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生まれながらの咎人⑪



 人喰いとの一件から、早いものでもうすぐ五年が経過するが、あの日のことは今も昨日のことのように思い出すことができる


 けれど今、不意に昔のことを思い出したのは、恐らくこの状況がどこかあの日に似ているからだろう。


 古びた廃教会。床にへたり込んだ少女と、それを襲おうとしている咎人。そして、間一髪そこに駆けつけた冒険者。


「このクソ野郎が! ロロナちゃんをさらうとか親父さんが心配するだろ! ボコボコにして騎士団に突き出してやる!」


「ひぃいい!?」


 ライさんは烈火のごとく怒っており、逃げ腰になっている連続殺人鬼に容赦のない蹴りを叩き込む。


 小石のように大の大人が飛んでいき、地面に叩きつけられる。その隣では、同じように彼のペットである巨大な魔犬が泡を噴いて倒れていた。現場に駆けつけたライさんが、ロロナさんに襲いかかろうとしていたのを見るなり問答無用で跳び蹴りを食らわせた結果である。


 もちろん、同情には値しない。目の前にいるのは王都を騒がせている連続殺人鬼。自分のスキルで調教した魔犬を利用して、何人もの人を殺してきた許されざる咎人だ。


 彼の不幸は、次の標的としてロロナさんを選んでしまったことだろう。


 ライさんに想いを寄せており、なおかつ男性がお嫁さんに持っていて欲しいスキルの一番と二番の両方を持っている彼女は、目下ライさんを巡る戦いで最大の恋敵である。私の特技『ターゲットロックオン』は過不足なく働き、彼女を追跡することができた。


 暗殺者スキルをなにに使っているんだと思わなくもないが、ある意味では平和的な利用方法である。私の手慣れた様子にライさんが若干引いていた気がしないでもないが、きっと気のせいだと信じたい。ライさんが変な女に引っかからないよう、素行調査に時々使っているだけだ。


 そんなわけで、ロロナさんが行方不明になってわずか五分で彼女を発見、救出に成功すると共に犯人をしばき回しているわけである。


「……やはり人喰いではありませんでしたか」


 泣いてライさんに命乞いしている連続殺人鬼の顔は、調べる過程で確信はしていたのだが、私の知る銀髪のエルフのものとは違っていた。初めて見る顔である。


 ライさんはフードに隠れていたその顔を見るなり、昼間の奴か、とつぶやいていたが、そう縁の深い相手でもない様子だった。偶々街ですれ違ったとか、恐らくそういう感じだろう。


 超越者の人喰いでなければ、ライさんが手こずるはずもなく、もはや連続殺人鬼は虫の息だった。彼もレベルの上ではそれなりに高いのだが、当然ライさんの相手にはならない。


 とはいえ、連続殺人鬼の強さなんて、襲われていた側からしてみれば関係ない。


「ロロナちゃん、大丈夫か?」


 連続殺人鬼が完全に沈黙したところで、ライさんは床にへたり込んだロロナさんに手を差し伸べた。


「ライさん!」


 ライさんの温かな笑顔を見て、これまで恐怖に震えていたロロナさんはその腕の中に飛び込んだ。


「怖かった! 怖かったよぅ!」


「ごめんな、遅くなって。けどもう大丈夫だから」


 震える肩を抱きしめたまま、ライさんはロロナさんの頭を撫でる。


「これは」


 堕ちたな。


 かつて同じような状況下で似たようなことをされた身からすれば、ロロナさんの心境が手に取るようにわかってしまう。


 これまでも少なからず想っていたところにこれだ。

 ライさんの顔を潤んだ瞳で見上げるロロナさんの横顔は、完全に恋する乙女の顔になっていた。


「やれやれ」


 一体ライさんは無自覚にどれだけの女性を引っかければ済むのか?


