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生まれながらの咎人④



 結局、私はラファエル・グリムドの許に身を寄せることにした。


 彼への嫌悪がなくなったわけではない。だが私も彼も同じ怒りを胸に抱いていることだけは本当だった。彼がなにを企んでいるかは分からないが、他にやるべきこともない今、断る理由は思いつかなかった。


 ただ、それでもまさか彼が冒険者ギルドのギルドマスターで、ギルドナイトをする傍らで自分が受付嬢なんてものをやらさせることになるとは思わなかったが。


「私に受付嬢なんて務まるとは思わないのですが」


「そう? リカって言葉遣いも丁寧じゃない」


 教育係となったルッフルはそう言うが、この言葉遣いは子供だからと舐められないようにしていたら、いつのまにか備わっていた処世術の類だ。


「それに冒険者は男が多いからねぇ。リカってば綺麗だし、受付に置いておければ喜ぶでしょ?」


「それは暗にお前は置物にしかならないという嫌みですか?」


「そんなこと言ってないでしょ! ほら、行くよ!」


 ルッフルはさっさと制服に着替え、更衣室から出て冒険者の対応に向かう。


 仕方がない。諦めて私も行くとしよう。一度やると引き受け、この国でのたしかな身元の証明といくらかの金銭を受け取ってしまった以上は仕事を全うするしかない。

 

 私はギルド職員の制服に着替えてから、一度姿見で自分の姿を確認する。


 思えば、こんなしっかりとした鏡で自分の姿を見るのは初めてだった。


 鏡の中にいたのは、良くも悪くも美しい銀色の髪のエルフだった。記憶の中にうっすらと残る母親の姿に似ているような気もするが、髪の色は異なっている。私の母の髪は金色だった。そして、その人をにらむような鋭い目つきは絶対に母親にはなかったものだった。


「私、こんな目をしてたでしょうか?」


 昔の自分は、もっとキラキラとした目をしていた気がする。それなのにいつのまにか、こんなにも冷たい目をするようになってしまっていたのか。


 いや、違う。私が咎持ちである以上、いずれこうなることは決まり切っていた。だから、この鋭い目つきは生まれつきだ。


「やはり、受付嬢なんてできるはずないと思いますが」


 こんな目をしている奴のところに、一体誰が来てくれるというのか。


 そう思いながら、私は仕事を始めた。


 受付嬢の業務自体はさほど難しいものではなかった。冒険者たちが持ってきたクエストを受理し、達成したときは報酬を渡す。あとは冒険者希望の人間が来たら登録をするのが主な業務内容だった。ルッフルに教えられた仕事を覚え、受付の椅子に座る。


 だが案の定というか、誰も私のところへ来ようとはしなかった。


 それなのにぶしつけにジロジロと見てくる。特に長い耳を。エルフが珍しいのはわかるが、少しは遠慮して欲しい。私は見せ物ではないのだ。


 そのまま本当に置物として午前中を過ごし、昼休憩を挟んでからもう一度受付業務に出るが、朝と夕方は忙しいが、昼間のこの時間帯は暇らしく、やはり私はただの置物でしかなかった。

 

 やはりギルドマスターに言って配置を変えてもらおう。


 そう決心を深めかけていたとき、一人の少年がギルドへやってきた。


 年齢は私と同じか少し年下くらいか。ボサボサの髪に着古した服。皮鎧も盾も持っておらず、腰に一振りの剣だけを下げている。


「あれは初めて見る子だね。たぶん、冒険者登録しに来た子だね」


 隣の席からルッフルでつぶやいた。


「……あんな装備で冒険者ですか? すぐに死んでしまいませんか?」


「たぶん、他の職業に就けなかった子かなぁ。なりたくて冒険者になる人もいるけど、仕方がなく冒険者になる人もいるから。どちらにせよ、登録の練習にはなると思うよ。ということで」


 ルッフルはその場をこっそりと離れる。


 私に練習させたいのか、それともたださぼりたいだけなのか。恐らくは後者だろう。まだひと月ほどの付き合いだが、彼女の性格は半ば以上つかんでいた。咎持ち一歩手前の危険スキルを持っているとは思えない、お気楽な性格の持ち主である。


 それでいて、じゃっかん空気が読めない。


 冒険者になりに来たということは、あの物珍しそうにギルド内を眺めている少年は、レベルも低く戦闘経験も乏しい素人だろう。そんな素人が私みたいな鋭い目のエルフに、果たして話しかけられるだろうか?


