孤独の鍛冶師④
光と闇とがぶつかり合い、空と大地とが一撃ごとに変わっていく。
「るぅおおおおおおおッ!!」
「ホーリーエンゲイジメント!」
ライくんと女神様の戦いは、我が輩にはなにがなんだか分からなかった。すごいなー、という感想しか沸いてこない。
「あれってもしかして聖女様? なんでこんなところに?」
さすがのルッフルさんも二人の戦いには手を出せないようだった。
ていうか、え? 聖女様? 女神様じゃなくて聖女様だったの? まずくね?
万が一にもライくんが勝って聖女様を殺してしまおうものなら、全世界の信徒たちが敵に回るだろう。即ち、元凶であるボンちゃんの命が危ない。くっ、殺すなら殺せ、と自分が叫んでいる未来が簡単に想像できてしまった。
止めなければならない。なんとしてでも!
なんて、短絡的に考えるのはただのドワーフだ。よく鍛えられたドワーフの我が輩は、こんな危機的状況でも慌てたりはしないのだ。
なぜなら、もうすぐ我が輩がライくんにかけたアビスコールの効果は切れる。
アビスコールは効果が絶大な代わりに持続時間が短い。そして強化がいきなり切れると、反動から自然と心が落ち着くのだ。元に戻ったライくんを見れば、聖女様もすぐに矛を収めるだろう。二人の間の誤解は消え、みんな仲よし、ボンちゃんとライくんは友達になってめでたしめでたしである。
だから、ルッフルさんや。そんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ?
「少し落ち着け」
「ボンマックが落ち着きすぎなの! もしもライくんが死んじゃったら、王都を血の海に変える子だっているんだからね!」
ひゅう! さすがルッフルさん! 友好関係も物騒だね!
いや、この場合ライくんなのか? けどギルドの受付嬢のエルフさんみたいに、ライくんの知り合いも心優しそうなヒトだったけど。
あ、ダメだわ。ライくんがルッフルさんと知り合いだった時点でダメだわ。
けど大丈夫! アビスコールはもう切れるからね!
ほら、ライくんのまとう闇も少しずつ薄れて……ないや。むしろ濃く大きくなっている。
どういうこと? どうしてアビスコールが切れないの?
「……まさか」
聞いたことがある。補助魔法はかける相手によって効果が異なる場合がある、と。
つまりボンちゃんとライくんの相性がすごく良かったってことだよ! いやっほう! これは親友間違いなしだぜぇ!
「――ヘブンズシール」
その前に、なんか聖女様に殺されかけてるけど。
聖女様の放つ光は鎖のようにライくんの身体にからみつき、その異形と化しつつある四肢を拘束する。そこへさらなる魔法を唱え、光によって容赦なく滅多打ちにしていく。そこには痛みが伴うのか、ライくんの上げる咆吼もどこか悲痛な叫びに似ていた。
だめっ、見てられない!
痛々しい姿に視線を逸らしそうになる。けれど、ぐっと堪えて我が輩は前を向き続けた。
だって、ライくんがああなっているのはすべて我が輩が原因だ。その我が輩が、どうして目を逸らすことができよう?
ルッフルさんが腕を引いて、我が輩を戦いから遠ざけようとするが、我が輩はその手を振り払った。
我が輩は見届けなければならない。この戦いに決着がつくまで。
それがどのような結末であれ、我が輩にはそれを見届ける責任がある。そう思って一人たたずむ我が輩、すごく格好いい。
と、自分で自分に惚れ直した次の瞬間だった。
戦いの余波で岩の塊が我が輩に飛んできて、そのまま我が輩の身体に突き刺さる。
だが安心安全の甲冑を身につけてきた我が輩に死角はなかった。
「ボンマック!」
そう、ルッフルさん以外はね!
