生まれながらの咎人⑤
私がフレンス王国に来てから、早いもので一ヶ月が経過した。
今日も今日とて受付でぽつんと置物になっていると、私の唯一の担当冒険者がやってきた。
「リカさん。おはよう」
「おはようございます、ライさん。毎日ご苦労様です」
「おう。じゃあ、早速だけどこのクエスト受理してくれるか?」
そう言って、ライさんはクエストボードから持ってきたEランク個別クエストを差し出した。
内容は近くの街道に生えている薬草の採取。駆け出し冒険者でも出来る簡単なクエストだ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
「いやぁ、けど今日は薬草採取のクエストが手に入ってよかったよ」
クエストを受理していると、ライさんが世間話を振ってきた。彼はいつもこうだ。毎日毎日休みなくギルドに通い詰めては、出来るだけ報酬が高額のEランクのクエストを引き受けて、少し私と話をして冒険に出かけていく。
「本当は討伐系がよかったんだけど、Eランクで受けられる奴はほとんどないからな」
モンスター討伐系のクエストは、魔の森からなんらかの理由で出てきたモンスターがどこかに住み着き、近くの村や街道を通る人たちに被害が出た場合に発行される。
そういった魔の森出身のモンスターは王都周辺にはかなり多いのだが、ほとんどが討伐推奨レベルの高いモンスターで、低ランクでも受けられるようなモンスターである場合は少ない。それを数多くいる低ランク冒険者たちが競い合って受けようとするため、週に一度受けられれば幸運という案配だった。
討伐系クエストは報酬が採取系クエストより高いのだ。その理由にはもちろん、危険が大きいということも加味されている。
低ランクに回される討伐系クエストのモンスターはたかが知れているが、それでもライさんのような駆け出し冒険者が一人で受けるのは、あまり褒められたものではなかった。
「ライさん。討伐系クエストを受けるのでしたら、前から言っているとおり他の人とパーティーを組んで下さい」
「それは分かるんだけどさ、リカさん。俺を仲間にしてくれる人ってかなり少ないみたいなんだよ」
ライさんは少しだけ寂しそうな顔で言った。
「危険が伴うクエストに、やっぱり俺みたいなステータスの奴は連れていきたくないんだとさ。自分ではそこそこ強いつもりなんだけど、それを証明するには、まずパーティーを組んでもらう必要があるし」
ステータスが読めないライさんは、ギルドマスターの鶴の一声で冒険者になることができたが、それでも他の冒険者と同じようにはいかなかった。
まず本人も言ったとおり、他の冒険者とパーティーが組めないでいる。大体、駆け出しの冒険者はひと月以内に他のパーティーに入れてもらったり、同じ駆け出し同士でパーティーを組んだりするのだが、彼は当然のようにそうした集まりからはつまはじきにされていた。
加えて、レベル証明ができないライさんは冒険者ランクのランクアップを禁止されていた。それも仲間に入れてもらえない大きな理由だろう。万年Eランク冒険者になることが決定した彼を仲間に引き入れたとしても、利点がどこにも見あたらないのだ。
だからライさんはいつも一人でクエストを受けている。採取系ならいいが、この先も討伐系クエストを受けていこうとしているのはいささか気になる。だが本人はお金を求めているので、止めることも難しいだろう。
ん? お金が欲しいと常日頃から口にしているのに、なんで報酬の少ない採取系を受けられて喜んでいるんだろう?
