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生まれながらの咎人⑩



 大切な人の腕の中で、大切な人に惜しまれつつ亡くなる。


 咎持ちには望むべくもない幸せな終わりを迎え、私は満足な気持ちで死にゆこうとしていた。魂が肉体を離れていくのがわかった。私の魂は空へとのぼっていき、やがてはあの空に輝く星のひとつとなるのだろう。


「――本当にそれでいいのかい?」


 その幸福な一時に不愉快な声が混じる。


 気がつくと、ライさんの代わりに私の傍らには死んだはずの人喰いが立っていて、床に寝転がった私の顔をにやにやとした顔で覗き込んでいた。


「リカリアーナ。君はここで死んで、本当にそれでいいのかい?」


 少なくとも、この男に看取られつつ死ぬのはごめんだと思った。


 いや、そもそも私はすでに死んでいるのではないか?


 腕を使って身体を起こし、周囲をうかがう。辺りは薄闇に包まれた空間がどこまでも続いており、空には満天の星空が広がっていた。まるで夢を見ているように現実感というものがこの世界には欠如しており、認識している自分の身体すらどこか曖昧だ。喰われたはずの腕もつながって動かすことが出来ている。


「ここは死後の世界なのですか?」


 人喰いに聞く。声は響かず、意思だけが相手に伝わったような、そんな不思議な感覚を覚える。


「死後の世界というのは少し間違っている。正確には生と死の狭間の世界だよ」 

 

 一方で、人喰いは手慣れているかのように、普通に会話をしていた。


「つまり君は死の淵にいるということだ。自分が君の腕を食べた影響だろう。一時的に自分と命を共有しているのさ。だからこの狭間に来ることができた。ここは本来、星詠みスキルを極めて超越者になった者しか足を踏み入れることができない場所だよ」


「あなたがいるから死の淵に踏みとどまっている、ということですか。では、あなたは死んでいないのですか? ライさんに肉体を吹き飛ばされたように見えましたが」


「そのとおりだよ。自分の現世における肉体は塵と化した。星詠みのお陰でここにいて自己を認識できているが、誰かに現世の側から引っ張ってもらわなければ、自分も復活することはできないだろう。それはリカリアーナ、君にも言えることだが」


「……生き返ることができるのですか?」


「可能だよ。正確にはまだ君の死は確定していないのだからね。だがよほどの術者でなければ、君をこの狭間からは呼び戻せない。そして時間が経てば経つほど、君は星へと近付いていくだろう。まあ、見た感じ制限時間は一刻ほどかな。その時間で、君の運命は決まる」


 生か死か。まさか自分の終わりを、こんな風に見ることになろうとは。常人ではたどり着けない、まさに超越者でなければ見ることのできない景色だった。


「だが安心するといい。君は間違いなく生き返ることができるだろう」


 美しくも儚い世界に怯えていると、人喰いが安心させるようにそう言った。


「なぜわかるのですか?」


「星がそう囁いたからさ。そもそも自分が君の前に現れたのも、星がそう指し示したからだ。フレンス王国の方によき出会いがあるものとね」


 人喰いが狼男と呼ばれていたときから時折口にしていた『星』という言葉。それは夜の空に輝く星であると同時に、別の意味合いを持っていたのだと、今ようやく私は理解した。


 人間にもエルフにも、死んだ者の魂を星とたとえる文化がある。ヒトは亡くなると、空に輝く星のひとつとなるのだと。だから亡くなった者の遺体は火葬される。煙となって空へと上りやすくするためだ。


「つまり星詠みスキルの正体とは、死んだ者の声を聞くことができるスキルなのですね」


「最初は近くで死んだ者の声が。熟練度を上げれば、遠くで死んだ者の声が。高まれば過去に死んだ者の声を聞き届け、そして極めたのちにこの星の狭間に至る。この場所では現世の時間も関係ない。ゆえに自分は未来で死にゆく者の声すらも聞くことができる」


 距離の遠い近いに関係なく、今この世界で起こっていることを知り、時間の前後に関係なく、これまで起こったことと起こることを知ることができる。


 星詠み。それは極めれば、すべてを調べ、知ることができる恐ろしいスキルであった。私は思わず、タトリン村にあった大図書館を思い出してしまう。


 もちろん、制約はあるだろう。もしも人喰いが全知の存在であれば、ライさんと戦って肉体を失うなんてことはなかったはずだ。


 だがそれでも未来の一端を知ることができるなんて、破格の力といって過言ではない。


 そんな力を持つものが、私の生存を保証した。もしかして、私の未来を読んだのだろうか?


