孤独の鍛冶師②
ルッフル・マルドゥガル。
ドワーフの王国ラグハルトで、巨大な販路を持つマルドゥガル商会のお嬢様。だがその本性は多くの子供たちを腕力によって従えた小さな暴君。歳の近い少年少女たちからは今なお恐れられ続けている狂犬お嬢様である。
そんなルッフルさんは『狂戦士』というスキルを生まれ持っていた。
咎持ち一歩手前の危険なスキルをお嬢様が宿していたことに、マルドゥガル商会の重役たちは頭を抱えることになった。これでは嫁のもらい手が見つからない。政略結婚には使えないという、大商人の娘としては致命的な欠陥だ。
同時に彼らはルッフルさんを恐れた。いずれその狂戦士スキルのままに、狂い暴れるのではないかと。ステータス開示の日よりみんなに愛されていたルッフルお嬢様は、一転、恐ろしい存在として周りからは見られるようになってしまったのだった。
なお、我が輩を含めた当時の彼女の子分たちの反応だが。
「おい、親分が狂戦士スキル持ってたんだってよ!」
「知ってた」
「やっぱりな」
「むしろそれだけなわけないだろ!」
「我が輩、てっきりあと三つくらい凶悪なスキルあると思ってた」
「ボンマックがしゃべった……だと!?」
という感じだった。
彼女の常日頃の凶暴ぶりを知っていた我が輩たちは、むしろ狂戦士と聞いて納得したものだ。逆に本人がかなり落ち込んでると聞いたときの方が驚いたものである。へー、あのルッフルさんにそんな人並の感傷とかあったんだー、と。
さて、そんなわけで小さな暴君ルッフルさんは、ステータス開示の日を境になりを潜め始めた。我が輩たちで遊ぶこともほとんどなくなり、子供たちの間にようやくの平和が訪れたのである。
さらば、ルッフルさん。でもちょっぴり寂しいこの感じはなに?
と、我が輩たちはその日少しだけ大人になったんだな、これが。
まあ、それから数年後、とある老貴族の後妻となることに反発し、商会を半壊させて家出したと聞いたときは『さすがはルッフルさん!』と笑ったものだが。
まさかここフレンス王国で再会することになろうとは。
「あ、あの、ボンマック、だよね?」
最後に会った日からいくらか成長していたが、それでも我が輩がルッフルさんを間違えるはずがない。彼女の問いかけに、身体が勝手に反応して首を縦に振っていた。
「やっぱり。えと、久しぶり? 元気、してた?」
どこかしおらしく、おずおずといった感じでルッフルさんは話しかけてくる。
おや? おやおや? 我が輩の知ってるルッフルさんとはなんか違う。我が輩の知る彼女なら、久しぶりだなこの無愛想野郎と笑いながら腹に一発入れてきてもおかしくない。
そうか。あれからもう十年近く経ってるしな。さすがの彼女も大人になったということだろう。
「……ライくん、ちょっとボンマック借りるね」
時の流れは偉大だなと感じていると、いきなりルッフルさんに首根っこをつかまれ引きずられていく。
人気のない路地裏まで来たところで、彼女は我が輩から手を離す。かと思えば、我が輩の顔の横に勢いよく右手を突いた。人生初の壁ドンが奪われた瞬間だった。
間近にまで迫ったルッフルさんの顔に、どきりと心臓が高鳴る。もちろん、喜びではなく恐怖でである。
「相変わらず、ボンマックは無口みたいだね。だからアタシ、あんまり心配してないんだけど、ほら、一応釘を刺しておかないといけないかなって」
にっこり笑っているルッフルさんだが、目だけが笑っていなかった。
「アタシね、ここでは可愛くて優しいルッフルお姉さんで通ってるの」
ぷっ、可愛くて優しいルッフルお姉さん? なにそれ笑えるんだけど!
「だから、昔のこととか狂戦士スキルのこととか誰かにばらしたら……わかってるよね?」
だがすぐに笑えなくなった。
みしりと我が輩の後ろの壁にひびが奔る。
ひぇええ! 変わってない! むしろあのときより怖くなってるよルッフルさん!?
「ね? わかった?」
こうなったら平身低頭して謝るしかない。今こそ届け、我が輩の気持ち!
「我が輩を見くびらないでもらおうか」
ボンちゃん知ってた。この口が思ったとおりの言葉を言ってくれないことくらい。
あわわわわ、なんで我が輩、ちょっと喧嘩腰になってるの? ルッフルさんに喧嘩売るとか、それ遠回しな自殺だよ!?
「そっか。うん、そうだよね。ボンマックは昔からそういう奴だもんね」
けど意外や意外、ルッフルさんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「変なこと言ってごめんね。アタシ、今の生活結構気に入ってるんだ。だから昔のことがばれて追い出されたらどうしようとか思っちゃったよ」
さらに謝罪の言葉まで口にすると来た。
「……そちらは変わったな。少し、大人になった」
「そう? そっかな?」
少し照れくさそうに、ルッフルさんは頬を掻く。
その姿は極々普通の愛らしドワーフの少女のもので。我が輩も少しだけかわいいと思ってしまう。
けどまあ、ルッフルさんはないがな。絶対に、ルッフルさんだけはないがな!
