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生まれながらの咎人⑦



 狼男――否、私の故郷の人たちを喰らった人喰いの説明はこうだった。


「自分は希少な咎人系スキルである人喰いスキルの咎持ちでですね、それが原因で十歳のときからずっと狼の塔に幽閉されていたのです。まあ、自分のステータスにあった人喰いスキルを見て、前々から気になってた人の味をつい確かめてしまった自分も悪いのですが」


 あっけらかんとずっと話してくれなかった幽閉の理由を語り聞かせ、


「けどまさか、エルフの幽閉技術があそこまで優れていたのは想定外でした。数百年も犬の餌ばかりで過ごす羽目になりましたよ。いや、もっとかな? 生憎と、塔の中では時間の感覚がよくわからなくて。少なくとも、自分の知ってる顔が村からなくなっていた程度には時間を過ごしましたかね。なので、復讐のためにも塔を壊して皆殺しにしたのです」


 凶行に及んだ理由を悪びれた風もなく口にし、


「ああ、ご安心を。リカリアーナ、あなただけは例外ですよ? なにせ数少ない自分の同胞で、なおかつ色々とお話しに来てくれた友人ですからね。あなたが村から逃げ出さず、もしも塔に幽閉されていたら、ええ、自分は食べたりなんてしてませんでしたよ? 本当ですよ?」


 どうでもいい友好を示して、


「だからね、リカリアーナ。あのとっても美味しそうで、けど味の想像もできない人間を食べるお手伝いをしてください。そうしたら自分は、リカリアーナの今の幸せな時間を奪ったりしません。約束しますから」


 その上であっさりと私を脅迫する言葉を口にする。


 狂人。目の前のエルフは紛れもない狂人だ。


 その言葉は一見して筋が通っているようで、その実感情の一貫性がない。村人を惨殺したのは幽閉された復讐のためと言うが、もうそのときの村人が残っていないならいいではないか。そもそも、人喰いが投獄されたのは自業自得だ。逆恨みもいいところである。


 それでも、彼にとって自らの行いは、ついつい酒場で自慢してしまうような正しい報復なのだ。ついでに小腹が空いたからその場の一人をつまんで。


 ……私は心底からこの男が怖かった。


 鑑定でも見通せないほどのステータス差が、ではない。

 咎持ちはここまで狂ってしまえるのだという事実が、私には恐ろしかった。


「それで、ほら、どうです? 叶うなら、自分はあの最高級料理を誰にも邪魔されないところでゆっくり食したいと思っています。あなたが手伝ってくれたら嬉しいのですが」


 人喰いの頼みは、考えるに値しない最悪のお願いだった。


 正しい感情を持つ者ならば、一蹴して然るべきものだろう。たとえその結果、自分が食べられてしまうとしても、それでも譲ってはいけない一線というものがあるのだから。


「……考え、させて下さい」


 だから。


 だからこそ、私は――……。






 そのまま路地を出て、ライさんがいるであろう冒険者ギルドを目指す。


「あれ? リカ。体調不良で休んだんじゃなかったの?」


「ルッフル。ライさんを見ていませんか?」


「おやぁ?」


 受付に座っていたルッフルに彼の居場所を尋ねると、彼女はにやりと笑った


「やっぱりリカって、ライくんのことが好きなの? ほら、そこんところルッフルお姉さんにちょっと教えてみんさい――って、冗談だからそんな怖い顔しないでよ!」


「生憎、今は冗談に付き合っていられるような心境ではないのです。ライさんの居場所を教えてください。素材の換金に来たんでしょう?」


「ううん、来てないよ。今日はまだ一回もライくんの顔を見てないな」


「本当ですか?」


「本当だって」


 それはおかしい。あんな大荷物を持ってギルドに来たら、目立たないはずがない。


 つまりライさんは私と別れたあと、ギルドには来ていないのか。一体、どこに行ったのだろう?


