けど聖女様が俺に与えて下さった祝福によって、俺の解読不能のステータスが害あるものでないことは保証され、これによって俺のステータスは教会と国においては普通のステータスと同等なものとして扱われることになった。


 ステータス登録は完了し、俺は一週間ぶりに学校へ登校することになった。


「ねえ? ライ。本当に調子は悪くないのよね?」


「大丈夫だって」


 登校途中、システィナが何度目か分からない質問をしてくる。


「本当の本当に? もし調子が悪くなったり、どこか痛かったりしたら教えなさいよ。すぐに治癒魔法かけてあげるから」


「はいはい。わかったわかった」


 システィナは俺のステータスを病気かなにかだと思いこんでいるふしがある。さらには自分に治癒魔法スキルがあることを知ったものだから、ことある事に心配してくる。熱を出したチビたちじゃないんだから、そこまで過保護になることないのに。


「ちょっと、人の話聞いてるの?」


 ぞんざいな返事をしていると、システィナが頬を引っ張ってきた。痛い。


「なにすんらよ?」


「心配してあげてるのに、ライが適当な返事するからでしょ?」


 そう言ってシスティナは手を離す。

 俺は頬をさすった。絶対にこれ赤くなってる。


「システィナ。頬が痛い。治癒魔法かけてくれ」


「やだ」


 つーん、とシスティナにそっぽを向かれて拒否られる。


「なんでもかんでも治癒魔法をかけて治すのは良くないって、お母さんに聞いたの。だから私が治してあげるのは、本当に必要なときだけ」


「酷い話だ。絶対に自分が同じ状況だったら治してた癖に」


「お生憎様。治癒魔法は自分には使えないのよ」


「けどうらやましいのには変わりないぜ」


 俺はステータス画面を開いて、自分のステータスを見る。この一週間毎日のように確認しているが、やはり俺のステータス画面はいっこうに読めるようにならなかった。つまり望んでいた戦闘系スキルや魔法スキルがあるかも分からないということだ。


「はあ。本当ならSランクの剣士スキル手に入れて、今頃騎士団長に乞われて騎士団入りしてるはずだったのになぁ」


「そんな妄想してたんだ。あとSランクは後天的に超越してなるもので、生まれつきで最大のランクはAランクだからね」


「ていうことは、ニルドの奴は最高ランクを引いたってことかようらやましい」


「そうね。将来、本当に騎士になれるかもね。もちろん、ニルドがそれを望んでればだけど」


「望んでるに決まってるだろ! 男で騎士になりたくない奴がいるもんかよ!」


「そういうもの?」


 女であるシスティナには、騎士のあの格好よさが分からないようだった。


「けどライの場合、読めないってだけで、もしかしたら剣士スキルあるかもでしょ? 魔法スキルは、たとえあっても詠唱が読めない以上使えないだろうけど」


「なるほど。たしかに」


 ステータスが読めない。ということは、まだ俺にはあらゆるスキルがある可能性が残ってるということだ。


「よしっ、ならまだ夢を諦めるのは早いな」


「どうせ普通のステータスで、戦闘系スキルがなくても諦めなかったくせに」


「うるせっ!」


 そんな風に、ステータスが分かる前と同じようにシスティナと他愛のない話をしながら登校する。


 システィナは俺がステータスの読めない人間だと分かっても、まあ多少過保護にはなったが、変わらずに接してくれた。院長先生も、孤児院のチビたちも、それは同じだった。


 けど学校の連中は違った。


 学校に到着し、校舎の中に足を踏み入れると、いくつもの視線を感じた。


 またいつもの嫉妬の視線かと思い最初は気にしなかった。システィナはこれで学校一の美少女として有名で、幼なじみの俺はよく男子生徒からの嫉妬の視線を浴びていた。 


 だがどうも今日のものは感じが違った。なにより女子生徒からも同じように注目されている。中には俺を見ながら近くの友達とひそひそと内緒話する奴もいた。


「なんだろ? なにかあったのか?」


「さあ。私も久しぶりの登校だからわかんない」


「それもそうか」


 システィナと首を傾げながら、自分たちの教室に向かう。


「はよー」


 教室の扉を開けながらあいさつをする。


 すると騒がしかった教室から音が消え、すでに登校していた級友全員の視線が俺を向いた。


「な、なんだよ?」


 他の教室の奴らと同じような反応に、俺は級友の顔を見返すが、彼らは逃げるように俺から視線を逸らした。


「おい、なにかあったのか?」


「べ、別に。なんにもないって――あ、ニルド! 昨日言ってた話どうだった!」


 気になって仲の良かった男子に聞いてみるが、彼は視線をさまよわせてそう答えると、わざとらしく大声をあげてニルドの方に行ってしまった。


「なんなんだ?」


 訳が分からない。あいつ、あんまりニルドと仲よくなかったよな? 俺がいなかった間になにかあったのだろうか? ニルドに剣士Aのステータスがあったこととかかな?


