生まれながらの咎人②
「……なに、これ?」
愕然と目の前のステータス画面を見る。
そこに記された私の才能は、何度見ても消えることはなかった。
「暗殺者に殺人鬼。咎人系スキルがふたつも……」
しかもどちらも最高ランクのAランクだなんて。
「あ、あり得ない。な、なんで私にこんなスキルが?」
顔から血の気が引いていき、カタカタと自分の肩が震えるのが分かった。
暗殺者スキルもそうだが、殺人鬼スキルと言えば、凶悪犯罪者の代名詞と言われているスキルだ。このスキルを持って生まれたものは、例外なく人殺しとなるといわれている。
「そんなこと私は思ったことない。誰かを殺そうなんて、傷つけようだなんて」
「リカリアーナ! ここを開けて、どうしてあんな酷い悪戯をしたのか言いなさい!」
お母さんの怒鳴り声を聞いて、口から小さく悲鳴がもれた。
それからどうして自分が悪戯をしていたのか思い出す。
刺激が欲しかったからだ。そしてそれには、誰かの困っている顔を見るのが一番だった。
誰かの苦しんでいる姿が……
「く、クローズ!」
慌ててステータス画面を消す。
これは見つかってはいけない。絶対に見つかってはいけない。私は強くそう思った。
前に狼男に教えてもらったことがある。高いランクの咎人系スキルを生まれ持った者は、人間たちの世界では見つかり次第即抹殺されることもあるという。
エルフの村ではそこまでされないが、それでも見つかり次第、ランクが低ければ隠れ里を追放、高ければ狼の塔への幽閉が決定する。そして一生出られない。
「隠さないと」
必死になって考える。
このままでは一月もしないうちに、みんなの前でこのステータス画面を見せないといけない羽目になる。
それまでにどうにかしなければ、私は破滅だ。
「そうだ。暗殺者スキルには、スキル隠蔽のボーナススキルがあったはず」
これもやはり狼男に教えてもらっていたことだ。ああ、やはり掟に背いてでも彼と会っていてよかった。あと一月の間になんとしても暗殺者スキルの熟練度を上げて、このステータス画面を隠し通さなくてはならない。
けどひとつだけ問題がある。
「……暗殺者スキルって、どうすれば熟練度が上がるの?」
分からない。けど今からでは狼男に聞きに行くこともできない。
薄闇に包まれた外では、狼の遠吠えのような嘆きの叫びが轟いていた。
◇◆◇
翌日、私はまだ夜が明けきらないうちに狼の塔に赴いた。
「狼男。ねえ、聞こえてるんでしょ? 私よ。リカリアーナよ」
いつも彼と会話している壁を叩き、声をかける。だが狼男からの返答はない。
「ちょっと、無視しないで。相談したいことがあるの。ねえ! ねえったら!」
呼びかけても答えはない。最初は昨夜叫び疲れて眠っているのかと思ったが、彼は故意に私を無視している。こんなことは初めてのことだった。最後は泣きながら呼びかけたが、それでも狼男は答えてはくれなかった。
いっそのこと、村の誰かに狼男が私にステータス開示の魔法を教えたことを伝えて、村の人たちと一緒に塔の中に踏み込もうかとも思ったが、そうなったら掟を破って彼に会いに行っていた私も確実に咎められるだろう。ステータスもその場で確認されてしまうかも知れない。
結局、私は諦めて村に帰るしかなかった。
狼男は頼れない。となれば、他に暗殺者スキルの熟練度上げについて、知ることができそうな場所はひとつしかなかった。
タトリンの村の中でも、一際大きい木組みの建物。そこはタトリン村の唯一の名物といっていい大図書館だった。その蔵書量は村外からもエルフたちが度々訪れることがあるほどで、探そうと思えばなんでも見つかると言われていた。
問題はあまりにも蔵書量がありすぎて、司書たちもどこにどんな本があるか分からないということだろう。
そもそも長命のエルフたちの暇つぶしの道具として本を求め続けた結果、このような結果となっているだけで、誰かが作ろうと思って作り上げられた図書館ではない。司書だって村人たちの持ち回りだ。
代わりに村人なら誰でも好きに入って、中で本を読んでも、貸りていって外で本を読んでもいいという形になっていた。誰にも相談できない事柄を調べるのに、見つけ出すのに時間がかかることを除けば、この上ない場所だろう。
図書館の中に足を踏み入れると、カウンターを見守りながら椅子に座って分厚い本を読んでいた村人が顔を上げ、私の顔を見るなり驚きを露わにした。