 もしかして、魔の森で狩ったモンスターの素材は、冒険者ギルド以外では換金してはいけないという決まりを知らなくて、その辺りの素材屋に持ち込んだのだろうか? あのお馬鹿さんなら十分考えられる話だ。


「分かりました。ありがとうございます」


 ルッフルにお礼を告げて、その場を立ち去ろうとする。


「リカ」


「なんですか?」


 呼び止められて振り返ると、ルッフルが見たことのない真剣な顔で私を見ていた。


「……ううん、なんでもないよ」


 だが彼女はなにも言うことなく、少しだけ寂しそうに笑って言った。


「バイバイ。アタシ、リカのこと結構好きだったよ」


 別れの言葉がふさわしいと、きっとこのドワーフの少女は野生の勘じみたもので理解したのだろう。


 空気は読めない癖に、こういうときの言葉だけは的確なのだ。


「ええ。私も、ルッフルのことは嫌いじゃありませんでしたよ」


「そっか。なら嬉しい!」


 にっこりと笑ってルッフルは私を見送ってくれた。


 だから、後ろで聞こえた悲しそうな囁きは、聞こえないふりをして。


「……あ~あ、やっぱり、アタシたちってそういう結末しかないのかなぁ」






 ライさんはギルドからだいぶ離れた城壁の付近で見つかった。


 彼を捜すために王都中を走り回ったので、私の息は切れていた。けれど、それ以上にライさんの息は絶え絶えだった。


「リカさん。や、やっと見つけた」


「ライさんも、私を探していたんですか?」


「当たり前だろ。あんな風に逃げられて、探さないわけないだろ?」


 ライさんは額の汗を袖でぬぐう。


 一日モンスターを狩り続けても平然としていたのに、私を捜すためにそんなになるまで必死になってくれたのか。しかもその背中に、先程まであった大荷物はなくなっていた。


「……ライさん、モンスターの死骸はどうしたんですか?」


「あれ? わからん。邪魔だったからどっかに投げ捨てたから。あ、けどちゃんと人がいないところで捨てたから。心配しないでくれ」


「そんな心配、誰もしていませんよ」


 お金、ないんじゃなかったんですか?

 なんでそんな風に簡単に投げ捨てられてしまうんですか?

 あれだけあれば結構な額になるって、ライさんでも分かりますよね?


「ライさんは、ライさんはもっと悪い人になるべきです。人のことを疑って、人のしたことに怒って、私みたいな人はちゃんと嫌いになってください」


「いや、言ってる意味がわからないんだけど。なんで俺がリカさんみたいな素敵な人を嫌いにならないといけないんだ?」


「素敵な人、ですか?」


「ああ。だって、リカさんいつも俺のこと心配してくれるじゃないか。馬鹿やったら叱ってくれるし、危なくないように色々と教えてくれて」


 ライさんは照れくさそうに笑った。


「俺、冒険者になるの正直嫌だったんだけど、リカさんみたいな優しい人と知り合えて、今は冒険者になって良かったと思ってるよ」


 だからありがとう、とライさんは言った。


 馬鹿な人だ。きっと自分が私に騙されているだなんて、ギルドに利用されているだなんて、欠片ほども思っていないに違いない。このまま人喰いの指定した場所に誘えば、疑いもせずに付いてきてくれるだろう。


 この人はとても強いけれど、それでも私がその気になれば簡単に殺せてしまう、そんな純粋な人だから。


 守ってあげたいと、そう思った。


 ……ああ、やっぱり私はダメな生き物だ。忠告とお別れのあいさつをしに来ただけなのに、もっと一緒にいたいと思ってしまう。この人の足りない部分を補って、この人の代わりに怒って、悲しんで、それで嬉しいことがあれば一緒に喜びたいと思ってしまう。


 けどもう一緒にはいられない。この先どう転ぼうと、私の破滅は確定している。


 だから――最後にお礼を。


 ほんの少しでも、私に普通の人間らしい感情を取り戻させてくれたことに。


「私の方こそありがとうございます、ライさん。私もあなたみたいな人と最後に知り合えて、よかったと思います」


 人間らしく死ぬ機会をくれたことに、感謝します。

   

「ライさん。注意して下さい。この街に、あなたを狙っている人喰いという殺人鬼がいます」


「えっ?」


「あなたでもきっとあの男には敵いません。だから冒険者ギルドに、いえ、騎士団に助けを求めて下さい。あの超越者の殺人鬼に勝てるのは、かの『大剣聖』ヴァン・ヘルメス卿くらいでしょうから」


「お、おい、リカさん! なにを――」


「いいですね? ライさん。今度は私との約束、破ってはダメですからね?」


 そう言って、私は笑った。


 笑うことができたから、もう思い残すことはなにもなかった。


「シャドウキリング」


 戸惑うライさんにまた一方的に別れを告げて、その場から特技を使って立ち去る。


「うぉっ!?」


 いきなり背後に私が現れ、普通に道を歩いていた人が驚いて尻餅付く。


 だが謝ることもせず、私は再び暗殺者スキルの特技を使って移動した。連続してシャドウキリングを行使して、瞬く間にライさんから距離を取る。そうしなければ、きっとライさんはまた追いかけて来てしまうだろうから。そんなことをされたら、この決意が鈍ってしまうだろうから。