 俺は友人や級友、学校のみんなの様子を不思議に思いながらも、そこまで気にすることなく自分の席に向かった。


「…………」


 むしろ俺よりも、システィナの方が強く気にしているようだった。教室の入り口のところで、考え込むようにして突っ立ったままだ。


 その頭の上に、ぽん、と教科書が載せられる。


「システィナ。そんなところに突っ立ってたら、他の子が入れないぞ」


「え? あ、ごめんなさい。リグ先生」


 システィナに注意したのはリグ先生だった。


「おはよう、みんな!」


 リグ先生は大きな声であいさつをしながら教室に入ってくる。その途中で俺に視線を合わせる。


 それを感じた俺は即座に視線を逸らした。俺はまだ、怒ってるのだ。


「……よし、じゃあ出席を取るぞ」


 先生は教壇まで行くと、出席を取り始めた。


 少し離れた席に座ったシスティナは、まだなにか考え込んでいるようだった。







 授業は何事もなく進んだ。


 学校は昼を少し過ぎた頃まで、日替わりで三つの科目を受けることになるのだが、今日の最後の科目は選択科目だった。


 あらかじめ複数ある選択肢の中からひとつを選んで決めるこの授業。俺は護身術を選択していた。


 護身術の授業では、身体の動かし方や簡単な剣術を教えてもらっていた。と言っても、担当のじいさん先生は戦闘系スキルを持っておらず、身体もほとんど動かないので、概ね適当に生徒同士で木剣を振り回したりしていることが多い。最近は専ら、試合形式で剣を打ち合わせたりすることが流行っていた。


「なあ、俺と試合しないか?」


「いや、俺はいいや。別の奴誘えよ」


 よく一緒にやっていた友人にそう持ちかけると、にべもなく断られる。


 なら別の奴を、と思って話しかけても、そちらにも断られる。


 同じだった。授業合間の休憩時間のとき、誰かに話しかけようとするたびにこうしてそっけない態度を取られていた。俺がなにかしたのだろうか? まったく心当たりがないんだけど。


 けどそれを差し置いても、今日の授業はこれまでとは雰囲気が違っていた。


 いつもならみんなはしゃぎながら剣を振り回しているのに、どこかだれた雰囲気で、地面に座り込んで話し込んでいる者も多い。まるで急にやる気をなくしてしまったような感じだ。


 けどこれでは訓練にならない。諦めきれずにもう何人かに話しかけていると、その中の一人がみんながこうなっている理由を教えてくれた。


「仕方ないだろ。そりゃ、騎士になるのは夢だったけどさ。僕には戦闘系スキルがなかったんだ。剣を振り回したってなんの意味もなかったんだよ」


 そういうことか。


 自分のステータスを知ってしまった生徒たちは、騎士になる、という子供の頃からの夢を諦めてしまったのだ。戦闘系スキルか魔法スキルがないと、騎士になるための学校に進学できないというのは有名な話だ。


「けど絶対に無理ってわけじゃないだろ?」


「無理だよ。絶対に無理だ」


 そいつははっきりと言い切った。そのあと、一人の生徒を指さした。


「それがはっきりと分かった。高いランクの戦闘系スキルを持ってる奴に、持ってない奴は一生敵いっこないんだ」


 そこにいたのはニルドだった。


 ニルドもまた周りからは避けられているようで、木剣を片手につまらなそうにしている。


 その視線がちょうどニルドの方を見ていた俺とぶつかった。にやり、とその口の端がつり上がる。


「よう、ライ。お前、対戦相手探してるのか? ならオレとやろうぜ」


「ニルドとか。いいぜ。やろう」


 これまでも授業で何度かニルドとはやりあっていた。戦績は五勝五敗と今のところ引き分けだ。ここはひとつ勝って、どちらが上かをはっきりさせてやらないと。


 じいさん先生の前に用意された開けた空間に移動し、俺とニルドは向かい合う。他の生徒たちが近付いてきて見物を始める。だがその顔はどちらか勝つのかという期待ではなく、俺に対する同情の視線が多かった。


「最初に教えておいてやるよ、ライ」


「なにをだ?」


 今日何度目のことか、周りの視線を不思議に思っていると、ニルドが自慢するような口調で言った。


「お前、馬鹿だから忘れてるかもだけど、オレはAランクの剣士スキルを持ってたんだ。つまり千人に一人の逸材なんだよ」


「だからなんだよ?」


 剣士スキルがある。だから剣の才能があるっていうのは分かる。けど、だからってそんな風に自慢してくるのは違うだろう。


 スキルはこれまで知らなかっただけで、ずっと自分に備わっていたものだ。それが見えるようになったからといって、これまでとなにが変わるというのか。俺は剣士スキルを持ってるお前に、何度も勝ってるんだぞ?


