表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/118

生まれながらの咎人①



 今でも目を閉じると偶に思い出す。


 寝転んだ地面の匂い。

 吸い込んだ空気の味。

 生い茂った木々の隙間から見える、高い空。


 幼い日の私にとって世界のすべてだった場所。

 深い森に抱かれたエルフの隠れ里。私が生まれ育った、タトリンの村。


 今はもうまぶたの裏にしかない、懐かしい故郷のことを。





 

      ◇◆◇






 視界から男性の姿がかき消える。


「ぎゃあ!」


 直後、落とし穴の中に吸い込まれるように消えていった誰かが、潰れた蛙のような悲鳴をあげた。


「「いぇーい! 大成功!」」


 その一部始終を茂みの中から見守っていた私たちは、一斉に立ち上がって手をたたき合った。


「お、お前ら……」


 落とし穴に落ちたドジな大人が、全身泥だらけで穴から這い出てくる。その情けなくて、困りきった姿と言ったら、思わず吹き出してしまうほどだった。やっぱり落とし穴の下に水をためて、泥穴にしておく作戦は大成功だったみたい。


「よし、それじゃあ逃げるわよ!」


「「おーっ!」」


 私の言葉に、ケイとリルファがはしゃいだ声をあげながら逃げ出す。


 私も後に続く。子供が仕掛けた落とし穴なんかにはまるような人に怒られたくない。


 泥だらけで誰かも分からないその大人は、けれど私のことは知っていたようで、長い耳をピンと威嚇するように立てて怒鳴り声をあげた。


「こらー! リカリアーナ! またお前か!」


「べーっだ!」


 それに私は舌を出して応える。そんな姿で怒ったって怖くないよーだ。






 秘密基地まで逃げ込んだ私たちは、それぞれの家から持ち寄った甘いおやつを片手に、先程の悪戯のことを話題に盛り上がっていた。


「見たあの泥だらけの顔! あーおかしい! 今回は特に傑作だったわね!」


「ほんふぉらよ」


 私の感想に、ケイが男らしく大口で、何枚か重ねたパンケーキを頬張りながら何度も頷いた。


「あいふ、オレの近くに住んれるおじさんなんだけどさ、いつも威張りくさってるから、すごいいい気味らよ」


「ちょっと、ケイ。口の中の物をきちんと飲み込んでからしゃべってよ。汚いじゃない」


 リルファは注意しながら、ケイの口元についたジャムをハンカチでぬぐってあげていた。


 家が隣同士で、私が友達になる前から仲の良かったケイとリルファは、こうして見るとまるで姉弟のようだった。綺麗な金色の髪に青い瞳も一緒だ。まあ、うちの村ではよくある色合いなんだけど、私は髪の色が銀色だから少しだけうらやましかった。


「でもちょっとだけ今回の悪戯はやり過ぎじゃなかった?」


 リルファが自分の分のパンケーキに木のスプーンでジャムを乗せながら、そんなことを言い出した。


「リルファ。あとで怒られるのが怖いのか?」


 ケイがからかうように言うと、リルファは少しだけ申し訳なさそうな顔になる。


「そうじゃないけど、おじさんあんなに泥だらけで、本当に困ってたじゃない」


「それがおもしろいんでしょ?」


 こうして三人で大人たちに悪戯をして回っているのは、大人たちのそういう困った顔を見るためだ。このエルフの森には他に娯楽なんてモンスターを狩るくらいしかないけど、子供の私たちは禁止されている。かけっこやかくれんぼはもう飽きてしまった。やっぱり悪戯して困らせるのが一番楽しい遊びだった。