「ターゲットロックオン」


 さらに別の暗殺者スキルの特技を発動する。


 敵対者の自動追跡を行うスキル。人喰いは隠れることもなく、あらかじめ指定していた場所で――人の寄りつかない廃教会で待っていた。私がライさんを連れてくることを確信しているかのように、空かせたお腹をさすっている。


 だから、ここが唯一無二の好機だ。


 私は確信していた。人喰いはスキル熟練度一〇〇〇に達した超越者だ。でなければ、レベル五十越えが幾人もいた村のエルフたちを相手どって、単身で勝つことなどできはしない。あれでラムじいなど、レベル六十二という正真正銘の英雄だった。超越による能力値倍加の恩恵がなければ、勝利するなど不可能だろう。


 正面からでは、私では逆立ちしても人喰いには勝てない。


 けれどこの身は暗殺者。正面からの戦いなど、これまで一度だってしたことがない。闇に潜み、罠を仕掛け、背後から敵を強襲する。それしか脳のない咎持ちだ。


 だからこそ、その一刺しにだけは自信がある。


「シャドウキリング」


 そしてこの身は暗殺者であると同時に殺人鬼なれば。


「――殺す」


 殺意をもって人間を殺そうとするときに、その真価を発揮する!


 音を置き去りにする速度で人喰いの背後に移動した私は、ナイフをその首に滑らせた。


 モンスターの硬い肉を断つのとは異なる、人間の柔らかな肉を断つ最悪の感触。けれどこの人喰いを止めるために、力を抜くことなく完全に首を両断して、


「あらら、そう来ちゃいますか」


 次の瞬間、その致命傷のはずの傷口に私の腕は食べられていた。


「っ――!?」


 声にならない悲鳴が口からもれた。

 二の腕から先がなくなっていた自分の右腕を見て、激痛が全身を灼く。


「やれやれ、自分はね、本当に君を食べるつもりはなかったんですよ? リカリアーナ」


 右手の傷口を押さえてその場にうずくまる私を、人喰いは悲しそうな顔で見下ろした。


 その上下に分かたれた首が血を噴き出しながら、のどを鳴らすように蠕動している。くちゃくちゃと、もちゃもちゃと、私の肉を味わうように咀嚼してして、ごくりと飲み込んだ。


「けどダメですねぇ。ええ、もうダメです。やはりレベルの高いエルフはいいものだ」


 満足そうにげっぷしたあと、最初からそんな傷がなかったかのように再生した首と腹とを撫でさすりながら、人喰いは口を開いた。


「リカリアーナ。あなたすごく美味しいですよ」


 無造作に、今度は左手を食べられた。


 ――ああ、私は超越者というものを誤解していた。


 私を美味しそうに少しずつかじって食べているこれは、もはや人間ではなかった。人間を超越し、とうの昔に人間ではなくなっていた。これは人の姿をしたモンスターだ。


 そして私はそんなモンスターに喰われて死ぬ。肉を食べられて、心を溶かされて、きっと魂すらも残らない。


 ああ、けどよかった。私は、こんなモンスターになる前に死ねるのだ。


 痛くて苦しくて怖いけれど、それでも人間として死ねる。それが嬉しい。


 嬉しい……はずなのに……。


「……やだ……私、死にたく、ない……」


 いつかそうしたように、私は涙を流して求めていた。


「死にたくない。誰か、たす、けて……」


 存在するはずのない、こんな醜い私を助けてくれる誰かを、子供のように泣き叫んで求めた。


「お願い。誰か助けて……!」







「――ああ、今助ける!」







 かつては誰にも届かなかった祈り。

 けれど今はその祈りに、応えてくれる声があった。


 私の上から人喰いが吹き飛ばされ、力強い腕に身体を抱きしめられる。


「悪い、リカさん。約束はやっぱり守れなかったよ。けど今度は本当に約束するから」


 その人は涙をにじませるほどに瞳に怒りを滲ませて。

 強く、きしむほどに剣を握りしめ、その切っ先を人喰いモンスターに向けた。


「――テメェだけは絶対に俺がぶち殺す!」


 ライさんは私のために、敵を殺すと宣言した。


 


まずい演出が前回と被っただがやらずにはいられなかったよ。

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