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生まれながらの咎人③



 助けて欲しいと願っても、誰にも相談できることじゃない。


 翌日からも、私は一人、孤独な戦いを続けることしかできなかった。


 午前中は朝早くに起きて狩りに出かけ、暗殺者スキルの熟練度を上げる。午後からは身体を休めながら、図書館でもっと効率のいい熟練度上げの方法はないかを探し、ある程度のところで切り上げて、また陽が落ちるまで狩りを続ける。


 そうした日々を半月続けた結果、私の暗殺者スキルの熟練度は五十まで上昇していた。


 そして殺人鬼スキルは九まで上昇していた。当然のことだが誰かを殺したりはしていない。


 ……もういい。殺人鬼スキルのことは放っておこう。今はなによりも暗殺者スキルのことだ。残り半分を半月で上げるとなると、かなりギリギリになる。


 さらに問題は、最近は私が狩りをしていることが村のみんなにも噂として広がって、昨夜、お父さんから遠回しに注意を受けたことだ。エルフにとって狩りとはその日の糧を手に入れるためにすることであって、腕前を競ったりするためにすることではないと。狩った獲物を持ち帰らずに放置していることを咎められたのだ。


 そんなことは当然知っている。知った上でやっているのだ。お母さんと同じでお父さんもなにも分かってない。


「私には時間がない。時間がないの」


 ぶつぶつと念じるようにつぶやきながら、私は連日の疲労で重くなった身体を引きずって、森から図書館へと移動する。


 今日の司書はまたラムじいだった。きっとまた見張るのだろうな、と思ったが、ラムじいは手を挙げてあいさつをしただけで椅子から立ち上がろうとはしなかった。


「ラムじい。見張りはいいの?」


 好都合なのに、思わず私はそう聞いていた。


 ラムじいは読んでいた本をぱたりと閉じると、


「リカリアーナは最近、毎日図書館に来て熱心に本を読んどるしなぁ。それに悪戯もやめたようじゃし」


 そう言えば、そうだ。もう半月も悪戯をしていない。悪戯を始めるようになってからは始めてのことだった。


 ラムじいは椅子から立ち上がり、私の頭に手を置いた。


「成長したなぁ、リカリアーナ。お前さんは将来、きっと立派なエルフになるよ」


 ラムじいからこうして褒められるのも初めてのことだった。いつもは怒られてばかりだったから。


 だから嬉しいことのはずなのに、私はちっとも嬉しいとは思わなかった。別に本当にやめようと思って悪戯をしなくなったわけじゃない。立派なエルフになるなんて、そんなわけがないだろう。 


「ありがとう、ラムじい。私、がんばって立派なエルフになるから」


 それなのに、私は笑顔を浮かべてそんなことを口にしていた。


 半ば反射的なその言葉に、そうかそうか、とラムじいは嬉しそうに頷いて、読書に戻ってしまった。


 ああ、やっぱり私は立派な大人になんてなれはしない。こんなにも嘘を吐くのが上手になってしまった。詐欺師スキルがないのが不思議なくらいだ。


「……本を探そう」


 逃げるようにラムじいから離れて、本の捜索を開始する。


 しばらく探し続け、何冊かのそれらしい本を読み解いてみるが、暗殺者スキルの記述はなかった。時間だけが無為に過ぎていく。


 森から図書館への移動時間も馬鹿にならない。これはもう本を探すのを諦めて、狩りに専念した方がいいかも知れない。


 そう思った矢先、私はその一冊の本を見つけた。


「これ!」


 古めかしい表紙には、『咎人系スキルについて』と走り書きされたようにインクで書かれていた。


 誰かの手記らしく、目次のようなものは見あたらない。だが読み進めていくと、そこには作者の出会った咎持ちたちへの考察と、咎人系スキルの詳細が事細やかに記されていた。さすがに直接咎持ちから情報を引き出すことは難しかったようで、ところどころ情報は虫食いになっていたが、それでもこれまで見つけた本とは比べものにならない情報量である。


 さらに作者は咎人系スキル持ちの熟練度上昇への考察まで行っていた。


 たとえば、詐欺師。この咎人系スキルを持つ者は、どれだけ相手を騙せるかではなく、どれだけ相手に自分を信じさせられるかで熟練度の上昇が変わると考察がされていた。一緒に記載されているデータを見るに、信憑性は高い。