 私のときが特別だったわけではない。これがライ・オルガスという人間だ。困っている人がいれば基本的には放っておけないし、危ない目に遭っている人がいれば飛んでいって助け出す。


 まあ、そういうところが素敵なのだが。


 ライさんとロロナさんが二人だけの空間を作っている横で、私はとりあえず連続殺人鬼をペットと一緒に縛り上げて床に転がす。この様子ではどう足掻いても半日は起きあがれないだろうから、あとで衛兵に報告しておけば問題ないだろう。


 かくして、王都を騒がせていた連続殺人事件は終わりを告げたのだった。


「よし、じゃあ『黄金の雄鶏亭』に戻ろうか。親父さんも心配してる。安心させてやろう」


「うん。ありがとう、ライさん」


 ロロナさんが泣きやんだところで帰宅する運びになった。

 

 ライさんはやんわりとロロナさんから手を離し、ロロナさんも名残惜しそうにしつつもそれを受け入れようとして、


「あ」


 私と目があった。


 ようやくこの場に私もいたことに気付いたらしく、ロロナさんは耳まで真っ赤になる。


 ええ、わかりますよ。恥ずかしいですよね。だからさっさとライさんから離れてください。


 少なくとも私はそうしたのだが、ロロナさんは違った。


「ごめんなさい、ライさん。安心して足から力が抜けちゃいました。すみませんけど、家まで抱っこしてもらっていいですか?」


「そっか。そうだよな。おう、任せとけ」


「ありがとうございます!」


「なっ!?」


 お姫様抱っこの形で抱きかかえられたロロナさんは、ライさんの首に手を回して、それから私の方を見てにやりと笑った。


 さすがは最大の好敵手。先程まで命の危機にあったとは思えない行動力である。


「じゃあ、行きましょうか。ライさん」


「ああ。しっかりつかまっててくれ」


「はい! 思いきりぎゅっとします!」


 さらに自分の胸をライさんに押しつけるようにして、抱きしめる力を強くするロロナさん。ライさんの胸板との間でつぶれたふくらみの大きさを見て、私は色々な意味で敗北感に打ちのめされた。


 ふっ、ふふっ。これもしかしたら殺人鬼スキルの熟練度上がっていませんかね?


 半ば本気でそう思って、自分のステータスを確認する。


「オープン」



 リカリアーナ・リスティマイヤ

 レベル:52

 経験値:2049002  次のレベルまで残り73450

【能力値】

 体力:2133

 魔力:0

 筋力:331

 耐久:299

 敏捷:459

 器用:443

 知力:187

【スキル】

 鑑定:B 熟練度613

 本質を見抜く才能。

 熟練度100ボーナス……相手の名前を看破する。

    200ボーナス……相手のレベルと能力値を看破する。

    300ボーナス……相手のスキルと魔法を看破する。

    400ボーナス……物質の情報を読み取れる。

    500ボーナス……ステータス看破の精度向上。

    600ボーナス……物質の詳細情報を読み取れる。


 暗殺者:A 熟練度557

 隠れて対象を消し去る才能。

 熟練度100ボーナス……隠密精度向上。スキルによる探知への抵抗。

    200ボーナス……敵を追跡する特技。キーワードは『標的確定ターゲットロックオン』。

    300ボーナス……ステータス画面のスキル覧の隠蔽が可能。

    400ボーナス……対象の背後へ移動する特技。キーワードは『影刺しシャドウキリング』。

    500ボーナス……隠蔽能力の向上。


 殺人鬼:A 熟練度99

 人殺しの才能。



 まあ、そんなわけがないのだが。


 殺人鬼スキルの熟練度は、人喰いと再会した日に上昇していた数値から変わらず九十九のままだ。


 殺人衝動まで、残すところあとひとつ。

 けれどこの五年間変わらなかったように、この数値は一生変わらない。


 たったひとつのきっかけで世界は変わるのだ。私はもう、この世界を憎いとは思わない。


「ほら、リカさんも一緒に帰ろう」


 ライさんが私に手を差し伸べてくれる。


「はい、どこまでもお供致します」


 私はその手を握りかえした。


 ライさんの手は力強く私を引っ張っていってくれる。いつか幼い頃に夢見た、輝かしい未来へと。


 この温もりがあるかぎり、私は自分の未来を諦めない。

 この幸せな日々がいつまでも続くようにと、私は心の底から祈っている。

  








 だからこそ怖くなることがある。

 もしもライさんが死んでしまったら、私はどうなるのだろう?








