孤独の鍛冶師⑤
謎のエルフさんに連れて行かれた先は、王都にある一番大きな大聖堂、アグルヌス大聖堂の中だった。
教会関係者意外立ち入り禁止の場所を、我が物顔で進んでいくエルフさん。
「こちらになります」
ひとつの扉の前で立ち止まったエルフさんは、軽く扉を叩く。
「フィリーア様。例の彼をお連れしましたよ」
「入ってもらって」
中の人から入室の許可が下りたので、エルフさんと我が輩は部屋の中に足を踏み入れた。
部屋は教会の一室らしく白を基調とした部屋だったが、それでも家具の類ひとつひとつが洗練された一流の職人によるものであることが分かる。調度品も目玉が飛び出しそうな高級品だ。
そんな部屋の主は金色の髪に青い瞳の、綺麗な人間の女性だった。
暴走したライくんを鎮めに現れた聖女フィリーアその人だ。
机に向かって仕事をしていた聖女様は、羽根ペンを片付け、我が輩の方を見た。というよりはにらみつけてきた。
「私が言いたいことはひとつだけよ。二度とライにアビスコールを使わないで。それを約束してもらえるのなら、私は今回にかぎりあなたの行いを見逃すわ」
開口一番、上から目線で言われた言葉は、事実上の命令だった。
聖女様その人の頼みを、市井の一鍛冶師が断れるはずがない。
まあ、相手は命の恩人だから、大概のお願いは断ったりしないけどね。
それにライくんにアビスコールを使わないなんて、言われるまでもなく思っていたことだ。
「約束しよう」
「そう、約束は此処に交わされたわ。破ったら木っ端みじんだからね?」
聖女様は満足そうに頷いて、子供みたいなことを言う。聖女様でもそういうこと言うんだなぁ。
表情を和らげた聖女様は、ここまで我が輩を案内してくれたエルフさんに視線を向けた。
「あれを渡してあげて」
「あれ、と言いますと、もしや先程お預かりした白聖石ですか?」
「そうよ。早く渡してあげて」
白聖石! 黒竜石と並んで希少な剣の素材となる金属だ。教会で特別な聖別の儀式を行わないと精製できない金属だと聞いている。
どこどこ!? 本当にボンちゃんにくれるの!?
期待の眼差しをエルフさんに向けると、エルフさんは少し困った様子でまゆを寄せた。
「そうだったのですか。てっきり、いつもいつも文句も言わずに馬車馬のように働いている自分へのご褒美だとばかり」
「なんでそうなるのよ? あんたにご褒美なんてあげるわけないじゃない。大体、白聖石なんてもらって嬉しいの?」
「ええ。まだ食べたことがなかったので」
「今なんて?」
今なんて?
我が輩の心の声と聖女様の声がかぶった。
「だから自分、まだ白聖石は食べたことがなかったので、もらって少し嬉しかったんですよ」
「え? ちょっと待って。あんた、もしかして食べたの? あれを?」
「はい。なかなか美味しかったですよ?」
「……あんた、アレ以外も食べたりするのね」
「まあ、興味深いものは味見するようにしています。特に今の自分は君に例のスキルを封印されている身ですからね。一番の好物が食べられなくなって、お口が寂しいんですよ。なので、是非とも今後ご褒美を頂ける際には、珍しいものでお願いします。たとえば、フィリーア様の御髪などをいただければと思っています」
「…………」
聖女様がエルフさんを汚物でも見るかのような眼で見ていた。やだっ、ボンちゃん。変な性癖に目覚めそう!
「もういいわ。あんたに預けた私が馬鹿だった。……あれ、すごく高かったのに。お小遣いをこつこつ貯めて取り寄せたのに」
頭を抱えて困っている聖女様。
それをしばらくにやにやと見ていたエルフさんは、おもむろに我が輩たちに背中を向けると、ごそごそとなにかをしてからもう一度こちらに向き直った。
その手には先程までなかった、光り輝くインゴットが。
「はい、どうぞ。白聖石です」
「今どこから出した?」
今どこから出した?
またもや我が輩の心の声と聖女様の声が重なった瞬間だった。
ていうか、よく分からないところから出したインゴットを押しつけないで! ちょ、髭は、髭はらめぇえええ!