 無理だろう。高ランクの冒険者でも、視線を向けただけで逃げていったのだから。


 自分から声をかけてあげるべきだろうか?

 いや、でもどういう風に声をかければいいのだろう?


 私が悩んでいると、少年が受付の場所に気付き、まっすぐ私のところへ近付いてくる。


「すみません。俺、冒険者登録したいんだけど」


 予想に反し、怖じ気づいた様子もなく声をかけられる。これには少し私の方が戸惑ってしまうほどだった。


「あの、冒険者登録したいんだけど」


「あ、はい。冒険者登録ですね」


 もう一度話しかけられ、ようやく自分の役割を思い出す。


「ではこちらの書類にご記入下さい。それと登録料をお願いできますか?」


「わかった」


 少年は懐から財布を取り出し、小銭で登録料を支払った。


 そのあと差し出した紙に記入していく。字はなかなかに綺麗なものだった。


 このフレンス王国では七歳から十三歳まで、全国民が国営の学校で簡単な勉強を学ぶことができるという、大陸を見渡してもかなり高度な教育が施されていることで諸外国には知られていた。他の国では自分の名前も書けない人間も少なくない。


「これでいいっすか?」


「確認させていただきます」


 書き終わった書類を確認すると、ひとつだけ不備があった。


 この書類は名前とレベル、それから志望動機といった簡単な記載しか必要としない書類で間違えようもないのだが、レベルの欄だけが空白になっている。見栄を張ろうとしているのか。けど志望動機には隠そうともせず『お金が必要だから』と書いてある。


「はい、問題はございませんね」


 不備を指摘してもよかったが、私はあえて無視をした。どちらにせよ、登録に必要な次の作業でレベルは明らかになるのだから。


「それではステータスの開示をお願い致します」


「…………」


 少年は初めて躊躇するように押し黙った。やはりレベルを見られたくないのだろうか。


「身元保証に必要となりますので、ステータスの開示をお願い致します」


 自分でも相手の気持ちを察した上で厭らしいとは思うが、業務上本当に必要なのでそう水を向けた。


 けれどそれでも少年は渋った。


 まさか私と同じように他人に見られると困るステータスなのだろうか。いや、ならばあらかじめステータス開示が必要なことが分かっている冒険者になど登録しに来ないだろう。


 ただ、もしも本当に彼が咎持ちで、ステータス隠蔽などをして冒険者登録をしに来ていた場合は、ギルドマスターからはギルド職員に誘えとも言い含められていた。そのために受付嬢には鑑定スキルを持っている者が配置されている。


 だがステータス隠蔽ができるのなら、ここで戸惑ったりはしないだろう。これでは怪しんでくれと言ってるようなものだ。


「あの、ステータスを開示していただけなければ冒険者登録は出来かねるのですが」


 理由がわからず、直接そう言うしかなかった。


 すると少年は観念したように、その一言を口にした。


「オープン」


 そして私の前に自分のステータスを提示した。



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「…………え?」


 久しぶりに、素直な驚きが自分の口からもれたのがわかった。


 自分の目をこすってから、もう一度目の前の少年のステータスを見るが、そこにあるのは意味の分からない文字とも数字とも読めないものの羅列でしかなかった。


 少年のステータスは、まったく読めないものだった。


「冗談とか悪ふざけとかそういうのじゃないから」


 私の態度を予想していたと見えて、少年はそう言った。


「俺は生まれつきこういうステータス画面なんだ。読めないんだよ」


 他の国を旅していた私でも、こんなステータス画面の存在は見たことも聞いたこともない。少年が渋るのも当然といえば当然だった。こんな得体の知れないステータス画面を相手に見せれば、騒ぎになるのが目に見えている。


 恐らく、彼はこれまで幾度なくステータスを見せては騒がれ、そして心ない言葉を受けたのだろう。


 読めないステータスと聞き、多くの人はきっとこう思うはずだ。


 これは彼が生まれ持っている変なスキルの所為ではないのか?