ルッフルさんに砕かれた部分に命中した岩の塊によって、我が輩の意識は闇へと沈んでいった。
うん、仕方ないわー。我が輩もがんばったんだけど、これは仕方ないわー。
戦いの決着を見届けたいのは山々なのだが、それはそれ、これはこれ、ということで。
お休みなさい。がくっ。
◇◆◇
次に目を覚ますと、そこは我が輩の店舗兼自宅のベッドの上だった。
なんだ。夢か。
我が輩の力によって誕生したサイキョーの冒険者ライくんと聖女様の大決戦とは、ずいぶんと壮大な夢を見ていたものである。
問題はどこからが夢でどこまでが現実だったかということなのだが……。
「うぅん」
無意識に髭を身繕いしつつ考え込んでいると、隣で悩ましい声がした。
……これはまさか。
恐る恐るベッドの隣を見てみると、そこには目をこすりながら身体を起こすルッフルさんの姿があった。
いやぁああああああああああ――ッ!!
ルッフルさんに汚されたぁあああああああ――ッ!!
ひどい! ひどい過ぎる! 鬼! 悪魔! ルッフルさん!
「あ、ボンマック。起きたんだ」
ルッフルさんは凍り付く我が輩の顔を見て、にへらと笑う。
「よかった。元気みたいだね」
「……お陰様でな」
皮肉を込めて返すと、ルッフルさんは「気にしないでいいよ」と手を振る。いや気にしろよ。我が輩を傷つけた責任は絶対に取ってもらうんだからね!
「けど良かった。ボンマック、ライくんと聖女様の戦いの余波に巻き込まれて死にかけてたからねぇ。上半身と下半身が千切れかけてたし。あそこに聖女様がいなかったら、ボンマック、今頃死んでたよ」
ボンちゃん、今日から聖女様信仰するわ。
ていうか、あれって全部現実のことだったんだ。
「……あいつはどうなった?」
「あいつって、ライくんのこと?」
「そうだ」
ご臨終ですか? それともご臨終ですか?
「ライくんなら泊まってる宿の方に運ばれたよ。今はリカがついてくれてるから大丈夫」
というからには生きてるのか。よかった。我が輩のように聖女様が癒してくれたのだろうか?
「怪我の具合はむしろボンマックより軽かったから、すぐに目を覚ますんじゃないかな。まあ、しばらくは安静にさせられると思うけどね」
と、とりあえず、冒険の仲間みんなが五体満足で帰ってこられたということだな。よかった。よかった。
当初の予定だった剣の素材は手に入らなかったわけだけど、すべては命あっての物種である。
今になって思い返してみれば、小さな悲劇はあったけど、むしろ今回の冒険は大冒険と言えるかも知れない。ボンちゃん、すごく怖かったけど、すごく楽しかったよ。もう二度とごめんだけどね。
「冒険は終わり、ということだな」
じゃあ、これにて旅の仲間は解散ということで。
はい、ではルッフルさんも帰って下さい。
看病してくれたことには感謝してあげるので、火急速やかにご帰宅下さい。
この様子なら、ボンちゃんはまだ清い身体のままのようだが、色々としてくれたことは忘れてないんだからね!
ていうか、あなた、どうやってボンちゃんの家に入ったの? 心なしか隙間風が吹き込んでくるような気がするけど、まさか入り口の扉を壊したりとかしてないよね? ね?
「あのね、ボンマック。アタシ、ひとつボンマックに謝らないといけないことがあるんだけど」
いきなり胸の前で指をつんつんとふれ合わせて、我が輩のことを申し訳なさそうな顔で上目遣いで見てくるルッフルさん。
「ほら、アタシも今は冒険者ギルドの一員だしさ。色々としがらみもあるわけで」
はい、もういいよ。怒らないから言ってみて。なにしたの? 今回はなにをしでかしたの?
「今回のライくんの異変も報告しないわけにはいかなくて、そうなるとどうやってライくんがそうなったのかも説明しないといけないわけで」
あ、やっぱりやめて。ボンちゃん、その先を聞きたくない。
だけどルッフルさんは空気が読めないので、てへぺろ、と可愛くもないのに可愛く舌を出して言った。
「ごめんね! うちの怖いギルドマスターにボンマックの力のこと話したら、目を覚まし次第連れてこいって言われちゃった!」
ボンちゃん知ってるよ。ルッフルさんに関わるとろくなことがないってね。
はい。そんなわけでボンちゃん、今、その怖いギルドマスターさんの前に立たされてるわけですが。
「やあ、君がボンマックくんだね? 私はラファエル・グリムド。王都の冒険者ギルドのギルドマスターをしている者だ」
執務机に肘を突いて、にっこりと微笑んでいるラファエル氏。
すごくいい人そうだけど、あのルッフルさんが怖いとまで言った人だ。その優しい顔が見せかけだってことくらい、ボンちゃんにも分かるんだから!