ルッフルさんと一緒にライくんのところに戻る。
「ごめんね、ライくん。待たせしちゃって」
「それはいいけど、ルッフルとボンマックって知り合いなのか?」
「うん、いわゆる幼なじみって奴かな。ね? ボンマック」
それには断固意義を唱えさせていただきたい。幼なじみってもっとこう甘酸っぱい関係でしょ? 謝って! 全世界の幼なじみに対してごめんなさいって謝って!
「ほら見て、ボンマックもそうだって言ってる」
言ってねぇよ! なに勝手にボンちゃんの気持ち捏造してるの!?
「さすがは幼なじみ。ルッフルにはボンマックの考えてることがわかるんだな」
「まぁね」
いやいやまったく分かってないけど!? なんでちょっぴり誇らしげなんだよルッフルさん!
「それよりライくんこそボンマックと知り合いだったの?」
「いや、俺は今日会ったばかりだ。ちょっと武器を作ってもらうことになってな。これから素材集めのために、モンスター狩りに行くつもりなんだ」
「へえ。ボンマック、鍛冶師になったんだ。鍛冶スキルあったって言ってたもんね」
ああ、だから我が輩はこれからライくんと楽しく素材集めに行くの! ルッフルさんはさっさと帰って! 用のないヒトはさっさと帰って!
「じゃあさ、アタシもついていっていいかな?」
ひぃいいいい!? なに言ってるのこのヒト!?
「暇だし、戦力にはなると思うんだよね。どう?」
「そうだな。どうする? ボンマック」
反対です! 断固反対します!
「……危険だ」
ボンちゃんがな! もう一度言うぞ。ボンちゃんがな!
「わお、ボンマックも言うようになったね。これでもルッフルちゃん、今レベル四十八だよ?」
ひぇ、レベル高いよぉ。ボンちゃん一撃で死んじゃうよぉ。
「それに、いざというときはライくんが守ってくれるし。ね? ライくん。リカを助けてくれたみたいに、ルッフルさんが危なくなったら助けてくれるよね?」
「それはもちろん。仲間は俺が必ず守る」
「「やだライくんかっこいい」」
ルッフルと我が輩の声がはもる。
そのあと、ルッフルさんが不思議そうに周りを見る。どうやら我が輩が言ったとは思わなかったらしい。
「まあいっか。よし、それじゃあ行こっか!」
そしてなし崩し的にルッフルさんも仲間に加わることになった。
……ボンちゃん、もうおうち帰っちゃダメかな?
ルッフルさんを仲間に加えた我が輩たちは、一路、王都の近くにある山を目指して進んでいった。
山といっても鉱山ではなく、モンスターが住み着いているだけの小さな山だ。ここに住み着いているモンスターはメタルサイクロプスと呼ばれる鋼鉄の身体を持つ一つ目モンスターで、その討伐推奨レベルは三十八。その心臓は上質の鉱石で、剣の材料となることで知られていた。
「あれ? メタルサイクロプス討伐って、たしか上位のクエストボードに貼られてた奴じゃなかったっけ?」
道すがら今回の目的を詳しく聞いたルッフルさんが、ライくんを少し呆れた目で見る。
「ダメだよ、ライくん。故意に他の冒険者が受けたクエストの目標を横取りするのは」
「分かってるよ。けどまだクエストボードには貼られてなかったから、速攻で倒せばお咎めはないってたぶん」
「おっと、つまり情報の横流しをした職員がいるってことだね。一体誰かなぁ? 愛のあまり違反とかしちゃうのよくないと思うなぁ?」
「そうだな。書きかけのクエスト用紙を、他の人の目に入る場所にほっぽり出して休みに入るのはどうかと思うぞ、ルッフル」
「……記憶にございません」
「リカさんが次会ったときはお話があるってさ」
「リカのお説教は長いからやだ! ライくんからリカに止めるよう言ってちょうだいよ! ライくんなら、ライくんならきっとやってくれる!」
……いいなぁ。
お互いに遠慮なく話しているライくんとルッフルさん。その様子はまるで仲のよい友人同士のようだった。
ぐぬぬぬぬ、ルッフルさんがいなければ、我が輩がライくんと彼女のように話していたかも知れないのに! ルッフルさんめぇ、どうにかして彼女だけこの辺りに置いていけないだろうか。
「おっ?」
我が輩がルッフルさん排除計画を考えていると、ルッフルさんがなにかに反応したように前を向き、ライくんが剣の柄に手を触れた。
もしや。
「モンスターか」
「さすがは、ボンマック。分かるんだな」
ライくんがなぜか感心した直後、近くの地面から黒く長細い巨大ミミズのようなモンスターが顔を出した。あまりモンスターには詳しく我が輩では、その正式名称は分からない。だが気持ちが悪いということだけは分かる。
よし、ライくん! ボンちゃんを守って!