「私が生き返るところを星詠みで視たのですか?」


「いいえ。自分が見たのは、あなたが近い未来、愛しい王子様の腕に抱かれて初めての口づけを交わす瞬間です。つまりあなたは生き返り、その未来に辿り着くことができると」


「ちょっとその王子様の部分を詳しく教えて下さい!」


「安心するといい。君の思っているとおりの人で間違いないよ」


「そ、そうですか。私がライさんと……」


 いつか口づけを交わす仲になる。そんな未来もあり得るのか。


「だがそれは絶対ではない。自分が視る未来とは刻一刻と変わっていく不安定な未来だからね。もしかしたら、その顛末が少し変わるかも知れない。自分に言えることは、そのときの君は酷く傷を負っていて、君の王子様がそれをどうにか癒そうと格闘している姿だった、というくらいのものさ」


 もしもそれに似た展開があったら、そのときは強引にでもライさんに迫ろう。そう強く思った。


「どうやら、生きたいという気持ちが強くなったようだね?」


「ええ、そうですね。これも幸せな終わりかと思いましたが、それでももっと幸せな未来が待っているのなら、私は死にたくない」


「だが同時に、辛い未来が待っているかも知れないよ?」


 そんなことは分かっている。ライさんが受け入れてくれたといっても、私が咎持ちである事実は変わらないし、殺人鬼スキルの熟練度が限界まで高まっているのも変わらない。


 それでも。


「それでも、私は最後のときまでライさんと一緒に生きたいと、そう思います」


「そうか」


 人喰いは私の返答に満足げに微笑んだ。

 

「よろしい。ならば自分からは、お詫びの気持ちも込めて予言を伝えよう」


「お詫びの気持ち、ですか?」


「そうさ、リカリアーナ。君はきっと、もうそういう風には思ってくれていないだろうけど。いや、そもそも最初からそういう風には思ってくれていないだろうけれど。それでも自分にとっての君は、この世界でたった一人の友人だからね」


 それは狂気の友情であり、狂人の友愛だ。理解はできないし、しようと思わない。この人喰いのした様々なことを許す日は来ないだろうけど、それでもかつて自分がこの男に、ほんのわずかとはいえ友情を抱いていたのは事実であった。


「そうですね。あなたがもう二度と、ライさんを襲わないと言うのであれば、ありがたくその予言とやらをお聞きしましょう」


「ああ、それは保証しよう。たとえ現世によみがえることができたとしても、自分はもう彼を襲わないよ。現時点で彼の方が強い上に、まだまだ彼は発展途上だ。五年も経てば、自分なんて一撃で倒せるようになるだろう。そもそも自分は技能系スキルの超越者であって、戦闘系スキルの超越者ではないのでね。恐ろしくてちょっかいなんて出せないさ」


 その言葉を信じるとしよう。かつてあった小さな友情に免じて。


「少なくとも、人喰いスキルを極めるまでは敵対する気はないよ」


「やはり私はあなたが嫌いです。大嫌いです」


「残念だ。自分は君のことがついついかじってしまうくらい好きなのに」


 人喰いの戯れ言に冷たい視線で返す。


 人喰いは肩をすくめて、それから少しだけ真剣な顔になって予言を口にした。


「予言しよう。リカリアーナ。君の大切な王子様はこの先の未来で、大きな三つの嵐に襲われるだろう」


 私の未来ではなく、ライさんの未来に対して。


「それらは彼が本気で戦った上で、死ぬ可能性の方が高い戦いとなるだろう」


「ライさんが負けるかも知れないほどの強敵が現れる、ということですか?」


「そう、ひとつは迷宮の奥深くに潜む魔王との戦い。ひとつは強さを追い求める最強の超越者との戦い。だがこれらは上手く立ち回れば回避することが出来るだろう。君が上手くやれば、王子様を救うことができるかも知れない」


「私が、ライさんを救う」


 それならば、やはりここで死ぬわけにはいかない。


「それで最後の嵐は?」


「こればかりは君がどう足掻こうとも避けられない戦いとなるだろう。他の二人とは違って、この敵だけはライ・オルガスを敵視し、自ら襲いかかってくる。そういう意味では、最大の敵と言ってもいいかも知れない」