だからごめんなさい。なんでもするから許してください。
唯一の出入り口も執事さんによって塞がれてしまっている現状、我が輩に出来ることはただひたすらにへりくだることだけだった。舐めろと言われたら、靴だって舐めますよゲヘヘヘヘ。
「用件はなんだ?」
我が輩にだってどうにもならないことはある。そう、この口とかね!
「そうだね。単刀直入に話させてもらおうか」
ラファエル氏は机の上に羊皮紙の束を置いて、我が輩の方へと押し出した。
その束を持ち上げて見てみる。
そこには我が輩の個人情報が事細やかに記されていた。
あ、これ本気でやばい奴だ。
両親の名前。どこで生まれ、どこで育ち、誰に弟子入りしていつこの国にやってきたのか、我が輩のすべてが記載されていた。いくら同郷のルッフルさんがいるとはいえ、彼女でも知らないことまで調べ尽くされているのを見れば、自分が関わっていけない人物と関わってしまったのだと自覚するのは簡単だった。
「ボンマックくん。君のことは調べさせてもらったよ。その上で問いたい。君はすべて理解した上で、ライくんと接触し、彼に補助魔法をかけたのかい?」
「まさか」
ライくんがああなってしまうと知っていたら、我が輩は補助魔法なんてかけたりはしなかった。今は後悔しかない。
「……そうか。それならいいんだ」
しばらく真顔で我が輩のことを見ていたラファエル氏だったが、にっこりと微笑んでその観察するような眼差しを引っ込めた。
「けど君がライくんの秘めたる力を覚醒させたという事実に変わりはない。ボンマックくん、君には是非私の計画に協力してもらいたい」
「計画?」
「そう、計画だ。この世界を変える大いなる計画だよ」
すごいなぁ。こんな恥ずかしいことを堂々と言えることもそうだけど、それ以上に、本気で世界を変えられると思っているのがすごい。
「それはなんだ?」
「具体的なことはまだ言えない。君が本当に協力してくれるとは限らないからね」
ラファエル氏はそう言うが、その口ぶりは絶対に我が輩が協力してくれると確信しているかのようだった。もしかしてルッフルさんを傷つけられたくなければ協力しろとか、そういうこと? だったら我が輩の返答は決まってるよ。
どうぞどうぞ。煮るなり焼くなり好きにしてください。
ルッフルさん! 我が輩を売ったこと、絶対に許さないからね!
「ボンマックくん、私は君に一度本気で考えてもらいたい。生まれ持ったステータスによってすべてが決定するこの世界が正しいのかどうかをね」
「この世界が正しいかどうか、だと?」
「そう、君も息苦しく感じたことがあるはずだ。この世界は狭すぎると。まるでこの世界は誰かによって作られた箱庭のように、どこか歪んでいると」
いや別にないけど。
「世界の創造主。それを指して、神と呼ぶのではないのか?」
我が輩のこの問いかけに対し、ラファエル氏は我が意を得たりと言わんばかりに笑みを深め、別の話題を口にし始めた。
「つい先日のことだ。この王都の近くでひとつのダンジョンが見つかったのは知っているかな?」
「マルドゥナダンジョンか」
一時期すごく話題になったから、さすがの我が輩でも知っている。
「そう、マルドゥナダンジョンだ。このダンジョンを発見した冒険者パーティーの代表者をフレミア・マルドゥナという。嘘吐きマルドゥナ、と言えば聞き覚えがあるかな?」
我が輩は頷く。有名な寝物語だ。我が輩も昔、よくママンに読んでもらった。
「その嘘吐きマルドゥナの物語にはモデルがいる。他でもない、フレミア・マルドゥナのご先祖様がこれにあたる」
ラファエル氏は我が輩に、ドラゴンを発見し、そのステータスを読み取った宮廷魔導師マルドゥナの顛末を語り聞かせた。
「マルドゥナダンジョンのこともあってね、私はこの事件のことを少し詳しく調べてみたんだ。するとおもしろいことが分かった。当時のフレンス国王は、マルドゥナを最後まで信じて庇い立てしていたというんだ」
「マルドゥナは嘘吐き呼ばわりされて追放されたのではなかったのか?」
