表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/118

孤高の鍛冶師



 そのドワーフと出会ったのは、連続殺人鬼の脅威も去り、王都が建国五百年記念で沸き立っていた頃のことだった。


 ふらりと足を運んだ朝市の片隅、地面にあぐらをかいて座り、腕を組んでじっと近付いてくる客をにらみつけている髭面のドワーフ。広げられた布の上には、いくつかの剣が無造作に並べられている。


「もしかして、あれが噂の剣の露天販売をしてる人か」


 リカさんから噂は聞いていたが、以前、ロロナちゃんと一緒に探したときには見つからなかった。そのあとも偶に朝市には足を運んでいたが、見かけたのは今日が初めてである。どうやら毎日朝市に品を出しているわけではないらしい。


「……剣か」


 先日の連続殺人鬼との戦いでは、相手が弱かったのもあって剣を使わずに済んだが、今後、いつどこで強敵と戦うことになるか分からない。そのときに備えて、いい剣を購入しておくべきだろうとは前々から考えていた。


 これもなにかの巡り合わせかも知れない。俺は店に近付いていった。


 俺の存在に気付いたドワーフの男が、ギロリ、と刃ような眼差しを向けてきた。怒ったときのリカさんにも匹敵する鋭さ。つまり彼女に怒られ慣れしている俺にとっては、慣れ親しんだ威圧感でしかなかった。


「すみません。ちょっと剣を見せてもらっていいですか?」


「…………」


 店主は黙ってあごで商品を指し示した。


 いらっしゃい、の一言もなかったが、品物を見るのは問題ないらしい。


「じゃあ、ちょっと失礼して」


 売られている商品を手にとって確認する。


 ところで俺は剣一筋でこれまで生きてきた人間ではあるのだが、生憎と、武器の目利きに関しては自信がなかったりする。


 名剣という謳い文句で購入した剣が、少し本気で扱っただけで砕け散るということがこれまで幾度もあったのだ。自分で言うのも悲しいが、粗悪品をつかまされることに賭けては右に出るものはいないだろう。


 そんな俺の目利きによると、この剣もそんななんちゃって名剣たちと同じ雰囲気を感じる。


「ちょっと振ってみても?」


 店主が首を縦に振ったので、隣で――といっても店主の雰囲気に怯えて離れていたが――店を出している人に迷惑にならない程度に軽く剣を振ってみる。


 うん、いい感じだ。風を斬るこの感じはすごくいい感じに見える。


 でもなぁ、こういう剣に限って、本気で一回振っただけで壊れるんだよなぁ。


 たとえば、今俺が携帯している腰の剣。修行中の鍛冶師が格安で売っていた品なのだが、これもやはり本気で扱うと刀身が砕け散る。ただ、同じように砕け散るのであれば、安い方がいいという意味では使い勝手がいい。


 というわけで、問題はこの剣の値段なのだが。


「この剣はいくらで売ってるんだ?」


「……フレンス金貨で十。聖堂金貨なら九でいい」


「安いな」


 ていうか、安すぎるな。


 きちんとした武器屋で購入した場合、剣は平均フレンス金貨十二枚はするものだ。腰のこれでも値切って金貨十一枚の買い物だった。


 なお、フレンス王国では主に大小二種の銅貨と銀貨、金貨が取引に使われている。大銅貨が小銅貨の十倍の価値、銀貨は大銅貨の十倍の価値。金貨は銀貨の十倍の価値として扱われている。


 物価的な話をすれば、小銅貨ひとつでパン屋で拳大のパンがひとつ買える。食堂でしっかりとした食事を取ろうとすれば大銅貨で一枚くらい。俺が泊まっている『黄金の雄鶏亭』は一泊一食付きで銀貨一枚だ。


 平均的な衛兵の一月の給料が金貨五枚から六枚くらいと聞いたことがあるから、大体、剣一本買うのに衛兵は二ヶ月分の給料をすべてつぎ込まないといけない計算になる。


 フレンス王国が発行しているフレンス硬貨の他にも、教会が発行しており大陸中で使える聖堂硬貨というものもある。こちらも銅貨、銀貨、金貨の三種からなり、金の含有量がフレンス硬貨より多く、またどこの国でも使えるということもあって、同じ貨幣でも聖堂硬貨の方が少し価値が高くなっている。


 そんなわけで、剣一振りがフレンス金貨十枚というのはかなり破格の値段だ。ギルドマスターからもらったダンジョン発見の報酬の残りで買えてしまう。


 それだけに逆に疑ってしまうのだが。


「おい」


 知らないうちに剣を疑惑の目で見てしまったのか、ドワーフの男が立ち上がって近付いてきた。ドワーフらしい身長の低さだが、その筋骨隆々とした体つきが醸し出す雰囲気は恐ろしく、一歩ごとに地面が揺れているかのような錯覚を覚える。


 まずいぞ。この人、本格的にリカさんと同じくらい怖い。


 彼は俺のすぐ目の前で立ち止まると、ずいっと右手を無言で差し出してきた。剣を返せ、ということでいいのだろうか? それともさっさとお金を支払えと言うことか?