 そんな恐ろしい未来は想像したくもない。けど恐怖が忍び寄ってくる夜がある。


 そんなとき決まって思い出すのは、人喰いの残した予言だった。


 ライさんを襲うという三つの嵐。


 迷宮の魔王。求道の超越者。そして――神の寵児。


 先日のマルドゥナダンジョン発見を受けて、私の中でついに三つの嵐がそろってしまった。


 迷宮の魔王はドラゴン。

 求道の超越者は『大剣聖』か『大導師』。

 神の寵児だけは、最初から名前が判明している。


 そのどれもが人喰いが預言したように、ライさんに匹敵するか、それ以上の怪物たちだ。もしも彼らとライさんがぶつかり合うような事態になれば、ライさんでも負けて死んでしまうかも知れない。


 もちろん、予言どおりの未来なんて来ないかも知れない。人喰いも未来は不確定であり、嵐は回避できると言っていた。


 ドラゴンはライさんがダンジョン攻略に参加させないように働きかければいいし、『大剣聖』とは敵対しないよう、あらかじめライさんの人となりが分かるように接触させておいた。求道の超越者の候補としては帝国最強の『大導師』も候補としてあげられるが、そちらは王国領内に足を踏み入れれば、必ず冒険者ギルドに話が入ってくる。先回りしてライさんを逃がすなりはできるだろう。


 そして、神の寵児。


 人喰いはある意味最大の敵であり、決してぶつかり合うことが避けられないと言っていたが、直接会って話してみて、私はこの人だけはライさんと敵対しないと確信していた。このことがあったからこそ、私は予言を絶対視せず、ライさんにも伝える必要はないと判断した。


 そうだ。大丈夫。心配することはなにもない。


 ライさんは強い。だから死ぬなんてことは絶対にあり得ない。


 それを再認識するためにも、私はその日、王城前で行われた式典に足を運んだ。


 フレンス王国の建国より、今日でちょうど五百年。その記念式典には各国から大勢の要人が祝いのために参列しており、その中には大陸でその名を知らない者のいない有名人も混ざっていた。しかも今回は特別に、市井の前に顔を出して直接お話をしてくれるという。