「これならもしかして」


 希望を託しながら、ページを進めていく。

 そしてついに暗殺者スキルについての記載があるページを見つけ出した。


 一言一句見逃さないよう、食い入るように読む。


「……う、そ」


 希望から絶望へと変わると言うのはこういうことを言うのだろう。


 手記に書かれていた暗殺者スキルの情報は、なるほど素晴らしいというしかない情報量だった。知りたいことをすべて知ることができた。


 ……そう、私は知ってしまったのだ。


 作者は暗殺者スキルのボーナススキルについて、以下の記述を残していた。


『暗殺者スキルのボーナススキルは、一〇〇で隠密行動の上昇。二〇〇で敵対者の追跡を行う特技『ターゲットロックオン』、そして三〇〇で自身のステータスの隠蔽を行うものであると推察できる。相手に自分が暗殺者だと気付かせないステータス隠蔽はもちろんだが、特に注意すべきはターゲットロックオンの方である。これは敵対対象と認識した相手の居場所が分かるという恐ろしいスキルだ。つまり狙われたが最後、暗殺者はどこまでも追ってきて――……』


 そこから先は読む気力が出なかった。


「ステータス隠蔽は、熟練度三〇〇のボーナススキル。ははっ、そんなの間に合いっこないじゃない」


 どんなにがんばっても上げられる熟練度は一〇〇だろう。奇跡に奇跡が重なって大幅に上昇させられたとしても二〇〇まで。三〇〇なんて数字はどう足掻いても不可能だ。


「……無駄だった。私の努力は、全部無駄だった」


 けれど、それは最初から分かっていたことだ。誰もステータス隠蔽が熟練度一〇〇のボーナススキルだなんて言っていない。それに首尾良くステータス隠蔽が上手くいったとしても、幾人かの村人が持っている鑑定スキルの看破を弾けるかも分からなかった。


 結局のところ、咎持ちという事実が隠し通せる可能性というのは、妄想じみた淡い祈りのようなものでしかなかったのだ。


 けれどそれももう終わり。私の行く末はここに確定した。


 隠れ里からの追放か、あるいは狼の塔への幽閉か……。


 そのとき、力の抜けた私の手から手記が床へと滑り落ちた。その衝撃でぱらぱらとページがめくり上げられる。


『殺人鬼スキルは咎人系スキルの中でも最悪のスキルである。例外なく、このスキルを持つ者は殺人鬼となる』


 そして最後のページが――殺人鬼スキルについての考察が書かれたページが目に飛び込んできた。


『なぜなら、殺人鬼スキルの熟練度一〇〇ボーナススキルこそ、殺人衝動だからだ。この衝動は決して抑えられない。必死に我慢しようとしても、ヒトを殺さずにはいられなくなる。そして、殺人鬼スキルの熟練度はヒトを殺さなくてもなぜか上昇していく。どれだけ善良な者であっても、このスキルを生まれ持ったが最後、必ず殺人鬼に堕ちるのだ』


 そして手記の最後に、作者の最後の言葉がつづられていた。


『だから私はなにも悪くない。これから私の手で死に行く誰かよ。呪うなら、私をこういう風に生んだ神を呪ってくれ』






 気がつけば、私は森の中で寝転がっていた。


 いつ図書館を後にしたのか、どうやってこの森まで来たのか、記憶はたしかではない。恐らく毎日のように通っていたから、身体が勝手に動いていたのだろう。

 

 空を見上げると、すでに太陽の姿はなく、月の見えない空に満天の星が輝いていた。


 それを美しいと思った。

 こんなにも純粋に夜空に見惚れたのは、一体いつ以来のことか?


「……あんなにも、退屈な場所だと思ってたのに」 


 森と古びた本以外にはなにもない村。それがタトリン村だ。


 毎日毎日退屈で、いっそのこと大人になったら出て行ってやろうかとすら思っていたけれど、いざその未来が現実味を帯びてくると、急にこのなにもない故郷が愛おしく思えてきた。今になって、この村が私のすべてなのだと理解する。


「……やだ」


 一言、本音をもらしてしまえば、もうあとは止まらなかった。


「やだ。やだよ。この村を出たくない。ずっと、ここにいたい。みんなと一緒にいたい……」


 大切な場所なのだ。ここには大好きな人たちがたくさんいるのだ。

  

 それなのに、どうして自分はここにいてはいけないと神様に言われなければならないのか?