 とりあえず剣の方を渡してみると、男は頷いた。どうやら正解だったらしい。


 ただ、そのあと彼はなぜか剣をしまい、店をたたみ始めてしまった。そんなにも俺の行為は彼の機嫌を損ねてしまったのだろうか?


 疑問のうちに立ちつくしていると、男は荷物を背負い、俺に背中を向けて歩き出してしまった。


 うん、もういいや。あの安さは惜しいと思うが、縁がなかったと思って諦めよう。


「おい、なにをしている?」


「え?」


 帰ろうとしたところを、なぜか立ち止まった男に呼び止められる。


「えっと、俺になにかまだ用事か?」


「……あんた、剣が欲しいんじゃないのか?」


「いや、欲しいけど。もう店じまいなんだろ?」


「ここは、そうだ。作った剣の中でも、作りの甘い安物しか持ってこなかった。ここの奴で納得できんなら店まで来い。もっといいもんが揃っとる」


 そう言って、俺の返事を待たずに彼は歩き始めた。


 ……これは、ついて行った方がいい流れなんだろうなぁ。


 少し行った先で立ち止まり、着いてこない俺をにらみつけている男を見て俺は仕方なく後を追いかけ始めたのだった。







 彼のお店は、朝市が開かれていた広場からも、大通りからもずいぶん離れた路地の先にあった。


 俗に王都の中でも鍛冶通りと呼ばれている路地であり、たくさんの鍛冶職人たちの作業場がひしめき合っている場所だ。王都で売っている武器武具の八割以上がこの鍛冶通りで作られている。耳を澄まさなくても、あちらこちらからトンカチを振るう音が聞こえてくる。


「ここだ」


 その鍛冶通りの片隅に、男の店はあった。看板には『ボンマックの店』と書かれている。


「あんた、ボンマックって名前なのか?」


「そうだ」


 男――ボンマックは無愛想に答えて、店の鍵を開けた。


 ボンマックに続いて店に入る。外観どおりに狭いお店で、販売スペースは大の大人が三人も入ればいっぱいになってしまうほどだった。だが壁に飾られた商品の方は、なるほどいい物と言うだけだって、手に取らなくとも一目で朝市で売られていた物より質がいいのがわかった。


 まあ、値段も倍はするのだが。


 ボンマックは店の奥に続く扉を開き、そこに背負っていた荷物を置く。


 ちらりと見えた店の奥には作業場があった。ここは店舗兼作業場のようだ。スペース的には作業場に少しだけ売り場がついている、といった方が正しいか。


「どれでも好きな奴を手に取るといい」


 ボンマックは申し訳程度のカウンターの前に陣取ると、腕を組んでそれきり口を開かなくなった。


 接客する気はないらしい。職人気質の頑固親父という感じだな。


 いや、ドワーフの男性というのは、十五歳を超えたあたりからみんな豊かな髭が生えてくるヒト種族なので、もしかしたらそこまで歳を召しているかわからないのだが。とにかくドワーフの男性はみんな年上に、ドワーフの女性はみんな年下に見えるのである。


「じゃあ、遠慮なく」


 ボンマックの刺すような視線と接客態度は気になるが、帰ろうという気にはならなかった。


 ひとつひとつ手にとって質を確認する。俺目利きではあるが、やはりすべていいものだった。ランクの高い冒険者が自慢しているような剣と同じ雰囲気を感じる。この王都にはたくさんの鍛冶師がいて、たくさん武器屋があるが、その中でも間違いなくこの店は当たりの類だ。