「いい! ボンちゃん、君とってもいいですよ!」
「うわぁ」
聖女様はそんな我が輩たちゴミでも見るかのような目で見ていた。
我が輩が聖女様を信仰すると心に決めた瞬間だった。
さて――そんなわけで、期せずして希少な素材が手に入ってしまったわけだが。
聖堂からお店まで戻ってきた我が輩は、さっそく作業場にこもり、黒竜石と白聖石の二つを前に悩んでいた。
どうしよう? どっちをライくんの剣の素材に使うべきだろうか?
どちらを使っても、最高の剣が仕上がる確信がある。
となれば、金属自体が持つ性質に焦点を当てるべきか?
黒竜石は持ち主の欲望を加速させ、白聖石は魔を払うと伝えられている。
冒険者には貪欲さが必要だから黒竜石の剣がふさわしいか、いやいや、色々と厄介事に巻き込まれていそうだからここは白聖石の剣をお守り代わりに持つべきじゃないか。
「すみません!」
そんな感じで悩んでいると、今日三度目の来店があった。いや、二人の使者はどちらも勝手に店に上がり込んでいたが。
そういう意味ではこれが一人目の来店だ。
立ち上がって出迎えに行くと、声から察していたが、ライくんの姿があった。
「よかった。元気そうだな」
我が輩が怪我を負ったことを聞いたのか、ライくんはまず我が輩の無事を喜んでくれた。思わず、ほっこりしてしまう。
そう、これだよこれ。我が輩が求めていたお客様はこれなんだよ!
入って入って! あの変態エルフに飲まれていた奴だけど、最高級の紅茶をいれてあげるから上がっていって!
「ここではなんだ。入れ」
「いや、その前に謝らせてくれ。今回は俺の都合に巻き込んで、危険な目に遭わせてすまなかった」
ライくんは深く頭を下げた。え? なんでライくんが謝るの?
「あんたが謝ることはなにもないはずだ」
「そんなことない。ボンマックに怪我させた元々の原因は、俺が暴走したからだ」
「記憶があるのか?」
「……うっすらとだけど、今回はある」
今回か。ということは、前にも同じようなことがあったのだろうか?
……うん、さすがにボンちゃんも分かってたよ。ライくんのあれが、アビスコールの効果によるものではないってことくらい。
アビスコールはあくまでも切っ掛けに過ぎなかった。あの黒い闇に包まれた姿は、ライくんが最初から抱えているなにかが原因だった。
だからライくんは謝ってくれているんだと思う。
けどね、いいんだよ?
「気にするな。誰にも予想できなかったことだ」
「けど!」
「我が輩が効果を伝えずにアビスコールを使ったことにも問題はあった。だから気にするな」
お茶にしよ? ね?
「……ボンマックは、俺が怖くないのか?」
ライくんは迷ったすえに頭を上げ、そう聞いてきた。
「どういうことだ?」
「ボンマックも見たはずだ。俺にはよく分からない力がある。俺自身にも分からない力が」
ライくんは自分の右手を見る。そう言っている本人が恐れているような顔で。
「俺はステータスが読めない人間だ。だから、どんなスキルを持ってるか分からない。あの力はなにかのスキルによるものだろう。けど、それがどういうものなのか、どういうときに発動するものなのか、そしてどういう結果を生むのか、まったくわからない。いつまた暴走するか分からないんだよ」
ステータスが読めない。それはつまりどんな力を持っていてもおかしくなくて、そうである以上、どのような危険を伴うかも予想がつかないということだ。
世の中には様々なスキルを持っているヒトがいる。
中には触れるだけで害を与え、近付くだけで悪影響を受けてしまうようなスキルも存在している。
ライくんにそういった危険なスキルがないとは、ステータスが読めない以上は言い切れない。
だからライくんは怖くないのかと聞いた。裏を返せば、彼は怖がって当然だと思っているのだろう。
なら、我が輩の答えは決まり切っていた。
「ボンちゃん知ってるよ。ライくんが優しい奴だって」
ライくんと過ごした時間は一日に満たない。けどそれでも分かることはあるのだ。
「我が輩は怖い顔してるからいつもみんなに避けられる。けどあんたは気にせずに話しかけてくれた。心配して見に来てくれた。謝りに来てくれた」
「そんなの普通だろ」
「そう、あんたにとってそれは普通なんだろう。けど我が輩はそれがすごく嬉しかった」
だから友達になりたいって、そう思ったんだ。
「だから、やっぱり怖くない」
「……そっか」
ライくんは安心したように胸を撫で下ろしたあと、視線を横に向け、口元を手で覆い隠した。
嗚咽を堪えてる? ボンちゃんの温かい言葉に泣きかけてる?