 そのとき、不意になにかが私の肩をつかんだ。


 ぐいっ、と思い切りどこかへと自分の魂というべきものが引っ張られていく。


 それは天の星々がかすんでしまうほどに神々しく輝く光であり、すべてを包み込むような優しき光であった。


「どうやらお迎えが来たみたいだね。君の王子様は、やはり王子様だったようだ。とんでもないものを引っ張り出してきたものだね」


「待ちなさい! 人喰い、最後の敵はなんなのですか!? ライさんを殺そうとする敵は、私の敵はなんなのですか!?」


 優しくも拒否を許さぬ光に抗いながら、最後の答えを求める。


「それはね――……」


 人喰いはどこか愉しげに笑みを浮かべながら、他のふたつとは違って、それだけは明確な名を私に告げた。


 私もよく知っている、その名を。


「ではね、リカリアーナ。縁があればまた会おう。二度と戦いたくはないが、それでも君と君の王子様の行く末には自分も興味があるからね」


 これから戦う敵の名を胸に刻み、人喰いに見送られながら、私は光に導かれるままに星の狭間より現世へと浮上していった。



  


  


       ◇◆◇   






 窓から差し込むまぶしい光を感じ、私は目を見開いた。


 細やかな細工が施された、見事な天蓋が視界に映り込む。

 私が目を覚ましたのは、これまで見たこともないような天蓋付きの豪奢なベッドの上だった。


 どうやら私は生きているらしい。しかも五体満足な形で。


 身体の傷は完全に快癒しており、食べられた両腕もきちんと存在していた。指先まできちんと神経が通っており、自由に動かすことができる。


 まるで今見ていた夢の続きのようだったが、それでもあの世界にはなかった現実感というものが、今は存在していた。間違いない。ここは現世。私はあの致命傷から奇跡的に助かったのだ。


 そしてそれが誰のがんばりによるものなのかは言うまでもない。

 私のベッドにもたれかかるようにして、ライさんがよだれを垂らして眠りこけていた。


「……ライさん」


 その子供みたいなあどけない寝顔を見て、胸に込み上げてくる多くの感情があった。それは感謝だとか、愛おしさだとか。


 同時に星の狭間での人喰いとの話を思い出し、決意を固める。


 この人は私が守る。人喰いが最後に語った一人を除き、いずれ襲い来るであろう脅威がなんなのかはまだ分からないが、それでも上手く立ち回り、戦いを回避するように未来を動かすのだ。ライさんは絶対に死なせない。


「ライさんのほっぺ、ぷにぷにしてる」


 それはそれとして、もうなんかその寝顔が可愛すぎてたまらないので、その頬を軽く指先で突く。


 ライさんはむにゃむにゃと寝苦しそうに眉を寄せる。そこをもみほぐすように人差し指で撫でると、また安らかな寝顔に戻った。それを三回ほど繰り返したところで、その唇に目がいく。そして一度行ったら今度は離せなくなる。


 はじめてを捧げてしまおうか? よし、捧げさせていただこう。


 人喰いはいずれ私とライさんの唇が重なる日は来るとそう言っていたが、その未来も変わるかも知れない。


 というより、ライさんともっと長く、強く、溶け合うようにふれ合っていたいという気持ちが身体中からあふれ出して止まらない。自分の身体が自分の身体ではないようだ。胸は爆発しそうなほど高鳴っており、際限を知らずどんどんと早くなっている。


 ああ、ダメだ。


 自分が生き延びたということがわかった瞬間から、もうどうしようもなくなってしまっていた。


「ライさん。好きです」


 リカリアーナ・リスティマイヤは、ライ・オルガスに恋している。


 きっと、ライさんが目を覚ましてしまえばこんなことは言えないし、できないだろうから、卑怯と分かっていながら、眠る王子様の唇へと自分の顔を近付けていく。


 そしてライさんとの距離がなくなろうとした瞬間、



「――はい、そこまで」



 誰かが私とライさんの顔の間に手を差し挟んで邪魔をした。


「それ以上はダメ。ライが起きちゃうじゃない」


「っ!?」


 慌ててライさんから離れて声のした方を振り返る。


 そこには輝くような金色の髪に、澄んだ青い瞳の少女が立っていた。年齢は私とそう変わらないか、少し年下くらいか。教会のシスターが着るのと同じ服を身につけている。


 ……全部、見られていた? 聞かれていた?