「オレがそのことをパパとママに伝えたらすごい喜ばれたんだ。それで、すぐにオレの剣士スキルを活かすための家庭教師を雇ってくれたんだ」


「そうかそうか」


 ニルド、両親のことパパママと呼んでたんだ。初めて知ったわ。


「はあ……ここまで言っても分からないなんて、ライは本当に馬鹿だなぁ」


「ニルドにだけは言われたくない」


 呆れたようにため息を吐かれる。そのあと、ニルドは剣を構えた。その構えは前よりも、なんというか、決まっていた。その家庭教師とやらに剣の握り方でも教えてもらったのだろうか?


「仕方ない。馬鹿のライには直接身体に教えてやろう。この一週間、師匠の下で剣士スキルの修行をした今のオレの力をな」


「なにを偉そうに。たかだか一週間だろうが!」


 その高くなった鼻を叩き折ってやる。俺は自分から攻撃を仕掛けた。


 踏み込んで、下から剣をすくい上げるように振る。ニルドは大柄だから、上から斬り込むよりも、下から打ち付けた方が対処されにくいことを、俺はこれまでの対戦で理解していた。そしてやはりニルドは俺の攻撃に対する対応が追いつかず、


「いいや。一週間もなんだよ」


「がっ!?」


 気がついたときには、俺の木剣ははじき飛ばされ、肩のところに強烈な一撃が叩き込まれていた。


 その痛みに耐えきれず、俺は膝をつく。


 なんだこれ? 剣の重さが前とは全然違う。それに、まったくニルドの剣の動きが見えなかった。


「分かったか? ライ。剣士スキル持ちが、正しい剣の戦い方を教え込まれたら、こういうことになるんだ」


 ニルドが俺のことを見下ろしながら、勝ち誇ったように告げる。


「戦闘スキルの有り無しで強くなれるかどうかが決まる。そう言われてるのも納得だな。ましてや騎士になるには高いランクが必要だってのも、やっぱり真実なんだよ。だからさ、ライ。お前は騎士になるのを諦めろ。お前のあのステータスじゃ無理だ」


 その言葉に頭に血が上る。


「ふざけんな! もう一回だ!」


 立ち上がって、もう一度ニルドに挑む。ニルドは肩をすくめて、余裕の態度で剣を構えた。







 温かな光を感じて目を覚ます。


 どうやらニルドと戦っているうちに気絶していたらしい。目を開けると、手のひらに光を浮かべているシスティナの顔が目の前にあった。


「システィナ? それが治癒魔法なのか?」


「そうよ。今、あんたの傷を治してあげてるの。あんた、ニルドにボコボコにやられたの。覚えてる?」


「覚えてるよ。忘れられるか」


 ニルドに何度も何度も挑み、そしてすべて一撃で叩き伏せられた。


 一週間前は同じくらいの強さだったのに、今は天と地ほどの開きがあるように感じられた。


「あれが戦闘系スキルの力、なのか」


「正確には力の使い方が分かった、かしらね」


「その治癒魔法みたいに?」


 システィナは俺のその言葉にはなにも言わず、黙って俺の傷を治し続けてくれた。さすがのニルドも俺を大怪我させるようなことはしなかったらしい。まだ治癒魔法を使えるようになったばかりのシスティナでも、時間をかければ治せる程度の怪我でしかなかった。


 それは別の意味では、ニルドには手加減できる余裕があったということで。

 そしてシスティナは本当に、かすり傷ひとつ残さずすべてを治してしまった。


 ようやく俺も理解する。


 これがスキルだ。これこそがスキルなのだ。


 天より与えられた才能。フィリーア教曰く、神の愛の形。


 ならステータスの読めなかった俺は、一体、なんなのだろうか?


「……システィナ」


「なに?」


「俺、普通のステータス画面がよかった」


「……そう」


 システィナは一言そう頷いて、それ以上はなにも言わなかった。







 次の日、登校して席についた俺は、机の中から教科書を引っ張り出した。


 代々受け継がれてきたボロボロの教科書にはたくさんの落書きが書かれている。けれどそれらとは違って真新しいインクで、最初のページをめくったところにこう書かれていた。


 ――咎持ち、と。


 周りの俺を見る目は、致命的に変わり始めていた。





今回が鬱的には一番かもです。これ以上の具体的なそういう描写は控える方針なのでご了承を。


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