孤独の鍛冶師①
やっほー! ボンちゃんだよー!
みんなは元気にやってる? ボンちゃんはね、ちょっと落ち込むことがあったんだ!
え? それはなにかって?
もう分かってるでしょ? 言わせないでよ恥ずかしい。けどどうしても聞きたいっていうなら教えてあげる!
ボンちゃんが元気がない理由、それはね。
……友達がいないからだよ。
我が輩、今日も今日とてお店で一人寂しく剣を鍛って、剣を売っているわけだが、誰一人として買ってくれない。偶に店の中まで商品を見に来てくれる客もいるのだが、なぜか我が輩の顔を見るなり逃げてしまう。
おかしな話である。我が輩ほど身だしなみに気を遣っているドワーフもそういないというのに。立派な髭は毎朝石けんで洗っているし、きちんと乾かして櫛を通している。自分で言うのもなんだが、我が輩、すごく美男子じゃね?
ただ、それはドワーフの中でのお話らしい。この人間の王国、フレンス王国では我が輩みたいなのはどうも怖がられてしまうらしい。
この三白眼が悪いのだろうか? きっと悪いのだろう。
別ににらんでるつもりなんてないんだけどなぁ。お客さん大歓迎だし、なんだったら剣とかどうでもいいのでお店の中でお茶をごちそうしたいまである。そのまま仲よくなって、休日に一緒に遊びに出かけたりとか、なにそれすごい楽しそう!
友達欲しいなぁ。友達欲しいなぁ。
けどもちろん待っているだけでは友達なんてできない。それは二十年間を孤独に過ごした故郷での日々が証明している。
心機一転、鍛冶師として独り立ちすると共にこのフレンス王国までやってきたのは、なにを隠そう新天地でお友達を作るためである! あとついでに鍛冶の腕とか鍛えようかなと思っている。うん、もちろんついでだついで。当たり前だろ! 我が輩は友達が欲しいんだよ!
というわけで、このまま一人寂しく店番していてもしょうがないので、我が輩の作品の中でも質がいまいちの物を集めて朝市に出かけることにした。
朝市は多くの人々が詰めかける、庶民の憩いの場だ。勝手に商品を並べて勝手に販売していいらしい。
前回の朝市でお客さんが一人も近付いて来ず、傷ついた心もそろそろ治ってきている。今日こそは友達を作ってみせる!
……と思ったんだけど。
しょぼーん。今日も誰一人話しかけてくれない。
解せぬ。朝市だから安い剣を持ってきた方がいいという考えは間違ってたかな?
けどたしかに持ってきたのは質が悪い奴だけど、それでもそんじょそこらの鍛冶職人の剣よりずっといい品質だと自負している。見習い時代の最後の方、親方が卸している武器屋で我が輩の剣を並べてもらったときは飛ぶように売れたと褒められたのに。
わいわいとにぎわう朝市の片隅で、我が輩の周りだけ空白が出来ているという居たたまれない状況が続く。
痛いわぁ。心が痛いわぁ。
冒険者っぽい人が通りかかるたびに、視線で見ていってと訴えかけているのに、なぜかそそくさと逃げられてしまう。
けっ、この腰抜けが! 我が輩の眼光程度でびびるなんて情けない!
いいよ! 我が輩も家に帰れば、可愛い可愛いジョセフィーヌが待ってるもんね! 物言わぬ大剣だけど、我が輩が手ずから作り上げたすごーい美人さんなんだからね!
……もう心がこの孤独に耐えられない。店じまいしよう。
そう考えた矢先のことである。
一人の冒険者らしき青年がまっすぐ我が輩の方に近付いてきた。
「すみません。ちょっと剣見せてもらっていいですか?」
我が輩、あなたのために今日ここにやってきました。
見てって! 我が輩の作品を心ゆくまで堪能していって! 見てもらえさえすれば、我が輩の純粋なこの心が伝わるはずだから!
けどその青年の表情は芳しくない。試しに剣を振るう姿は堂に入ったもので、見た目はあんまりお金持ってない感じだけど、実は凄腕冒険者だったりするのだろうか? 勢いで元の値段の半分の値段をつけてしまったけど、むしろそうしたことでより疑惑の目を向けられてしまった。
この人はもっといい剣を求めているようだが、我が輩の鍛えた剣が、今ここにある剣ですべてだと思われてしまってる感じである。
こうしてはいられない。慌てて彼の腕から剣を奪って、店を畳む。
ほら、着いてきて! 我が輩の本当の実力を見せてあげるから、早く我が輩に着いてきて!