「これは驚いた。あのリカリアーナが、図書館に来るなんてなぁ」
今日の司書は、見た目は金髪碧眼の青年、その実数百年を生きた、タトリン村のエルフの中でも長命な『老エルフ』の一人だった。エルフの例にもれず名前が長いので、子供たちからはラムじいと呼ばれている。
「まさか図書館で悪戯しようだなんて思ってなかろうな?」
「そんなつもりはないわよ。今日は探してる本があって」
そう言っても、ラムじいは疑いの目で見てくる。
「どれ、ではこのじいも一緒に探してやろうかね」
「い、いいわよ。ラムじいはもうおじいちゃんなんだから、私一人で探せるわよ」
「よいよい。エルフは老人となっても、肉体は老化が止まった青年の時分のままよ。心配される謂われはないわい」
細い腕にぐっと力を入れて、力こぶを作ってみせるラムじい。
そういうのいいから。本当に放っておいて欲しい。ラムじいの前で暗殺者スキルの本を探すなんてできない。それでは勘ぐってくれと言ってるようなものだ。
けど日頃の行いの所為で、ラムじいは私から片時も目を離そうとしない。こんなことなら悪戯なんてするんじゃなかったと後悔しても、今更遅かった。
「それで、リカリアーナ。どんな本を探してるんだ?」
「……スキルについて色々と載ってる本」
「おお、そう言えばもうすぐお前さんも十歳だったなぁ。ステータスのお披露目、楽しみにしているぞ」
「う、うん。そうね。楽しみに、していてね」
貼り付けたような笑みをなんとか作る。これで誤魔化されてくれと祈りながら。
結局その日、私は図書館でも暗殺者スキルについて詳しく調べることができなかったのだった。
その日の夕方、さらに次の日の朝と、私は狼男を訪ねていったが、やはり彼は応えてくれなかった。
彼が死んだという話は狭い村の中で噂になっていなかったので、生きているのは間違いないのだが、完全に無視を決め込んでいる。一瞬でも友人だと思った自分を殴ってやりたい。結局彼はただの犯罪者、悪いエルフだったのだ。
……私は違う。彼とは違う。咎人系スキルを生まれ持ってきたけど、犯罪者になんてならない。
絶対に。絶対に、なってなんてやるものか。
それから毎日図書館に通っては、暗殺者スキルについて調べる日々が続いた。
やはり司書全員が、図書館内での私の行動に目を光らせていて、思うように調査が進まなかった。
彼らも私の『スキルがたくさん、できれば詳しく書かれている本』という希望を聞いて、本を見つけて渡してくれるのだが、決まってそこには一般的なスキルのことしか書いてなくて、暗殺者スキルといった咎人系スキルは載っていなかった。
そもそも、咎人系スキルについての本なんてほとんどあるわけがないのだ。暗殺者スキルを生まれ持った者は、やはり暗殺者になるのだろうから、そんな奴が自分について詳しい本を残すわけがない。あるとしたらその暗殺者と敵対した誰かによる著書作だろう。きっとこの大図書館にはそんな本もあると思うのだが、問題は見つけ出せるかどうかだ。
私には時間がない。時間がないのだ。
一応、図書館が閉館したあとは自分なりに考えて、暗がりでじっと潜んでみたり、見つからないように誰かのあとをつけてみたりしたが、それでも暗殺者スキルの熟練度はひとつしか上がらなかった。三日でひとつ。最初のボーナススキルに辿り着くにも、一年はかかる計算になる。到底来月には間に合わない。
「……やっぱり、あれしかないのかな」
夜、ベッドの中でじっと自分のステータス画面をにらみつけながら、私はひとつの結論を出していた。
ステータスには隠れて対象を消し去る才能とある。そして、最初から少しとはいえ私の暗殺者スキルの熟練度が増えていたことも鑑みれば、暗殺者スキルの熟練度を上げる方法なんてひとつしか考えつかなかった。
翌日、私は朝早く起きて、もはや日課となっていた狼男を訪ねた帰り道、そのまま近くの森に潜んで狩りを行うことにした。
お父さんにもらった弓を手に、木の陰で息を殺して待つ。
しばらくすると、子ウサギがぴょんと射程圏内に飛び込んできた。私は矢をつがえ、弓を構える。
子ウサギはのんきなもので私の存在に気付いてもいなかった。この距離なら確実に仕留められる。自慢ではないが、私は子供たちの中で一番狩りの腕が上手いのだ。
……あるいはそれもまた、暗殺者スキル持っているからなのだろうか?