 すでに王城前の広場にはたくさんの人が詰めかけていた。周囲では衛兵のみならず、白い甲冑に身を包んだ騎士たちの姿もあり全力で警護を行っていた。


 そのとき王城のバルコニーより、国王陛下と共に現れた人を見て大きな歓声があがった。


 黄金に輝く髪に白い巫女服を着た乙女。顔を白いベールで覆い隠しており、表情を読み取ることはできないが、柔らかな雰囲気から微笑んでいるだろうことが伝わってくる。


「ごきげんよう、フレンス王国の皆様」


 バルコニーから広場に集まった人々に対して彼女は声をかけた。声量は大きくないのに、その声は不思議とよく通った。


 彼女が話し出したことで、広場が嘘のように静まりかえる。


 少なくない人がその場に膝をつき、彼女に対し祈る姿勢を取った。中には感激のあまり涙を流している信者すらいた。


 そう、彼女こそはフレンス王国の国教である、フィリーア教の象徴にして指導者。王国が建国するより以前から脈々と受け継がれてきた、聖女スキルを継ぐ者。


「わたくしは第五十八代聖女フィリーア。システィナ・レンゴバルトと申します」


 そして同時に、彼女はライさんの幼なじみでもある。


 まさかシスティナさんが次の聖女その人だとはあのときは想像だにしていなかったが、今は彼女とあの日、話すことができてよかったと思っている。


 信者たちに朗らかに語りかけるシスティナさんの姿を見て、私は胸の不安が消えていくのが分かった。彼女の姿と声には、人を自然と明るい気持ちにさせる不思議な力があった。


「やはり人喰いの予言などあてになりませんね」


 ほっと胸を撫で下ろす。やぱりライさんが死ぬなんてことありえない。


 そんな風に思った私の内心を読んだかのように、耳元で囁く声があった。


「――ああ、やはり君は優しくて甘いね、リカリアーナ」


「っ!?」


 耳障りなその声に後ろを振り返る。


 人混みの奥、そこにいるはずのない銀色の髪のエルフが立っていた。


「人喰い? 馬鹿な。なぜあなたがここにいるのですか? あなたは星の狭間から戻ってこられないはずなのに」


 距離を隔ててなお私のつぶやきを拾ったのか、それとも星詠みの力か、人喰いは私に微笑みかけた。


「その質問にはすでに答えているはずだよ」


 そう私にだけ聞こえるように答えて、人喰いは雑踏の中にその姿をくらましてしまった。


「待ちなさい!」


 私は咄嗟に彼を追うことができなかった。頭の中では、人喰いの言葉がぐるぐると回っていた。


 そう、すでに人喰いは私の疑問に答えている。星の狭間より戻ってくるには、現世の方から誰かに引っ張ってもらわなければならない。私のときがそうだったように、人喰いもまた誰かに招き寄せられたのだろう。


 そして、そんなことが出来るのは……。


「この世界は、神の愛であふれています」


 私の心の間隙を突くように、耳に聖女の声が聞こえてきた。


「この世界に生きる者は、例外なく生まれながらに神の愛を得ています。ステータスこそがその証。それがどのようなスキルであれ、ランクがどれほどのものであれ、スキルを与えられずに生まれてくる命はありません」


 聖女は神の愛を謳う。


「先日、この王都で連続殺人鬼が捕まったと聞きました。かの者は俗に言う咎人系スキルの保有者であったと。そして、その者は犯行に及んだ動機をこう述べました。生まれながらに自分はそういうスキルを与えられた。だからその通りの咎人になったのだ、と」


 聖女は神の示した罪を問う。


「ですがこれは大きな間違いです。この世界には、咎人系スキルを与えられてなお、歯を食いしばって耐え続けている者もいます。神は試練としてこれを与えたに過ぎません。どうか乗り越えて、良き未来を掴んで欲しいと願われているのです。わたくしもまた、そう思います」


 ベールによって覆い隠された聖女の眼差しが私を見つめる。


 それは気のせいかも知れない。聖女は私の方へと一度顔を向けたあと、すぐに別の場所へと視線を移してしまった。


「ですから、我々の生には神の愛が満ちあふれております。だからおのがステータスがどのようなものであれ、恥じることはありません。堂々と、生まれもった神の愛を謳い上げてください」


 その視線の先にはライさんがいた。どれだけの人がいようとも、私が彼を見間違えるはずはない。


 ライさんはじっと聖女となった幼なじみを見上げている。

 その拳は震えるほどに強く握りしめられ、口元はきつく噤まれていた。


 見つめ合う二人を見て、私の脳裏に人喰いの予言がよみがえる。

 

『――いずれ大きな三つの嵐に襲われるだろう』


 人喰いはかつて私にそう告げた。


『ひとつは迷宮の奥深くに潜む魔王との戦い。ひとつは強さを追い求める最強の超越者との戦い』


 回避できるかも知れない二つの嵐のあとに、絶対に回避できない嵐として、星の予言者はその名を告げた。


 決して間違えることのないように、はっきりと。



『それはね――聖女フィリーアだよ』



 星の狭間に私を連れ戻しに来た黄金の影を指さしながら、彼はそう告げたのだ。


 けれどあり得ない。聖女フィリーアは、システィナさんはライさんの幼なじみで、ライさんに想いを寄せている人だった。


 だからその予言が果たされることはないと思った。システィナさんが敵になることはないと信じた。


 けれど今、見つめ合う二人の間にあるのは静かな敵意のみ。


 私の知らない過去でライさんとシスティナさんの間になにがあったのかは分からないが、二人の間には大きな亀裂が生まれてしまっている。


「もう一度言いましょう。自分のステータスを読める者は皆、神に愛されて生まれてきたのです」


 そして今代の聖女フィリーアは、まるで宣戦布告をするように、ライさんを見下ろしながらはっきりと告げた。



「この世界は、ステータスがすべてです」



 彼女の言うとおり、この世界が生まれ持ったステータスがすべてだとすれば。

 どのようなスキルを持って生まれたとして、ステータスに刻まれたスキルこそが神に与えられた愛の方だとするのならば。


 果たして、生まれながらの咎人とは、一体どのようなステータスを生まれ持った存在を指しているのだろうか?

 




今回でエピソードは終了です。

よろしければ、感想・評価お待ちしております。


長いエピソードが続いたので、次は短めの冒険エピソードになる予定です。

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