「これ、全部あんたが?」


「ああ、我が輩が鍛ったものだ」


「そうか。あんた、いい腕だな」


 当然だと言わんばかりに、ふんっ、と鼻息を強めるボンマック。


「いい腕だ。俺が見てきた剣の中でも相当な代物だ」


 ふんっ、ふんっ、と連続して鼻息を荒げるボンマック。


「ありがとう。参考になった。じゃあ、今日はこれで」


 ふぅ~、と鼻からそよ風のように空気を吐き出すボンマック。


「……買わんのか?」


「ああ、まあ、今回はやめてにしておく」


 欲しいけど値段が高くて、さすがに手が出ない。


「……そうか。自信があったが、これでもあんたは物足りんと言うわけか」


 そういうことではないのだが、ボンマックはそう受け取ったようだった。プライドを傷つけられたのか、目をくわっと見開いている。


「いいだろう。本来であれば、オーダーメイドは引き受けていないのだが、あんたがそこまで言うのなら、特別に一品物を作ってやろう」


「うぇ!?」


 冗談じゃない! オーダーメイドの一品物なんて、さらに倍の値段はすると聞いている。そんなお金、どうがんばっても今の俺じゃあ捻出できない。


「そこまでする必要はないから!」


「……お前の力では俺が満足できる剣は作れない。そう言いたいのか? これでも我が輩、Bランクの鍛冶スキルを持っているのだが」


「Bランクの鍛冶スキルって、将来的に騎士団の武器防具任されるレベルの鍛冶師ってことじゃ」


「ああ。すでに話はもらっている。今度大量に白鋼アダマントが入手できるらしく、その際に我が輩も微力を尽くすことになっておる」


 やばい。これ金貨一〇〇枚行くかも知れない。


 王国騎士団御用達の鍛冶師の一品物となれば、それくらいは普通に行く。


 だが……正直に言って、これほどの好機は今後やって来ないかも知れない。


 ボンマックが王国騎士団の武器防具を作るようになれば、このお店に王都内外からたくさんの凄腕冒険者たちが詰めかけてくるだろう。そうなれば、本当に俺みたいな万年Eランク冒険者ではオーダーメイドなど引き受けてもらう機会はなくなる。


 今だけだ。偶然のこの機会だけが、夢の騎士たちが持っている武器と同レベルの武器を手に入れる好機なのだ。


「ボンマック。代金の支払いなんだが、分割払いとかはきくか?」


「分割か。基本的にはしとらんが、ステータスさえ見せてもらえばまあ、考えよう」


「ぐっ、やっぱそう来るよな」


 ステータス開示。これ以上に自分の身元を保証するものはない。


「冒険者カードじゃダメか?」


「ダメだ。……なんだ? ステータスを見せられない理由でもあるのか?」


「ああ。見せられないというか、見せても信じてもらえないというか」


 悩んでいてもしょうがない。俺はステータスを開いてボンマックに見せた。


「……なるほどな」


 俺の読めないステータスを見たボンマックは、驚いた様子で、忙しなく髭をなで始める。


「ステータスが読めない人間か。我が輩の国には、このようなステータスの持ち主はいなかった。我が輩はこちらに来て二年ほどだが、もしや人間にはこういうステータスの持ち主が珍しくないのか?」


「いや、俺が知っているかぎりこんなステータスの持ち主は俺だけだよ」


「ふむ。そうか」


 考え込むようにゆっくりと髭をなで続けていたボンマックは、おもむろに店舗の奥へと立ち去っていってしまった。


 ……もしかして、通報とかされてないよな?


 たまにいるのだ。俺のステータスを見て恐慌状態に陥る人が。特にフィリーア教会の人間は、ステータス至上主義者が多いから、面倒なことになる確率が高い。


 前などは咎持ちが現れたとか言われて、たくさんの衛兵に取り囲まれたこともあった。詰め所に連れて行かれても、別に悪いことはなにもしていないのですぐに釈放されるのだが、そのたびにリカさんに迎えに来てもらうのは申し訳ない。


 つい三日前に、たくさんの人の前であの大馬鹿聖女が変な宣言してたし、これはまずいか。面倒なことになる前に立ち去った方がいいかも知れない。


 そう思っていると、部屋の奥の扉が開いてボンマックが戻ってきた。


 全身に見事な甲冑を身につけ、背中に巨大な斧を背負った戦装束で。


 あ、通報する前に攻撃を仕掛けてくる一番厄介な奴ですか。


 仕方なく俺の腰の剣に手をかけたが、ボンマックは得物に手を触れることなく、どすんどすんと歩いて俺の横を素通りした。


 そして店を出て行ってしまった。


「……は?」


 意味がわからず呆然としていると、ボンマックが戻ってきて顔を出す。


「おい。なにをしている? さっさと行くぞ」


「どこに?」


「城壁の外だ」


「なぜ?」


「お金がないと言ったのはあんただ」


「だから?」


「武器の素材となる鉱石を落とすモンスターを狩る。信頼もしよう。ということだ」


 ぱたん、と店舗の扉を閉じるボンマック。


 なるほどなるほど。

 素材調達に協力すれば代金も安く、しかも分割払いも許してくれる、と。


 それはありがたい。大変ありがたい申し出なのだが、一言言わせて欲しい。


「先に言え! わかるか!」


 というわけで――武器素材調達クエストの始まりである。


 素材が手に入るかということよりも、仲間と意思疎通ができるのか。


 それが問題である。 



 


次回他者視点。

今回のエピソードは筆休めという感じで、メインストーリーとはほぼ関係ないお話。

三話くらいで終わる感じの予定です。


誤字脱字修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