この中で唯一の冒険者であるライくんに期待の目を向けると、なぜかルッフルさんが一歩前に出た。
「ライくんはちょっと休憩しててちょうだいよ。このロックワームはアタシとボンマックでやるからさ」
やだなぁ、ルッフルさん。頭わいてるの?
あなたボンちゃんが戦闘系スキル持ってないこと知ってますよね?
「大丈夫なのか?」
「余裕余裕。あれって討伐推奨レベル二十九だから」
ボンちゃんはレベル九だけどな。
「リカに差を付けられちゃってるし、ここは少しでも経験値稼いでおかないとね!」
なら一人でやって! 我が輩を巻き込まないで!
「よし、じゃあ行くよ。ボンマック。久しぶりにあれやってみせてよあれ!」
「……仕方がない」
こうなったらやけくそだ! やってやる! やってやるぞぉ!
我が輩の内なる闘争心が、そのとき我が輩のステータスに眠る最強の力を呼び覚ます。
ふっ、レベルなんて所詮は飾りさ。我が輩には低いレベルを補ってあまりある、最強のスキルがあるのだから。
本当は隠しておきたかったんだがしょうがない。我が輩の秘密を見せてやろう!
「オープン」
ステータス画面を開き、その至高のスキルを発動する。
「マジックセレクト」
究極の魔法スキルを!
「大いなる力を此処に。その拳は大地を砕き、天を貫く」
最高に格好いい詠唱と共に、我が輩は魔法を発動した。
「ガイアパワード」
瞬間、大地が震撼し、天と地の狭間にあるすべてのものが、折り重なった重力の暴走によって崩壊していく!
ロックワームは属する大地ごと光となって消滅し、その余波によって世界にはびこる邪悪なええと邪悪で邪悪ななにかが息絶えた!
「ありがと! やっぱりボンマックの補助魔法はいいね!」
おい、もうちょっと浸らせろよ。
最強の力に覚醒した感じに浸らせろよ!
「じゃあ行くね!」
強化された拳を光らせ、ロックワームに殴りかかっていくルッフルさん。
はいはい、そうですよ。我が輩の魔法でロックワームさんは倒せてないですよ。
ていうか、我が輩の持ってる魔法スキルって補助魔法だしね。仲間の強化だけではなく、敵の足止めをしたりと割と役に立つ魔法。だがとにかく地味なのだ! 悲しいくらい地味なのだ!
「せいやぁああああ――ッ!」
その強化を受けて戦うルッフルさんはすごい派手なんだけどね。
ルッフルさんが振るった拳がロックワームの胴体に突き刺さり、その上半身を吹き飛ばす。さらに次々と地面から顔を出すロックワームを、ルッフルさんは素手で仕留めていく。
「あはははははっ! いいよボンマック! すごいすごい! これたのしー!」
高笑いを浮かべ、返り血を浴びてなお満面の笑みを浮かべているルッフルさん。かつてより遥かにレベルアップしたルッフルさんの戦い様にドン引きせずにはいられない。これは間違いなく狂戦士ですわー。
だが彼女がここまで愉しそうなのは、我が輩の補助魔法の力もあるだろう。これは本当なのだが、我が輩の補助魔法はランクも熟練度もすごく高いのだ。ほぼ毎日のように使って熟練度を上げてたからな。
え? ぼっちの我が輩では援助魔法をかけられる相手がいないだろ、って?
実はこの補助魔法、自分自身にもかけられる仕様なのだ。
よかったわー。補助魔法が他人限定じゃなくて本当によかったわー。もしそうだったら即産廃行きだったわー。
いつか誰かに力を貸して欲しいと頼まれたときのために、自分しかいない部屋で自分自身に補助魔法をかけ続ける空しさはかなりのもんだけどな! 何度か死にたくなったけどな! つまりある意味ではこの補助魔法は、我が輩が命をかけて積み上げた力と言えるのだ!
……普通の地属性魔法と交換してくれないかな? くすん。
「ボンマック! もっと補助魔法ちょうだい! ほら早く! 急いで!」
「まったく」
くそっ! いいよ! 思い切りやってやんよ!
「なあ、ボンマック」
さらなる強化をルッフルさんにかけようとしたところ、ライくんがそわそわした様子で近付いてきた。
「よかったら俺にもその強化かけてくれないか?」
我が輩、あなたに強化をかけるために補助魔法を生まれ持ってきました。
「……仕方ない奴だ」
行くよライくん! ルッフルさんにかけた低い強化じゃなくて、ボンちゃんができる最大強化行っちゃうよ! レベル九のボンちゃんでも、剣をまっぷたつにしちゃうくらい強化されちゃうからね! 大活躍してくれていいんだからね! あとついでにルッフルさんもぶっ飛ばしてくれたらなおいいよ!
「オープン」
そうして、我が輩はわくわくしている未来のお友達に補助魔法をかけてあげた。
……それがまさかあんな悲劇につながるとは、このときはまだ誰も知らなかったのである。
誤字脱字修正