自分の脳裏に浮かんだ考えに動揺して、小さな物音を立ててしまう。子ウサギが私の存在に気付いて、慌てて逃げ出す。
だが大丈夫だ。私ならまだ狙える。逃げていく子ウサギの柔らかな身体に対し、淀みなく私の身体は狙いをつけていた。心に獲物に逃げられたという動揺はなく、冷徹にその命を狙って……。
――本当に、殺していいのだろうか?
「あ」
気がつけば、子ウサギは射程範囲から逃げ出してしまっていた。小さな影が森の奥へと消えていく。
「もうっ!」
私は弓を地面に叩きつけた。
どうしてあのとき射らなかったのか、自分でもわからなかった。
食料を確保するために小動物を狩るなんてこと、森に生きるエルフにしてみれば当然のことだ。お父さんや村のみんなだってやってることだ。ケイやリルファだってやってることだ。私だって、これまで何度だってやってきたことだ。
隠れて命を奪う。それがきっと、暗殺者スキルの熟練度上げには必要なこと。別にヒトの命を狙っているわけではないのだから、戸惑う必要なんてどこにもない。どこにもないのに……。
「残念だったな、リカ」
「っ!?」
私が獲物を取り逃がしたことを後悔していると、いきなり近くの木の上から誰かが飛び降りてきた。
「ケイ」
「よう。リカが獲物を取り逃がすなんて珍しい。けどせっかく狙っていた獲物を譲ってやったんだから、ここは仕留めて欲しかったぜ」
気付かないうちに木の上に潜んでいたのはケイだった。彼も狩りに来たようで、弓と矢を手にしている。
「リカも狩りの練習だろ? あとでリルファも来ることになってるんだ。せっかくだし一緒にやろうぜ」
「……遠慮しとく」
今は二人と遊んでいる暇なんてないのだ。
弓を拾いつつそう答えると、ケイは不満げに唇を曲げた。
「なんだよ。最近、付き合いが悪いぞ。悪戯だって全然してないし、図書館に通ってるって聞くし、一体どうしたんだよ?」
「うるさいわね。そんなのケイには関係ないでしょ。私にはやらないといけないことがあるのよ」
「そんなこと言うなよ。リルファが心配してたぞ。最近、リカが思い詰めた表情してることが多いって。だからなにか困ってることがあるならさ、オレやリルファが相談に乗ってやるから言ってみろって」
相談に乗る? 咎人系スキルを持ってるからどうしようって、相談しろって言うの?
「ふざけないで!」
あなたたち、掟のひとつ破るのだってあんなに拒んだじゃない! 狼男のこと怖いって言ってたじゃない! そんな奴らに『私は咎持ちなんだ』って告白できるわけないじゃない!
