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咎人②



 朝の日課だけこなしたあと、宿に戻ってロロナちゃんを待っていると、しばらくして私服のロロナちゃんがやってきた。


「お待たせしました、ライさん!」


 熱くなり始めた最近の季節に似つかわしい膝丈の短いスカートに、明るい色の上着。いつもは結い上げている髪を今日は下ろしており、なんだかいつもとは印象が違っていた。少し大人っぽい気がする。


「へ、変ですかね」


 ロロナちゃんは俺の視線に気付き、毛先を指で触りながら聞いてくる。


「いや、変じゃない。よく似合ってるし、その髪型も可愛いと思うぞ」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 ロロナちゃんは頬を嬉しそうにゆるませる。


「じゃあ、ライさん。行きましょうか。護衛、お願いしますね」


「任せてくれ。といっても、たぶんただの荷物持ちで終わるだろうけどな」


 殺人鬼の犯行は夜に行われると聞く。まだ空は明るいし、遭遇なんてしないだろう。


『黄金の雄鶏亭』を出発した俺たちは、まず朝市へと足を伸ばすことにした。宿や食事処の連なる城壁に近い細い路地から、住宅の固まっている方角に向かって歩いていく。


 俺の暮らしているフレンス王国の王都ラシェールは、周囲を城壁に囲まれた城塞都市だ。といっても城壁は古びており、所々崩れかけている始末である。


 王都が城塞都市としての真価を発揮して外国と戦っていたのは遥か昔のことだ。今では魔の森を挟んだ隣国を除いて、周辺諸国を平定し終えているため、この王都が戦場になることはまずあり得ないと言われている。城壁の修繕は最低限のみで、古き時代の面影をわざと残しているという噂だった。


 城壁は街の中心にある王城の周りと、貴族たちが主に暮らしている高級住宅街の周りにも築かれている。だから街のどこにいても、遠くを見ればどこかの城壁に辿り着くことができる。王都が城壁の街と呼ばれているのも納得の景色だった。


 遠くの街からやってくる人たちは、古めかしい城壁の存在に圧迫感を覚えるとのことだが、ずっとここで暮らしている俺にはその感覚はよくわからない。むしろ城壁の表面の亀裂や崩れ方を目印として覚えているので、たとえ道に迷っても一度どこかの城壁まで行けば、今自分が街のどこにいるのかがわかって便利だと思うくらいだ。


 王都で生まれ育ったロロナちゃんもそれは同じだろう。鼻歌を唄いながら、軽やかな足取りで歩いている。


「ねえねえ、ライさん。ライさんはなんか朝市で買いたい物とかないんですか?」


「そうだなぁ」


 住宅街のところどころにある開けた広場で、雨が降っていなければ毎朝のように行われている朝市では、大通り近くにある看板を掲げたお店とは違い、駆け出しの職人や近くの村で作物を作っている農家の人たち、遠くの街から来た行商人などが好き勝手に商品を並べて販売している。


 ひとつの広場で欲しい物が見つからなくても、他の広場へ足を運べば、大概のものは手に入ると言われている。値段もそれなりに安いので、俺も昔からよく消耗品などを購入していた。


「この前色々と買ったから、あんまり買いたいものはないな。あ、でも前にリカさんが剣が売ってたって言ってたな」


「む」


「いたっ」


 俺がリカさんの名前を出すと、ロロナちゃんが腕を軽くつねってきた。


「ライさん、女の子と二人きりのときに他の女性の名前を出すなんて、礼儀がなってないです」


 そう言って、つん、と不機嫌そうにロロナちゃんは顔を背ける。


 別に恋人同士の逢い引きというわけでもないのだし、そんなに気にしなくてもと思うのだが、それを口にするとさらに機嫌を損ねてしまうことを俺は経験から知っていた。孤児院の妹分たちも、こういうときは一人の女の子として扱って欲しがったものだ。