我が輩の店まで連れてきて、渾身の力作の数々を見てもらう。
すると冒険者の青年は大変満足してくれたようだった。手放しで褒めてくれる。
「あんた。いい腕だな」
まぁね! それほどでもあるけどね!
けど褒めてはくれたけど買ってくれなかった。
これでも満足しない……だと!?
くっ、これには我が輩のほんのちょっぴりある鍛冶師としてのプライドも傷つけられた。こうなったら最高傑作であるジョセフィーヌを。いやけど、さすがに今日会ったばかりの相手に娘をお嫁に行かせるのは……。
はっ!? ボンちゃん閃いた!
今は満足できる代物がないというのなら、この人のために専用の武器を作ってあげればいいじゃない。そうすれば完成までに何度か足繁く通ってもらえるし、その過程で仲よくなれるかも知れない。我が輩、天才じゃね?
オーダーメイドを促したところ、少し躊躇したが最終的には乗り気になってくれた。だが今は持ち合わせがないらしく、分割払い出来ないかと聞いてきた。
う~ん。分割払いかぁ。それよりもお得な友達払いというものは用意してるんだけどな。これ、我が輩と友達になってくれるだけでオーダーメイドが一振り無料になるんだけど。
けど分割払いはなぁ。一種の借金みたいなものだし。何度も会いに来てくれるようになるのは嬉しいけど、支払いが終わるまではほら、友達関係とか無理じゃん? 我が輩、初めての友達はお金とは無関係でいたいんだよね。
とりあえず、ステータスを見せてもらってから判断しよう。商人スキルとかあると、お金にがめついから嫌だけど、そういうのがないなら分割払いで引き受けるとしよう。
青年はやや渋りつつもステータスを見せてくれた。
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なにこれ怖い。
この人のステータス画面読めないんだけど! こんなのボンちゃん初めて見た!
うむむむ、さすがの我が輩もこのステータスを前にどう判断していいか迷ってしまう。信用していいのかな? もしかして危ない人じゃね?
と、そこで初めて我が輩はしっかりとその青年の顔を見た。
これまで視線を合わせられなかったので分からなかったが、なんというか、人の好さそうな顔をしていた。今も困ったような、少しだけ寂しそうな、そんな顔をしている。
ボンちゃん、知ってるよ。こういうステータス持ってると、あんまり周りからはよく思われないんだよね。
我が輩の故郷での昔の知り合いにも、そういうステータスの持ち主がいた。
彼女は『狂戦士』とかいうレアスキルを持っていた。数代前の聖女様によって変更され、今は戦闘系スキルのひとつに数えられているが、かつては咎人系スキルに分類されたこともあるスキルだ。そのスキルを持っていた彼女は、色々とあったあげくに国を飛び出して行ってしまった。今はどこでなにをしているのか分からない。
……うん、いや別にあいつのことはいいか。
偶に懐かしくなって思い出すこともあるけど、基本的に彼女との間にいい思い出はない。我が輩が口下手なのをいいことに、散々子分としてこき使われたからな。トラウマってる部分もある。もしも再会しようものなら吐く自信があるわ。
けど彼女のすぐ近くで色々と見てきた我が輩だから、生まれ持ったステータスで他者から排他されるという意味が少しだけ、ほんの少しだけだが分かるのだ。
……きっとこの人も周りからよく思われなくて、仲間はずれとかされたんだろうなぁ。
そう、我が輩のようにね! 別に我が輩は変なスキルとか持ってないけどね!
やだ、なんか急に親近感が沸いてきたんだけど。是非とも我が輩の最初の友達になって欲しい。それでお酒でも飲んで愚痴り合ったりしたい。
けどこのステータスを見て、いきなり親しく接したら逆に気を遣われてるとか思われるかもだな。
うむむむむ、どうするか……。
あ、そうだ。冒険に行こう。
剣の素材となるモンスターを一緒に狩れば、公然と剣の代金を減らせるし、信頼したという素振りを見せてもおかしくない。
これだ! ボンちゃん天才過ぎぃ!
我が輩はすぐに自分の装備を整えて、お店を飛び出した。
けど彼が着いてこない。ちょっと、なにしてるの! 早く冒険行くよ!
あと名前教えて下さい!
ライと名乗った冒険者の青年との話し合いの結果、王都の近くの山に住み着いてるモンスターを狩るということに決まった。
「その前に一度冒険者ギルドに寄っていいか? なにか城壁の外に出られるクエストがあれば、それも一緒に受けたいんだ」
断る理由もなかったので、我が輩たちはまず冒険者ギルドに足を向けた。
その道すがら、ライくんが話を振ってくる。
「ボンマックは鍛冶師なのに、モンスター退治なんてできるのか?」
「我が輩を甘く見るな」
できるわけないでしょ! 我が輩は鍛冶師ですよ? この斧も実は攻撃用じゃないからね?