いいよ。ボンちゃんの胸に飛び込んできてもいいんだよ?
けどどうやら泣いているわけではないようだった。
「その顔でボンちゃんって」
ライくんは必死に笑いを堪えていた。
「おい」
「悪い。けどだって、俺を元気付けるためだったのかも知れないけど、ボンちゃんって」
ついに堪えられなくなったライくんは吹き出して、本格的に笑い始めた。
ひどい! ボンちゃん、すごく勇気出したのに! 笑うなんてひどい!
泣くよ? 思い切り泣いちゃうよ? いいの!?
「悪かった。悪かったから、そう怒らないでくれ。お詫びといってはなんだけど、これから一緒にお酒でもどうだ? 俺が全部奢るからさ」
「ほう?」
お酒!? 一緒にお酒!? なにそれ友達みたい!
「いいのか?」
「ああ、どれだけ飲んでもらっても構わない。俺はボンマックと飲んでみたい。もしかしたらボンマックは本当は面白い奴なのかもって思えてきたし、一度ゆっくり話がしてみたい」
そう言ってくれるのは嬉しいが、我が輩はまだ頼まれた仕事を終えていない。
「まだ剣は出来てないぞ」
「ああ、ルッフルから聞いたよ。ギルドマスターから素材もらって、それで剣を作ってくれるんだって? それはそれで楽しみにしてるけど、別に急いでるわけじゃないしゆっくりでいいさ」
「……そうだな」
我が輩も今回の仕事はゆっくりとやりたかった。
黒竜石と白聖石。どちらを使うべきかはゆっくりと考え抜いて決めたい。あるいは別の考えも浮かぶかも知れないし。
「なら行くか」
「ああ、行こう」
ライくんと並んで酒場を目指す。
その道中で、まるで普通の友達みたいに冒険の話などをする。
あれは楽しかった。あれは辛かった。たった一度だけの短い冒険だけど、一緒に行った冒険の話は尽きない。
そしてまもなくライくんおすすめの『黄金の雄鶏亭』に到着するという頃、ライくんは改めて言った。
「なあ、ボンマック。俺さ、今回の冒険でひとつわかったことがあるんだ」
ボンちゃんの魅力?
「なんだ?」
「俺、自分自身が思っているよりも、少しだけ強いみたいだ」
……いや、あれは少し、なのか?
我が輩も冒険者の力量に詳しいわけではないが、それでもライくんの強さが普通じゃないことくらいはわかる。ライくんが自分のこと、どれくらい強いと考えてるかは知らないけど、たぶんそういう次元の問題じゃない気がするんだけど。
「少しだけ、ほんの少しだけど、自信をもっていいのかもな」
けどそれを伝えたところで、ライくんの自信になるかどうかは分からなかった。
「そうか」
だから相づちだけを打って、それ以上はなにも言わなかった。
ライくんが我が輩のことをまだなにも知らないように、我が輩もライくんのことをまだなにも知らない。だから無責任なことを言うのははばかられた。
……そう、そうだ。改めて我が輩は知りたいと思った。
今、隣を歩いている青年。自分に得体の知れない力があると知って恐怖していたにもかかわらず、それでも我が輩なんかの言葉をバネにして今は前を向いて歩いている。
その強さはなんなのか。そこにはもっと根本的な支えとなるものがあるように見える。
さらに彼は冒険者たちを束ねるギルドマスターに、数え切れないほどの信者たちに崇められる聖女様に、特別気にかけられているような人物だ。
なぜそこまで特別視されているのか?
そしてあの垣間見せた謎の力はなんなのか?
ステータス画面が読めない。そこから始まったであろう彼のこれまでの半生に、一体なにがあったのだろうか?
「先生。俺、夢に近付けてるのかも知れないよ」
小さくつぶやきをもらすその横顔を見て、思う。
ライ・オルガスとは、如何なる人間なのだろうか、と。
今回でエピソードは終了です。
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次回、主人公視点の過去編を予定しております。