 部屋の中にライさん以外の人がいることを確認していなかった。というより、ライさん以外が目に入っていなかった。顔から火が出るくらい恥ずかしい。耳の先まで真っ赤になっているのが自分自身でわかった。


「ごめんね。あんまり邪魔するべきじゃないかなって思ったんだけど、ライ、あなたの傷が治るまでずっと心配して起きてたから、今はもう少し寝かせてあげて」


 少女はライさんの髪を優しく撫でながらそう言った。


 私には分かった。彼女がライさんに想いを寄せていることに。眠るライさんを見つめるその横顔は、慈しみと愛おしさが込められていた。


「もしかしたらご存じかも知れませんが、私はリカリアーナ・リスティマイヤと言います。あなたはどちら様ですか? ライさんとは、その、どういうご関係で?」


「私はシスティナ・レンゴバルト。この馬鹿の幼なじみよ。同じ孤児院で育ったの」


「幼なじみ……」


「そんなににらまなくても、別に恋人とかそういうんじゃないから心配しないでいいわよ」


「この目は生まれつきです」


 心配しないでと言われても、心配しないわけにはいかない。まさかライさんにこんなに可愛らしい幼なじみがいたなんて。


 しかも教会に所属しているということは、聖職者を始めとしたスキルを持っている可能性が高いということだ。咎持ちの私に比べて、清く正しいイメージの強いそれらスキルの持ち主となれば、薄汚れた私なんかよりもよほどライさんの隣にいるのにふさわしいだろう。


 幼なじみで、輝かしいスキル持ちで、しかもライさんに恋をしている人。


 もはや彼女が現れたこの時点で、私の敗北は決まったも同然だった。


「そんな涙ぐみながらにらみつけなくても、本当に大丈夫だから。むしろ私、あなたの恋を応援してるくらいよ」


「応援?」


 私がすぐ気付いたように、彼女も私の気持ちには気付いただろう。先程の恥ずかしい言動を聞いていたから絶対にわかるはずだ。私たちは恋敵だと。


 それとももはや勝者は分かり切った上で、私に側室とか愛人になる許可を与えているということか。フレンス王国では、一夫多妻が許されている。ただし教会の許可が必要で、貴族位以上を持っていなければ確実に許可など下りないらしいので、ほぼ王侯貴族のためだけの法律だが。


 彼女はそれだけの権威を持っているのだろうか?

 いやけど、ライさんと同じ孤児院で育ったと言っていた。


 意味がわからない。なぜ私を応援などするのだろう?


 私が悩んでいると、またシスティナさんはライさんの頭を撫でていた。


「この馬鹿のこと、しっかり見ててあげてね。ほんとこいつ馬鹿だから、いつもいつも無茶するの。誰かが見ててあげないと、ほんと危なっかしくて」


「言われるまでもないことですが、なぜ私にそれを?」


「あー、それは恥ずかしいから言わないわ。けど、ほら、わかるでしょ?」


「……まあ、わかりますが」


 照れくさそうに頬を赤らめるシスティナさん。こちらは先程思い切り恥ずかしいことを彼女に聞かれたわけだが、彼女は直接口にするのは恥ずかしいという。


 ……なぜライさんを見守る役割を私に譲るのか、その理由はわからないけれど。


「わかりました。ライさんのことは私にお任せ下さい」


「うん、ありがとう」


 システィナさんは最後にもう一度、噛みしめるようにゆっくりとライさんの頭を撫でたあと、そっと手を離した。


「ライがあなたみたいな人に出会えてて本当によかった。これで私は安心してなれるわ」


「なれる? なににですか?」


 システィナさんは曖昧に微笑んで、私の問いかけを黙殺した。


「じゃあ、私はもう行くわね。ライにもよろしく言っておいて」


「少しお待ち下さい。お聞きしたいことがあります」


 立ち去ろうとしたシスティナさんを呼び止める。彼女は「なに?」と小首をかしげた。


「私の傷は明らかに致命傷でした。それをここまで回復させるなんて、それはたとえ高い熟練度を誇るAランクの治癒魔法使いでも不可能でしょう。ならば、私を治したのはそれ以上の使い手ということになります」