ドワーフの王国からここまで来るのにも、大枚はたいて凄腕冒険者に護衛してもらったわけだし、しっかり守ってくれないと困るからね! 一応防具だけは整えてきたから、ある程度の攻撃もらっても大丈夫だけど、それでも痛いのとか嫌いだからね!
「そっか。剣を鍛えるにはまず剣のことを知らないといけない。そういうことだな?」
「当然だな」
剣を鍛つには剣の仕組みを知らないといけないのは当たり前の話だよね。
ところでなんでいきなりそんな話振ったの? もしかして我が輩に興味ある? それとも鍛冶の方? なんだったら今度作業を見に来てもいいんだよ? ついでにお泊まりしていってもいいよ? いざというときのために、布団はもう一組用意してあるからね!
我が輩が初めて友達が家に遊びに来たときはなにをして遊ぼうかと妄想しているうちに、冒険者ギルドに到着した。
ライくんは手慣れた様子でクエストボードから一枚のクエストを取ってくると、一人の受付嬢のところに足を向けた。
我が輩もそれに着いていこうとして躊躇する。
「リカさん。おはよう」
「はい、おはようございます。ライさん」
ライくんが親しげに話しかけたのは銀髪のエルフさんだった。しかもとびきりの美人さんだ。
すげぇ。我が輩、エルフとか初めて見たんだけど。やっぱり我が輩たちドワーフみたいに、人間の王国に興味をもって来ているエルフさんもいるのか。
「というわけで、今日は仲間と一緒に冒険することになったから」
「新しいお仲間ですか」
銀髪のエルフさんが、ライくんと話している中で不意に我が輩に視線を向けた。
我が輩をはかるような鋭い眼差し。怖い。なにこのエルフさん、すごく怖いんだけど!
けど少しだけ仲間意識を覚えてしまう。目が尖っているからといって、怖い人とは限らないのだ。そう、ボンちゃんのようにね!
銀髪のエルフさんも同じことを考えたのか、我が輩へ向ける眼差しが少し柔らかなものになる。
「なんだ。男性の方ですか。てっきりまた女性だと」
ほっと胸を撫で下ろして、ライくんに小さな笑みを向けるエルフさん。
「かしこまりました。気をつけて行って来て下さいね」
「ああ、行ってくるよ」
ライくんを見送る姿は、さながら旦那様を玄関で見送る新妻のようだった。我が輩、見ていてちょっと胸がきゅんとしてしまったよ。
けどよく鍛えられたドワーフの我が輩は、同じドワーフの女の子以外には男女の興味は抱かないのである。なんていうか、他のヒト種族はこう色々と育ちすぎというか。ほら、わかるでしょ?
そんなこんなでクエストの手続きを終えたライくんと冒険者ギルドをあとにする。
「あれ? ライくんが誰かと一緒に冒険に行こうとしてる」
そこでちょうど横から声をかけられた。
ぞくり、と背筋が震える。
この少女の声は、どこかで、聞き覚えが。
「珍しいね。ライくんが一人じゃないなんて」
「まあ、成り行きでな。そっちは今日、制服じゃないけど非番か?」
「そう! けど暇だし、リカをからかって遊ぼうと思ってね!」
恐る恐る、我が輩はライくんと話している相手に顔を向けた。
亜麻色の髪。小麦色の肌。小柄な体躯。そして、可愛らしい顔立ち。
そこまではまさに我が輩の好みにどんぴしゃなのだが、それでも我が輩の胸は高鳴らなかった。逆にぎゅうっと締め付けられたように切なくなる。
「それで、そっちがライくんのお仲間だね。リカのお眼鏡に叶ったんなら大丈夫だと思うけど……あれ?」
我が輩の顔を見たそのドワーフの少女が、首をかしげ、そのあと今の我が輩のように衝撃を受けたような顔をする。
「あ、嘘。なんで?」
「……………」
我が輩を知っている反応。やはり間違いないようだ。
走馬燈のように、彼女と過ごした幼少の日々がよみがえってくる。
「ボンマック、だよね?」
我が輩は込み上げる吐き気を堪えながら、心の中で叫んだ。
げぇえええええ!? ルッフルさんなんだけどぉおおお!!
なぜ短いエピソードなのか、ご理解いただけたと思います。
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