「そのとおりだ。つまり時のフレンス国王は命令され、そうせざるを得なかったということさ」
「馬鹿な。国王に命令できる者などいない」
「いいや、いたのさ。たった一人だけ。大陸中の国々に絶大な影響力を持ち、一国の王だけでは従うほかなかった相手がね」
そこまで言われた我が輩も一人思い当たる人物がいた。
「そう、マルドゥナを嘘吐き呼ばわりして表舞台から追いやったのは、聖女フィリーアその人だ。どうやらフィリーア教には、ドラゴンのステータスを公表されては困る理由があったらしい」
「ドラゴン……」
大いなる怪物。姿形さえ不確かな伝説のモンスター。その名を聞いて、ふと我が輩の脳裏を過ぎったのは変貌したライくんの姿だった。
いや、でもまさかね。たしかにあの姿は謎の塊だったけれど。
「前々から予想はしていた。だが今回の一件で確信したよ」
ラファエル氏は言葉を続ける。
「ライくんとドラゴンとの間にはなにかしらの関係性がある。そして、教会は我々の知らないドラゴンの秘密を故意に隠している。でなければ、わざわざ聖女その人が暴走したライくんを止めるために出張ってくるはずがないからね」
「…………」
「つまり教会は神の名を騙り、この世界を自分たちの都合がいいように歪めている。そうは思わないかい?」
我が輩はその問いかけに返す言葉を持っていなかった。いきなりそんなこと言われても、その、困る。
「返答は今でなくてもいい。よく考えて、それからしてくれればいいよ」
ラファエル氏も告白への返答を待ってくれるようで、別の物を机の上に出した。
「今回の冒険は剣の素材となる鉱石を探していたと聞いた。よければ、この鉱石を使ってみてはどうだろうか?」
ラファエル氏は艶のない真っ黒なインゴットを差し出してくる。我が輩も見たことがない金属で、まるで闇を塗り固めたかのような代物だった。
「これは?」
「今は滅んだ国の跡地から見つかった黒竜石と呼ばれる代物だ。噂ではドラゴンの力によって汚染された鉱石だとか。まあ、実際のところは分からないが、武器の素材としては最高級品だと聞いてね。ライくんが使う武器の素材なんだから、これくらいの曰くがある代物でないと」
「これがあの黒竜石なのか」
その噂は我が輩も耳にしていた。滅多に手に入ることがない代物で、このインゴットひとつで王都の高級住宅地に豪邸が建てられると聞いている。
正直に言って触っているのも怖いが、一人の鍛冶師としては高鳴る物があった。
これを素材にすればどんな武器ができるのだろう?
そう思ってしまった瞬間、これを返却するという考えはどこかへ行ってしまった。
「どうやら気に入ってもらえたみたいだね。ではライくんにふさわしい武器を頼むよ、ボンマックくん」
これで話は終わりらしい。我が輩の肩を叩き、ラファエル氏は最後に耳元で囁いた。
いやん、くすぐったい。背筋がぞくぞくするよぅ。
「一応忠告しておくけど、ここでの話は外には言いふらさないようにね?」
いやん、怖い。背筋がぞくぞくするよぅ。
これはとんだことに巻き込まれたものである。もう可愛いペットになるから、それで許してくれませんかね?
はあ……厄日だ。
平謝りするルッフルさんに見送られ、冒険者ギルドを後にしお店に戻ってきても、我が輩の身体から恐怖が抜けることはなかった。
だが悲しいかな。これで終わりではなかった。
「やあ、ボンちゃん。お邪魔していますよ」
厄介事は続く。いつも暇なお店には、一人の客人がいて我が輩のことを待っていた。ライくんの知り合いのエルフさんと特徴の似ている、銀色の髪のエルフさんだった。
「あなたに会いたいという人がいます。ご同行をお願いできますか?」
はいはい、どうせ無理って言っても無理矢理連れてくんでしょ? ルッフルさんみたいに。ルッフルさんみたいに!
ていうか、あなたが勝手にいれて飲んでるそれ、我が輩がこっそり取り寄せた、今度美味しいケーキと一緒に飲もうと思ってた最高級の紅茶じゃね?