 二人もそう思ってくれていると思ったんだけど、少しだけ違うみたいだった。少しだけ大人しいリルファはともかく、ケイも考えるような顔をする。


「そうだなぁ。今回のは別に問題ないと思うけど、これ以上の悪戯はちょっとやめておいた方がいいかもだよな」


「そんことないって。まだまだ全然行けるわよ!」


「もう、リカってば、本当に悪戯が好きなんだから」


 リルファが呆れたように私を見る。


 なによ。二人だって、悪戯の計画を練ってるときはあんなに楽しそうだったのに。


 けど……そうね。そろそろ悪戯も終わりにすべきかも知れないとは、私も少し思っていたりする。


 なにせ私たちはもうすぐ十歳になる。家の仕事を手伝わないといけないし、簡単なモンスター退治の方法もこれから教えてくれるようになるとお父さんが言っていた。


 もっとも、それより前に私たちがやるべきは自分のステータスを確認することなのだが。


 村の掟では、子供は十歳の儀礼がある日までステータスを開くことを禁じられていた。大人たちも子供のステータスを決して探ってはいけないとされている。


「もうすぐ自分のステータスがわかるね」


 同じことを考えていたのか、リルファが楽しみな様子で言った。


「ねえ、リカはどんなスキルがあったら嬉しい?」


「う~ん。やっぱり、魔法系のスキルかな? お父さんもお母さんも持ってるし」


「オレは断然狩人だな! 森でたくさんモンスターを狩って強くなるには、やっぱり狩人でしょ!」


「私は治癒魔法があると嬉しいなぁ。でも、調理スキルとかもあったら美味しいご飯が作れるようになっていいよね。あ~、なんにせよすごい楽しみ」


 リルファは待ちきれない様子だった。ケイもそれは同じ様子で、もちろん私も同じである。


「でも」


 ふと私は疑問に思った。


「どうして十歳までステータスを確認するのが禁止されてるのかな?」


「さあ? でもそれが掟だし」


「そうそう。掟なんだから従わないと」


 二人も知らないようで、あまり気にしてもいなさそうだった。


 二人だけじゃない。エルフはみんなこうだ。掟で禁止されてるからって、それをあまり疑問に思わない。不思議じゃないの? 知りたいとは思わないの? そんな風に思うのは子供たちの中でも私だけだった。まあ、同年代の子供は今、ここにいる三人しかいないんだけど。


 ……やっぱり気になる。


「こういうときは、あそこに行くにかぎるわね」


 私のつぶやきを聞きとがめて、ケイとリルファが顔を近づけてくる。


「リカ。まだ狼の塔に通ってるの? やめた方がいいよ。危ないよ」


「そうだぞ。あの塔に近付くのは掟で禁止されてるじゃないか」


「知ってるわよ。だからおもしろいんじゃない」


 私がそう言い切ると、二人は顔を見合わせて、まったく同じタイミングでため息を吐いた。


 ふんっ、ため息を吐きたいのはこっちの方だ。二人共意気地が無いんだから。彼は本当におもしろい奴だって、ずっと言ってるのに。







 それを狼男と呼ばれている彼に伝えると、彼は大声で笑った。


「それは仕方ないよ、リカリアーナ。エルフにとって掟とは重要なものだ」


 タトリンの村から少し離れたところに、今私が背中を預けている塔はあった。


 私たちの木組みの家とは、材質から雰囲気からなにもかもが違う、窓も入り口もなにもない巨大で頑丈な石の塔。この塔は、村の人たちからは『狼の塔』と呼ばれていた。


 名前の由縁は満月の夜になると、この塔の中から狼の遠吠えが聞こえてくるからだ。実際に、私も何度も満月の日にその遠吠えを聞いている。昔は満月の日でなくとも、毎日のように遠吠えが聞こえてきた時期もあった聞くが、今は満月の日以外に声が聞こえることはない。


 そしてその狼の声が誰の声かと言うと、今、分厚い壁を挟んだ向こう側にいる塔の主、村人たちからは『狼男』と呼ばれている男の声だった。


「掟を平然と破れるのは君くらいのものだ。なにせ、こうして自分のところへ遊びに来てしまうくらいなんだからね」


 狼男と会うことは村の掟で禁止されていた。正確には塔に近付くこと自体を禁止されているのだが、半年ほど前、ついつい気になって近付いてしまい、以来、こうして時々会いに行っては彼と話すようになった。


 狼男との会話はとても楽しいものだった。塔の中にずっといるのに、なぜか彼は外の世界についてよく知っていた。みんなが知らないようなこともだ。本人は星詠みスキルの恩恵と言っていたが、よくは分からない。分かっているのは彼は物知りで、質問すれば大抵の答えが返ってくるということだけだった。