「悪戯して、みんなを困らせたことは謝るから! 家の手伝いだってたくさんする! お父さんやお母さんの言うことだってちゃんと聞く! もっといい子になるから! だから……!」


 お願いします、神様。私のステータスを変えてください。


「リカリアーナ!」


 そのとき、お母さんの声が聞こえた。


 身体を起こすと、お母さんが駆け寄ってきて、私の身体を思い切り抱きしめた。


「ああ、リカリアーナ! よかった! 無事だったのね!」


「お母さん、どうしてここに?」


「あなたを探しに来たに決まってるでしょ!」


 お母さんはいつものように私を叱った。

 目に涙を浮かべるくらい本当に怒った顔で、私を叱ってくれたのだ。


「狩りのために森に行ったきり、こんな遅い時間になるまで帰ってこないんだもの。なにかあったかもって心配するに決まってるでしょ……本当に、本当に心配させて……」


「お母さん……」


 もう一度、私の存在を確かめるように自分の胸元に抱き寄せ、お母さんは肩を震わせた。


 温かなお母さんの温度を感じて思い出す。

 ずっと私はこの腕に育てられてきた。守られていたんだと。


「よかった。あなたが無事で。本当に、よかった」


「……ごめん、なさい……」


 謝罪の言葉は自然と口からこぼれ落ちた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。お母さん。心配かけて、ごめんなさい」


「いいの。いいのよ。あなたが最近悩んでることはお母さんも知ってた。それなのに一緒に居てあげられなかったお母さんが悪かったのよ」


「違う。お母さんは悪くない。悪いのは私なの。私が、私が悪い子だから……」


 だから、神様は私に咎人系スキルを与えたのだろう。


「ごめんなさい。悪い子でごめんなさい。謝るから。もっといい子になるから。だからお願い、私を捨てないで。嫌いにならないで!」


「なんてこと言うの。捨てるはずないじゃない。嫌いになるはずないじゃないの」


 お母さんはにっこりと微笑んで、


「リカリアーナ。あなたは私の可愛い子供なんだから」


 それが限界だった。

 私はお母さんの胸の中に飛び込んで、大声をあげて泣き叫んだ。


 お母さん以外にも私を捜してくれていた村のみんなが、私の泣き声を聞きつけて集まってくる。たくさん、たくさん、集まってくる。


 小さな村だから、私は村のみんなの顔を知っている。だから、そこに村の全員がいることがわかった。みんながこんな私を心配してくれていたのだ。


「リカリアーナ!」


 お父さんも森の奥から駆けつけて、私のことをお母さんと一緒に抱きしめてくれた。


 温かな二人の腕に抱かれながら、私は思った。

 

 ずっと、ずっとステータスを隠さないといけないと思っていた。そうしなければならないと思っていた。


 けれど。


 違ったのかも知れない。隠すことなく、最初からすべてを打ち明けて相談していれば、それでよかったのかも知れない。


 だってこんなにも私はみんなのことが大好きで、みんなも私のことを大切に思ってくれていたのだから。


 最初からみんなを信じていれば、それで。






 半月後。ついにステータスお披露目の日はやってきた。


 雲ひとつない青空の下、私とケイ、リルファの三人は小さな舞台の上に立って、村のみんなの前で並んで立っている。すでにステータス開示の魔法は教えてもらっていた。あとはあの一言を口にするだけだ。


 結局、今日まで私のステータスのことは誰にも言えなかった。何度もお父さんやお母さんに打ち明けようとしたけど、最後の勇気が出なかった。


 でも――大丈夫。


 舞台前の最前列で、お父さんとお母さんは私に笑いかけてくれた。昨日はどんなスキルがあっても大丈夫だからね、と不安で眠れない私の手をお母さんはずっと握ってくれた。お父さんも今朝、不器用ながらも私の頭を撫でてくれた。