 即ち、この世界における最高の治癒魔法使い。

 教会――フィリーア教の象徴にして指導者たる、神に選ばれた超越者。


「もしや新しい聖女様が見つかったのですか?」


 聖女。それが私を治した人だろう。


 だが約二年前に先代の聖女様は没しており、今日まで教会から新しい聖女が見つかったという発表はない。けれど聖女は、先代聖女がいなくなると同時に新しく選ばれるものだ。見つかっていてもおかしくない。


「そうね。うん、新しい聖女様は見つかったわ。あなたを治したのも、その聖女様で間違っていない」


 教会の秘密にかかわるため、言葉を濁されるかと思ったが、システィナさんははっきりと肯定した。


「近々、教会の方から正式な発表があるはずだから、名前とかはそれを待っていてちょうだい」


「分かりました。ですが、もうひとつだけ教えていただけませんか?」


 傷を治してもらったことは感謝してもし足りない。

 けれど、それでもこれだけは聞いておかなければならなかった。


「新しい聖女様とは、一体どのような方なのですか?」


「……そうね。聖女は」


 システィナさんは少し悩んだあと、ライさんの寝顔を見つめ、それから温かな笑みをこぼした。


「大切な人を守ることができる、きっと、そんな素敵なスキルの持ち主よ」


「ん……ぁ?」


 システィナさんの言葉に反応したように、ライさんが身動ぐ。


「だから、お願い。ライに伝えておいて。もう私のことは忘れて、あんたはあんたの夢を叶えなさいって。それが私の新しい夢だからって」


「リカ、さん?」


 よだれを拭いつつ顔をあげたライさんの視線が、私の姿を捉え、一気に覚醒した。


「リカさん! よかった! 目を覚ましたんだな!」


「ら、ライさん!?」


 感激したライさんに思い切り抱きしめられる。


 それは嬉しい。それは嬉しいのだが、ここにはシスティナさんもいる。


「ライさん落ち着いてください! システィナさんも見ているので!」


「え? システィナが? どこに!?」


「はい、そこに」


 私が指さした方をライさんが見る。そのあと、私も見た。


「あれ?」


 だがそこにシスティナさんはいなかった。忽然と、最初からそこにいなかったかのように消え失せていた。出入り口である扉には開いた形跡はなく、しまった音もしなかったのに。


「おかしいですね。つい先程まで、そこにシスティナさんがいたのですが」


「……そっか」


 ライさんは一言そうつぶやくと、私の身体を離した。


「リカさん。あいつ、元気そうだったか?」


「元気そうでしたよ。それでライさんに伝えて欲しいことがあると言っていました」


「俺に伝えて欲しいこと?」


「はい。なぜそう言ったのかまではわからないのですが」


 まるで別れの言葉を突きつけるように、彼女は言っていた。


「もう私のことは忘れて、あんたはあんたの夢を叶えなさい。それが私の新しい夢だから、と」


 システィナさんの伝言を伝えると、ライさんはくしゃりと顔を歪めた。


 怒りの悲しみとやるせなさが混ざったような、そんな顔を。


 だがそれは一瞬のことで、ライさんはすぐにいつもの笑顔を浮かべた。だから私も、気付かなかったふりをした。


「リカさん。身体はもう大丈夫なのか?」


「はい。お陰様で。色々とご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした」


「気にしないでくれ。俺がそうしたいと思ったからしたんだ」


「それでもありがとうございます。……それで、なんですが」


 言葉に迷う。ライさんに話したいことが、話さないといけないことがたくさんありすぎた。


 私のスキルのこととか。村を追放されたこととか。どうやら死んではいないらしい人喰いのこととか。その予言のこととか。


 それ以外にもたくさん聞いて欲しいことがあって、ライさんに気かせて欲しいことがあったけど、それでもやはり今はこの一言を一番に伝えたい。


「ライさん」


「ん?」


 ライさんは首をかしげる。きっと彼は自分がしたことで私がどれだけ救われたのか、それに気付いてはいないだろう。


 だけど私はこの人に救われた。今までのすべてが報われたのだ。


 だから――心からの感謝を。

 あなたが取り戻してくれた、この笑顔と共に。


「ありがとうございます。私、絶対に幸せになりますね」



  

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