たしかに採取系は駆け出しの駆け出しに人気ではあるが、それはクエストに慣れるのに最適だからという理由で、支払いが少ないことはライさんももう理解しているだろうに。
怪しい。これはなにかある。
もしや採取クエストを受けたがっていたのは、無料で城壁の外に出られるからか。王都を正規の手段で出入りしようと思うと通行料も馬鹿にならないが、クエスト許可証があれば無料で出入りができる。
「ライさん。もしや採取のついでに、街道でモンスター狩りなどをしようとは思ってないでしょうね?」
「……オモッテナイヨ?」
「嘘がつけない人ですね。――ちょっとこっち来なさい」
ライさんをギルド職員の休憩室に連れ込んで、ギルド内に置いてあるモンスター目録を突きつける。
「いいですか? ギルドが把握して許可してるクエストでも一人では危険はつきまといます。それなのに、なぜそれ以上に危険が大きい不特定モンスターを討伐しようとしてるんですか? しかもライさん、あなたこの熟読必須のモンスター目録を全部読んでいませんよね?」
「いや、読んだよ? 最初から最後まで目を通したよ?」
「目を通しただけでしょう! パラパラとめくってモンスターの絵以外読み飛ばしてたの見てたんですからね!」
「さ、最初の方はしっかりと読んだから。近くの街道に出るモンスターなんて、大抵はその辺りのモンスターだろ?」
「ですが、稀に強いモンスターが紛れ込んでいることもあるんです! モンスター目録を暗記していれば、そういったモンスターに遭遇する前に逃げることも可能ですが、読んでいなければその脅威を察することもできませんよね?」
「いや、勘でなんとなく倒せそうかどうかは分かるし、正直めんど――」
「あ?」
「なんでもないです」
ライさんは目録を受け取って、まだ読んでいないページから読み始める。大体、五百ページある目録の最初からめくって二十ページほどだろうか。
……この人、よくそれで最初の方は読んだと自信をもって言い切れましたね。
それから十ページほどがんばって読んでいたライさんだったが、
「リカさん。俺、今日は採取だけして戻ってくるわ」
諦めてぱたんと本を閉じた。
「本当ですか? 城壁の外に出られたらこっちのものだとは考えてませんか?」
「か、考えてないよ?」
「言っておきますが、あまり無作為にモンスターを狩って、他の冒険者の討伐目標を何体も倒してしまうと、故意の妨害として罰金などのペナルティが課されますからね?」
「えっ!? 嘘だろ俺もう結構――」
「結構? なんですか? ほら、言ってみなさい」
凄腕冒険者も震え上がる鋭い眼差しを、少しずつライさんの顔に近付けていく。
するとライさんは怯える――ことはなく、少しだけ頬を染めて視線を逸らした。
「……まあ、いいでしょう」
どれだけにらんでもあまり効果がないので、少しだけやりづらい。仕方がなく私は、そのままクエスト許可証を発行してあげた。
「どうぞ許可証です。ですが、本当に気を付けて下さいね」
「ああ。近くに冒険者がいたら手は出さないようにするよ」
「そっちではなく。いえ、そっちもですが、それよりも強いモンスターに遭遇したらきちんと逃げるようにして下さい。ただでさえライさんは彼我のレベル差から考慮して動くことができないのですから、他の冒険者よりも注意深く行動しなければすぐにその命を落としてしまいますよ?」
「わかってる。心配してくれてありがとう、リカさん。俺、気を付けるよ」
ライさんは少し申し訳なさそうに頭を下げた。
私に心配させてしまったことを悪いと思っているようだった。これは受付嬢の業務の一環だからしていることであって、別に個人的に心配しているとかではないのに。
「街道でモンスターを適当に狩るのはもうやめるよ。リカさんに約束する」
それでもライさんは真摯に約束などを口にするのだ。
そんな風に言われてしまえば、私に言える言葉なんてそれしかなかった。
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってきます」
……まあ、もっとも。
「ねえ、リカ。なんかさっき、ライくんがギルドナイトに捕まってたよ?」
「ちょっとごめんなさいギルドマスターのところに行ってきます」
まさかこの約束をした数日後に、魔の森に無断突貫するとは思っていなかったわけだが。
そういうことじゃない。そういうことじゃないのに。
本当に! まったく! あの人は! なんて手がかかる冒険者なのだろう!
そんな受付嬢を始めた私にとって良くも悪くも大きな存在となったライ・オルガスだったが、彼のその本当の実力を知ったのは、この魔の森無断突貫事件のすぐあとのことだった。
「ライさんと一緒に魔の森にですか?」
「ああ、そうだ。君には彼と一時的にコンビを組んで欲しいのさ」
突然ギルドマスターに呼び出されたと思えば、そんなことをお願いされる。
意味がわからなかった。ライさんが魔の森に無断侵入したことはお咎めなしという形で落ち着いたのだが、それは今後許可なく侵入しないと約束させたからだ。その時点で、もうギルド側としてはライ・オルガスを魔の森には入れないものと思っていたのだが。
「……それは、ライ・オルガスに規則を破った罰を与えて来いということですか?」
Eランク冒険者のライさんと一緒に魔の森に行けだなんて、遠回しに殺してこいという意味にしか聞こえなかった。
この前の無断侵入のときは奇跡的に無事だったようだが、魔の森はそんな甘い場所ではない。それはあの場所を隣国からこの国まで突破してきた私がよく知っている。Aランク冒険者相当の実力のある私でさえ、何度も何度も死にかけたのだ。
私の問いかけに、ギルドマスターは意味深な笑みを浮かべるだけでなにも言わなかった。
やはりこれは、ギルドマスターの命令に従えるのかという私への試験なのだろう。
「……分かりました。ライ・オルガスと一緒に魔の森に行ってきます。ですが、私はなんと言われようと直接この手で誰かを殺すつもりはありませんので」
「そうだね。そんなことをすれば、君の殺人鬼スキルは簡単に一〇〇を超えてしまうだろう」
やはり知っていたのか、私に殺人鬼スキルがあることに。けどその上でこんな指示だなんてどういうつもりなのだろう?