「それで、ステータスを十歳になるまで確認しない理由だったね」


 今日の私の質問にも、狼男は当たり前のように答えてくれた。


「実はこの村では、昔は生まれてすぐステータスの確認をしていたんだ」


「なんでそれやめてしまったの? 生まれてすぐ、その子にどういったスキルがあるのか分かった方が便利だと思うけど」


「ああ、便利だとも。なにせ適正のない無駄なことを教えなくて済むんだからね。けどこの無駄なことが、実は情緒の発達には必要なことだったりするんだ。小さいうちは自分の可能性を知らずに、なんでもやらせてみる。それが重要なのかも知れないと思って、エルフたちは十歳になるまでステータスの開示を禁止したんだ」


「よくわかんない。やっぱり早く知った方がいいと思うけど」


「まあ、そういう意見も根強いね。実際に人間たちの世界では、ステータスの開示が八歳のときだし、人間の貴族たちはそれすら無視して、生まれてすぐに子供のステータスを確認したりしている。けどやはり生まれてすぐは問題があるようだ。弊害は起きているよ」


「それってどんな?」


「子供の厳選さ。強いスキルを持った子供が生まれてくるまで、自分の生んだ子供を選別にかけるんだ。だから貴族の家には当然のように、何代にもわたって高いスキルランクの人間が生まれてくる。ある意味では選民の極みだね。それは性格も高慢になるというものさ」


 その話を聞いて私は背筋が寒くなった。じゃあ、選ばれなかった子供はどうなるの? そう思ったが、答えが怖くて聞けなかった。


「人間って野蛮ね。外の世界は恐ろしいところだってお父さんやお母さんが言うのも頷けるわ」


「そうかな? 自分からしてみれば、人間もエルフもステータスで区別するという意味では同じだけどね」


「どういうこと? エルフも子供の厳選をしてるっていうの? まさか。ただでさえ子供ができにくいのに、そんなことしてたらとっくの昔に絶滅してるわよ」


「そうだね。エルフは生まれてすぐに厳選などはしない。生まれてすぐには、ね」


 含みのあるように言って、狼男は答えをはぐらかす。彼にはこういうときが偶にある。やはりこんな塔にずっと閉じこめられているから、少しおかしくなってしまっているのだろう。


 それでも出してあげようとは思わない。彼は罪人なのだ。狼の塔は、エルフの世界で重罪を犯したものが幽閉される監獄塔なのだ。


 まあ、彼が具体的にどんな罪を犯したのかは知らないけど。前に聞いたときは空腹がどうたらこうたらと言っていた。そのあとで、彼は罪を犯した理由をその一言に集約させた。――自分は羊の群れに生まれ落ちた狼なんだ、と。


「気にすることはない。この答えはすぐに分かるだろう」


「答えるつもりがないならいいわ。もうすぐ暗くなるし、私、もう帰るわね」


「ああ、いや待ちなさい」


 狼男に呼び止められるのは、かなり珍しいことだった。やはり寂しくて話し相手が欲しいのだろうか? 私以外にこの塔に近付くのは、一日一回食事を運んでくる人だけだし、その人も決して話しかけようとはしないみたいだから。


「……そうだね、偶にはこういうことをしてもいいかも知れないな」


「なによ? はっきり言いなさいよね?」


「君が狼にならずに済む可能性を贈りたいと思ったのさ。――リカリアーナ。君、みんなよりも早く自分のステータスを見えるようになりたいとは思わないかい?」


「それは……」


 ステータスの魔法はみんな一斉に教えられて、そのあと村のみんなの前でお披露目するというのが例年のならわしだった。そのとき、やはりすごいスキルを持っている子供がちやほやされるし、そうでなくともスキルの熟練度が高かったりすると大したものだと褒められる。