「私は忙しいの! もう話しかけないで!」
「おい、リカ!」
ケイが後ろから呼びかけてくるが、それを無視して私は森の奥へと走った。
私には時間がない。時間がないのだ。
だから……。
近くの茂みでなにかが動いた音がした。弓に矢をつがえて狙いを定める。
「ごめんね」
だから私は――……。
陽が完全に暮れて獲物が見えなくなるまで狩りを続けてから、私は家に戻った。
「ただいま」
帰ってすぐに部屋へと向かう。
今日はあまりにも疲れた。今は泥のように眠りたい。
「リカリアーナ、今何時だと思ってるの!」
だが部屋へと向かう途中、居間から顔を出したお母さんに見つかってしまう。
お母さんはいつものように怒っていて、けれど私の顔を見るなり慌てて駆け寄ってきた。
「ちょっと、そんなに泥だらけでどうしたのよ? それに」
お母さんがエプロンで私の顔をぬぐった。エプロンには、赤い血がしみこんでいた。それを見て心臓が大きく跳ねる。
「これ、返り血?」
「ち、違う! 私、今日狩りをしていて。それで、きっと!」
「だから獲物の返り血でしょ? もう! 女の子なのに、返り血に気付かないくらい夢中になって狩りをするなんて。そんなんじゃ、お嫁さんにもらってくれる人がいなくなっちゃうわよ」
お母さんのその何気ない一言が胸に突き刺さる。
そうだ。よしんばステータスのお披露目を回避できたとしても、きっと、こんな私じゃ誰かと結婚なんてできないだろう。
「ちょっと、泣きそうな顔してどうしたの?」
「な、なんでもない」
「なんでもないことないでしょ」
「なんでもないの! 私、お風呂入ってくるから!」
心配してくるお母さんを突き飛ばして、私は逃げるようにお風呂場に駆け込んだ。
そのまま脱衣所で服を脱ぎ捨て、お湯のはられた湯船に飛び込み、頭の先まで身体をお湯の中に沈めた。
――お母さんはなにも分かっていない。
私がどれだけ孤独な戦いをしているのか、なにも分かってくれていない。
――そうよ。元はと言えば、お母さんがこういう風に私を生んだから。
咎持ちとして私をこの世に産み落としたのはお母さんだ。悪いのは私じゃない。お母さんだ。私は悪くない。私は悪くない。私はなにも悪いことなんてしていない!
それなのに……どうしてこんなに苦しまないといけないんだろう?
「……オープン」
お湯から顔を出して、もう苦痛でしかない一言を口にする。
「お願い。あれだけがんばったんだから、暗殺者スキルの熟練度が上がっていて」
祈りながら、そっとステータス画面を覗き込んだ。
リカリアーナ・リスティマイヤ
レベル:3
経験値:52 次のレベルまで残り8
【能力値】
体力:55
魔力:0
筋力:8
耐久:7
敏捷:12
器用:11
知力:5
【スキル】
鑑定:B 熟練度26
本質を見抜く才能。
暗殺者:A 熟練度19
隠れて対象を消し去る才能。
殺人鬼:A 熟練度3
人殺しの才能。
「…………え?」
暗殺者スキルの熟練度が上がっていた。思ったよりも微々たる上昇だがそれはいい。やはり自分の考えは間違っていなかったのだと確信を持つことができた。
けれど……
「な、なんで殺人鬼スキルの熟練度が上がってるの?」
私は誰もヒトを殺してなんていない。殺したいとも思っていない。
なのに昨日まではゼロだった殺人鬼スキルの熟練度が、三つも上昇していた。
私の脳裏に今日出会った人たちの顔が思い浮かぶ。
無神経に話しかけてきたケイ。身勝手な心配をするお母さん。
二人にはたしかに怒りを抱いた。けど、殺したいなんて少しも思っていない。
だって大切な友達で、大切な家族なのだ。そんなの思うわけがない。
それとも――自分でも知らないうちに、そう思っていたの?
「なによこれ? わからない。わからないわよ。お願いだから、誰か教えてよ」
涙がこぼれ落ちる。目の前の理不尽に、次から次へとあふれ出して止まらない。
「お願い。誰か助けて……!」
私は一人、誰にも言えない秘密を抱えながら泣き続けた。