 だから大丈夫。きっと、大丈夫だから。


 それでも恐怖はなくならない。

 たった一言を口にしようとして、何度も何度も途中で口を閉じてしまう。


 そのとき、私の両手をそっと握りしめる手があった。


「リルファ?」


 リルファはにこりと笑う。


「ケイ?」


 ケイもニカリと笑う。


「……二人とも、ありがとう」


 だから私も笑みを浮かべることができた。


 そうだ。ステータスに記されたスキルひとつで、私たちの関係はなにも変わらない。


 私はリカリアーナ・リスティマイヤ。タトリン村のエルフだ。この村で生まれ、この村のみんなに育てられ、いずれこの村の誰かと結婚し、子供を産んで、そしてこの村で死んでいくのだ。


 だから――なにも心配することはない。これまでの日々とみんなを信じよう。


 そうして、私たち三人は手を繋いだまま、声を揃えて魔法の言葉を口にした。


「「「――オープン!!」」」






       ◇◆◇






 被ったフードの上から打ち付けてくる雨音に目を覚ます。


 膝にくっつけていた頭を上げ、空を見上げる。


 建物と建物の間の狭い空には、分厚い雨雲が見えた。そこからぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。これはすぐに大降りとなるだろう。その前にどこかで雨宿りしなければ。


 人間の街では、雨宿りする場所ひとつ探すのも一苦労だった。軒先を借りようとすると、家の住人に嫌な顔をされる。これがタトリンの村なら、誰の家に行っても歓迎してくれたのに……。


「いえ、違いますか」


 人間もエルフも同じだ。それが可愛い村の子供なら喜んで屋根を貸すかも知れないが、それが薄汚い咎持ちであれば追い払うのだから。


 もっとも、それで済んだらまだマシな方だろう。中には殺そうと声高に叫ぶヒトもいる。


 ああ、あれは果たして誰だっただろうか? いつも悪戯を仕掛けて困らせていたおじさんか? それともラムじいだったか? あるいは大好きなお父さん、だっただろうか?


 もうその日の記憶は遠い彼方にあった。まだたった五年しか経っていないはずなのに、その間に色々とありすぎて、今はもうタトリン村での楽しかった日々を思い出すことができない。目を閉じれば、まぶたの裏によみがえってくるのは最後の苦い記憶だけだった。


 寝転んだ土の感触。

 吸い込んだ空気の味。

 生い茂った木々の隙間から見える、高い空。


 あったであろうそのすべてが色あせてしまっている。

 綺麗な思い出は、村を追放されたあの日にすべて置いてきてしまったのだろう。


 いや、あの村に置いてきてしまったものはもっと多くある。それは誰かを大事に思う感情だとか、誰かに大事にされて嬉しいと思う感情だとか、そういうヒトとしてあるべき大事なもの。


 こうしてさすらう身の上になった今の私に残っているのは、今はもう小さな四角い画面にあるそれだけだった。


「オープン」



 リカリアーナ・リスティマイヤ

 レベル:41

 経験値:498749  次のレベルまで残り24091

【能力値】

 体力:1355

 魔力:0

 筋力:198

 耐久:187

 敏捷:312

 器用:299

 知力:103

【スキル】

 鑑定:B 熟練度326

 本質を見抜く才能。

 熟練度100ボーナス……相手の名前を看破する。

    200ボーナス……相手のレベルと能力値を看破する。

    300ボーナス……相手のスキルと魔法を看破する。


 暗殺者:A 熟練度432

 隠れて対象を消し去る才能。

 熟練度100ボーナス……隠密精度向上。スキルによる探知への抵抗。

    200ボーナス……敵を追跡する特技。キーワードは『標的確定ターゲットロックオン』。

    300ボーナス……ステータス画面のスキル覧の隠蔽が可能。

    400ボーナス……対象の背後へ移動する特技。キーワードは『影刺しシャドウキリング』。


 殺人鬼:A 熟練度93

 人殺しの才能。



 これが私。リカリアーナ・リスティマイヤに残るすべてだ。


 まもなく熟練度が一〇〇へと辿り着こうしている殺人鬼スキルを見つめながら、私は思う。


 殺人鬼スキルの熟練度が上がる理由。それはきっと『憎悪』なのだ。


 生まれ持ったスキルへの憎悪。こんなスキルを自分に与えた神への憎悪。なにより、こんなスキルひとつでなにもかも諦めなければならない世界への憎悪。どうしようもなくこの胸にある激しい怒りと憎しみが、この最悪のスキルの糧となっているのだろう。