 ステータスそのものを読めなくさせるという、ステータス隠蔽とは異なる次元の効果を前に、多くの人はそこに素晴らしいスキルがあるとは思わない。逆に恐ろしいスキルがあると想像するに違いない。人とはそういうものだ。未知を前にしたとき、それを美しいとは思わず、恐ろしいと思うのだから。


 少年の半生は想像するに容易かった。


 だが、それでも、私が彼のステータスを見て最初に思い浮かんだ感想はそれだった。


「……うらやましい」


「え?」


 今度驚くのは少年の方だった。私も自分の口をついていた一言を、言ってからしまったと思った。


 このステータスを見てうらやましいだなんて、そんなの自分には人に見せられないステータスだと暴露しているようなものだ。


 慌てて、少年の表情をうかがう。


 もしも彼が気付いていたら、どうにかして口を塞がないといけない。これまでは寄る辺のない旅人として恫喝し、恐怖で口を封じてきた。けれど今の定住ある身でそんなことをすれば、ここにはいられなくなる。


 それでもいいか、とも思ってしまうが。


 だが幾度となく私の予想を裏切って、少年は私を疑っても、恐怖の眼差しでも見ていなかった。


 なぜか嬉しそうに笑っていた。


「……なぜ笑うのですか?」


「ああ、ごめん。俺のステータスを見て、うらやましいなんて言ったのはあんたが初めてだったから」


 それはそうだろう。少なくとも、私はうらやましいなんて言われたことは一度もない。


「いや、よかった。その様子なら、このステータスが原因で冒険者になれないってことはないよな」


「どうでしょうか。さすがにこれは上に相談しなければなりませんが」


 だがあのギルドマスターのことだ。興味を抱き、自分の手元で様子を見るために冒険者登録はきっとさせるだろう。


「恐らくは大丈夫だと思いますよ」


「そっか。よかった」


 ほっと胸を撫で下ろした少年は、屈託なく笑って、私に右手を差し出した。


「これは?」


「握手だよ、握手。これから色々とお世話になるんだろうしさ。たしか、冒険者って基本的に担当の受付嬢のところでクエストを受注するんだろ? あれ? 俺の担当って、あんたじゃないのか?」


「どうでしょうか。それも上が決めますので」


 けどまあ、きっと自分が担当することになるだろう。他の受付嬢では、この得体の知れないステータスの持ち主は手にあまる。


 あるいは、ギルドマスターが最初から彼のことを知っていて、その上で今日自分を受付嬢に配置した。そんな気さえ私はした。それを完全には否定しきれないところが、あのラファエル・グリムドの恐ろしいところである。


「それじゃあ、やっぱり握手な」


「いえ、別に冒険者と受付嬢なだけであって、握手なんて」


「いいから。ほら」


「む」


 無理矢理手を握られ、握手をさせられる。


 まだ大人の男性とは違うその手は、しかし予想を超えて硬く力強かった。


 そこで初めて、私は少年の顔をしっかりと見た。


 幼さのまだ残る顔立ち。けれど、その瞳だけは決意を秘め、それでいて未来を夢見てキラキラと輝いていた。


 まぶしいな、と思う。


 この少年は少しだけ生まれ持ったステータスという意味では私に近しいが、それでも私とはまったく違う価値観で生きているのだろう。


 そのことに対して、うらやましいとまた思う。憎らしいとさえ思ってしまうのは、私の心が狭いからか、あるいは殺人鬼スキルを持つがゆえか。


 それでも一度握った手を離そうとは思わなかった。


 それが本当に久しぶりに、思い出せないほどに久しくふれ合った他者のぬくもりだったから、というのもあるのだろうが、それ以上に、うらやましく憎らしいとは思えど、自分が目の前の少年を嫌いとは思わなかったのが理由としては大きかった。


 今日一日この場所で過ごして彼だけだった。いや、人間の世界に来てからは彼だけというべきか。


 この少年だけが私の長い耳を気にすることなく、私をエルフという偏見の目で見なかった。ただまっすぐ、その眼差しは嬉しそうに私の鋭い目を見つめている。


「と、そうだ。まだ自己紹介をしていなかったな」


 私の手を握ったまま、少年は自分の名前を名乗った。


「はじめまして。俺はライ・オルガスだ。これからよろしくな!」


 ああ、ちょっとこの人はアホみたい。さっき書類に書いてもらったからもう名前は知っていたのに。


 それでも直接名乗られ、その響きが耳に自然と入ってきた。ライ・オルガス。きっと、しばらくこの名前は忘れないだろう。本当に担当になったら、忘れられない名前になるかも知れない。


 そんな予感を感じて、私は乞われてもいないのに、自然と自分の名前を口にしていた。


「はじめまして。私はリカリアーナ・リスティマイヤと言います」


 私が殺人鬼となるまでの、きっと短い間だけと思うけれど。


「よろしくお願い致しますね、ライさん」





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