……まあ、いい。
ライさんを見殺しにしたところで、殺人鬼スキルの熟練度はあがったりはしないのだから。
「では失礼致します。いつもなら、そろそろライさんが受付に来る頃なので」
「リカリアーナくん」
部屋をあとにしようとすると、ギルドマスターに呼び止められる。
「私はね、君をかっているんだ。それを覚えておいて欲しい」
「……失礼致します」
「ああ、夕刻までには戻ってくるようにね」
にこやかな仮面の笑顔で見送られ、私は部屋を後にする。
……わからない。あの男は私になにをさせたいのだろう?
あんな言葉で私の機嫌など取れないことくらい理解しているだろうに。むしろ私の機嫌を取りたいのなら、今回のような命令なんて……
「……オープン」
ステータスを開き、殺人鬼スキルの熟練度を確認する。
昨日とまるで変わらない数値を見て、私は自嘲する。
そう、やはり私はもうこの程度のことでは動じない。そういう冷たい血の生き物になってしまったのだ。
「クローズ」
ステータスを閉じて、ギルドの受付へと向かう。
「おはよう、リカさん」
ライさんはすでにそこにいた。私を見て、ニカリと笑う。
他の受付が空いていて、別にそちらへ回ってもらっても問題なんてなにもないのに、クエストの依頼書片手に律儀に私のことを待ってくれていた。
「ふふっ、リカ、愛されてるねぇ。まさかこの可愛いルッフルちゃんが袖にされちゃうなんてさ」
隣の受付からルッフルがからかうように言ってきた。
……やはり彼女は空気が読めない。なんで今、そんなこと言ってしまうの?
「リカさん、どうかしたか?」
表情なんて変えていないはずなのに、どうして分かってしまったのか。
ライさんが私の顔を見て心配してくれたが、それすらも確信を深める材料にしかならなかった。
今までの経験から、私には分かってしまったのだ。また一段、自分が殺人鬼への階段を上ったことに。
人間として道を踏み外したことに。
……という私の出発前の複雑な感情も思い切り吹き飛ばしてしまうほどに、ライさんが見せた本当の力は圧倒的で衝撃的だった。
「いやぁ、まさかリカさんが一緒に冒険してくれるなんてさ。嬉しいよ」
私に話しかけつつ、ライさんは討伐推奨レベル十八を次々に切り裂いて、
「しかも魔の森でモンスターを狩っていいなんてさ。これで今日はチビたちに美味しいものを食べさせてあげられる」
喜びつつも遠くの方から魔法を放とうとしていた討伐推奨レベル二十五を、剣を振った剣圧だけでまっぷたつにし、
「リカさん。たぶん俺、足手まといになると思うけど」
一転して真剣な顔になったかと思えば、私の目でも追いきれない速度で討伐推奨レベル三十二の大群を仕留め、
「がんばって戦うし、リカさんの背中は守ってみせるからさ」
私の方に向かって剣の持っていない方の拳を突き出し、気がつかないうちに私の首を狩ろうとしていた討伐推奨四十七を粉みじんにしたあと、グッと親指を立てて言った。
「俺の背中は任せたぜ!」
それに対して、私の返答は決まっていた。
「ライさん」
「ああ、いい冒険にしよ――」
「一発殴らせて下さい」
「なんで!?」
あと私の熟練度九十三を返して下さい。
増えた殺人鬼スキルの熟練度に対して、私は初めてそう思ったのだった。
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