 そうしてこの憎悪のままに、私は遠くない未来に殺人鬼となる。


 それは私が生まれた瞬間に確定した私の未来だった。


 問題はそれまでどうするかだが。


「……なにを、すればいいんでしょうかね」


 故郷を追放されてからの五年間を、私は私を咎持ちだと知って追いかけてくる騎士たちへの対応と対処に費やした。タトリン村から一番近い人間の王国バレスは、咎持ちを決して許すことなく、見つけ次第即抹殺するという国だった。


 そんな逃亡生活の中で、私は隣国であるフレンス王国の噂を聞いた。

 この国では咎持ちは一定の権利を許され、少なくとも見つかり次第すぐに抹殺されることはないのだと。


 旅の目的地をフレンス王国と決め、そして昨夜、そのフレンス王国の王都である此処ラシェールに到着した。まさかあのくそったれな騎士たちも、私が魔の森を突破して隣国に入るとは思わなかっただろう。


 だから私は目標を見失っていた。


 元々帰る場所はない。そして今、目指すべき場所もなくなってしまった。どうすればいいのか、なにをすればいいのかが思いつかない。


 雨宿りできる場所を探すのも億劫で、ぼうっと勢いを増した雨に打たれながら、冷たい壁に背中を預け続ける。


 ずっと私を遠目から監視していた誰かが近付いてきたのは、私がずぶ濡れになった頃のことだった。


「やあ、お嬢さん。そのようなずぶ濡れでは風邪を引いてしまうよ」


 やってきたのは仕立ての良い服に身を包んだ、三十前後の男性だった。


 傍らには主人に傘を傾ける執事服姿の男と、面白そうに私を見ているドワーフらしき少女の姿がある。


 鑑定を発動する。話しかけてきた男性のレベルは八。スキルは『話術:B』に『役者:C』だ。戦いを生業にしている者ではないだろう。


 だが後ろの二人は違う。ドワーフの少女のレベル三十六と私より少し下で『狂戦士』という知らないレアスキルを持っている以外はそこまで脅威を感じないが、男性は今の私よりも遥かな高みに身を置いている。鑑定が通じない。


「これは珍しい。あなた、エルフですか」


「え? 本当? エルフとかアタシ初めて見たよ!」


 執事がフードに隠れて見えない私の素性を看破すると、ドワーフの少女からの好奇の眼差しが強くなる。


「ねぇねぇ。エルフはみんな強いって聞くし、やっぱり魔の森を突破してきたのはこの子で間違いないんじゃないの?」


「ルッフル。少し黙っていなさい。旦那様の邪魔をしないように」


「ごめんなさ~い」


 執事が注意すると、ルッフルという名前らしきドワーフの少女は謝罪の言葉を口にする。だがその態度に悪びれた様子はない。


 それでもそれ以上主人の行動を邪魔することはなかった。


 その彼女たちの主人はと言うと、最初に私を話しかけたきりずっと黙って私を観察していた。これまで何十人といた、私がエルフと気付いた男たちの下品な視線とは違う、だがそれとき以上に私の背筋を寒くさせる視線で。


 彼の人の好さそうな柔和な笑みを見て、私はただただ嫌悪感しか覚えなかった。


 その理由を私はすぐに理解した。男もまた、きっとすぐに理解しただろう。


「……同類ですか」


「同類だろうね」


 目の前の男は私と同じ咎持ちだ。しかも私と同じように自分のステータスを隠し、世界と人とを欺いて生きている類の嘘吐き。まるで水たまりに映った自分の顔を見ているかのようで吐き気さえする。これが同族嫌悪というものなのだろう。


 だが男の方は違ったらしい。

 能面のような笑顔をわずかに崩して、私にその本性を少し垣間見せる。


「私はラファエル・グリムド。貴族の家に生まれた、生まれながらの咎人だ。生まれ持ったステータスがすべてのこの世界において、どこにも居場所のない獣の一匹だよ」


 憎悪。憎悪。憎悪。

 男の笑顔の仮面の奥にあるのは、ただひたすらに激しく燃えさかる憎悪の炎だった。


 自分を、人を、世界を、この男は心底から憎みきっている。


 だからこそ、ラファエル・グリムドは私を誘った。


「我が同胞よ。教えてくれ。君は、このくそったれな世界をはぶちこわしてやりたいとは思わないかい?」


 あとになって思えば。

 それはまさに、深淵からの呼び声に他ならなかった。



    

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