 もしもみんなよりも先にステータスを知ることができれば、こっそりと熟練度を上げたりできる。ケイやリルファの悔しがる顔が目に浮かぶようだ。


「すごく思うわ。ステータスを先に見てみたい」


「掟に背くことになるけれど?」


「構わないわよ。掟なんてどうでもいいものじゃない。あんなの守りたい人だけが守ってればいいのよ」


「ああ、そうだね。やはり君には素質があるよ」


 そう言って、狼男は口頭でステータス画面を開く魔法を教えてくれた。


 その魔法は、まるで最初からわかっていたかのように、すんなりと覚えることができた。


「これであとは呪文を口にするだけでいいのよね?」


「ああ。鍵は開いた。君はもうステータス画面を開くことができる。この魔法だけは、ステータス画面のマジックウィンドウを経由しなくても使えるのさ。まあ、実際にこれが魔法なのかは疑問だけどね。残念ながら、まだ自分の星詠みでも明らかになっていない真実だ」


 狼男がまだよく分からないことを言い出す。それはいつものことなので、無視して私はオープンと唱えようとして、


「待ちたまえ。自分のステータスを確認するのは、自分の家に戻ってからにするといい」


「どうして?」


「もしかしたら誰かに見られてしまうかも知れないだろう? まだ十歳になっていない君がステータス画面を開いていたら事だよ。自分も怒られてしまうかも知れない。それに今日は満月だ。まだ空が明るいから自分も正気だけど、もう少しで正気を失ってしまうだろう。その姿を友人である君に見せるのは恥ずかしいよ」


 友人、なのだろうか。まあ、友人といってもいいのかも知れない。


「わかった。いいこと教えてくれたことに免じて、ここは言うとおりにしてあげるわ」


「ありがとう。では君の健闘を祈っているよ、リカリアーナ」


「あなたも。早く刑期を終えてそこから出られるといいわね、狼男」


 あとどれだけの刑期が残っているかは知らないけど、そう言い残して、私は狼の塔に背中を向けて歩き出した。


「大丈夫さ、リカリアーナ。すでに九九七の階梯を自分は上っている」


 その私の背に、狼男の嗤うような声が聞こえてきた。


「あと三つだ。あと三つで、自分は真理へと辿り着く。もうすぐ囚われの狼の時間は終わるのさ」






「ただいま!」


 玄関の扉を開けると同時にあいさつをして、私は自分の部屋へ一直線に駆け込んだ。


「こら、リカリアーナ! ちょっとお母さんのとこ来なさい! あなたまた悪戯したでしょ!」


 お母さんが怒りながら部屋へ近付いてくるが、扉を閉め、鍵をかけて入って来られないようにする。


 今はお母さんの説教なんて聞いていられない。

 部屋まで戻ってくる間に、どれだけステータスを開くのを我慢したか。自分で自分を褒めてあげたいくらいなんだから。


「リカリアーナ! こら、開けなさいリカリアーナ!」


 扉をどんどんと叩いて、おかあさんが大声をあげる。


 よしよし。これなら呪文を口にしても誰にも聞こえないだろう。


「さ~て、私にはどんな才能があるのかな?」


 わくわくしながら、私は魔法の言葉を口にした。


 自分のすべてが分かる、魔法の言葉を。


「オープン!」


 そして、ステータス画面が目の前に現れた。



 リカリアーナ・リスティマイヤ

 レベル:3

 経験値:49  次のレベルまで残り11

【能力値】

 体力:55

 魔力:0

 筋力:8

 耐久:7

 敏捷:12

 器用:11

 知力:5

【スキル】

 鑑定:B 熟練度26

 本質を見抜く才能。


 暗殺者:A 熟練度13

 隠れて対象を消し去る才能。


 殺人鬼:A 熟練度0

 人殺しの才能。 



「…………え?」


 窓の外から、狼男の遠吠えが聞こえ出す。

 それはまるで仲間を呼ぶかのような、そんな咎持ちオオカミの声だった。



 

もう一話主人公視点続けるか悩みましたが、やはりこっちの方が最終的にはおもしろいだろうと思ったので他者視点にしました。

少し分かりにくいかも知れませんがお読みください。

これまですべて後書きで視点切り替えを言ってきたので、一応前書きしますが、少ししたら消します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