「ごめん。機嫌直してくれって」


「本当に悪いと思ってます? あーロロナちゃんじゃなくてリカさんと朝市来たかったなーとか思ってません?」


「ないない。ロロナちゃんと一緒に来れて嬉しいよ」


「そう。それならいいですけど」


 ロロナちゃんは機嫌を直して、俺の腕に軽く自分の腕を絡めた。


「じゃあ、ライさんのお目当ての剣を売ってるところを探しましょうか」


「いいのか? 親父さんに買い物頼まれてるんじゃ」


「私の方はあらかじめ買う場所が決まってるし、ライさんの方が優先でいいですよ。ほら、売り切れちゃうかも知れないし」


 腕を絡めたまま、俺を引っ張っていくロロナちゃん。その笑顔はいつにも増して輝いている。


 ……もしかしてだけど。


 頭をポリポリと指で掻く。


 俺の自惚れでなければ、少なからずロロナちゃんから好意を持たれているのだろうか?


 まあ、この一年ほぼ毎日顔を会わせているわけだし、それなりに仲良くなれたとは思うけど、そこまで好意を持たれるようなことをした記憶がない。というより、情けない姿の方を多く見せていると思うのだが。


 どちらにせよ、今日どうこうなるような雰囲気でもなさそうだし、俺は気にすることなく朝市を楽しむことにした。


 まず最初にやってきた広場では、お目当ての露天商は見つからなかった。ここで売っているのは野菜や果物、よくわからない細工品がほとんどだった。


 美味しい料理が目玉の宿屋の娘として、食材や屋台などで販売している食べ物を見るロロナちゃんの目は厳しい。逆に小物などには年相応に「これかわいい」とか「こっちもかわいい」と言ってはしゃいだ声をあげていた。


「気に入った物があったなら、ひとつくらい買ってあげようか?」


「え? そんないいですよ!」


「別に遠慮しなくても、これくらいなら大丈夫だぞ。この前のマルドゥナダンジョン発見で、ギルドマスターから金一封も出たし」


 自分の管轄する地域からダンジョンが発見されることは、冒険者ギルドのマスターとしては名誉なことらしく、ギルドマスターには大変喜ばれた。


 まあ、場所が場所なだけに他のダンジョンのようにすぐ恩恵は得られないようだが、それでも発見者の俺には決して少なくない報酬を渡してくれた。


 なお、同額がフレミアにも贈られたのだが、彼女は自分の街に帰る分の馬車のお金を支払いに行ったその帰り道に、全額をどこかになくして大泣きしていた。財布にはどこにも穴が開いていなかったというのに、魔法のように消えたというのだから、悪運スキル恐るべしである。


 という感じでいつものモンスター退治とは別にそこそこ懐は潤っているので、いつもお世話になってるし、ロロナちゃんに贈り物をすることに躊躇いはないのだが。


「本当にいいですよ。せっかくライさんから初めて贈り物をもらえるなら、こんなよく分からない細工品よりも、もっと別のものの方が嬉しいですし」


 やめてあげて。後ろでその細工を作った若い職人さんが泣いてるから。


「それより、剣を売ってるお店見あたりませんね」


「そうだな。元々、露天商で剣なんて普通は扱わないからな」


 剣というのはそれなりに高い買い物だ。多くの騎士と衛兵、冒険者があふれるこの王都では他の街よりも質の高いものが安く売られているが、それでも気軽に買えるようなものではない。剣の研ぎなどをしてくれるお店はこれまでも偶に見かけたが、剣自体の販売をしているのは俺も見たことがない。


 そのあともいくつかの朝市を見て回り、買い食いなどをしながらお店の情報を集めてみたが、すべて空振りに終わってしまった。


 正午を知らせる鐘が鳴り響き、多くの人が店じまいをし始めたところで、捜索は中断することにした。


「どうやら今日は出してないみたいだな」


「残念ですね。でもまた来ればいいと思います。そのときはまた私も付き合ってあげますので、是非誘ってくださいね?」


「ああ、そのときはお願いする――っと」


 ロロナちゃんと話ながら歩いていた所為で、曲がり角からやってきた人とぶつかってしまう。


「すみません。大丈夫ですか?」


「ちっ」


 フードを目深にかぶったその男性は、俺の顔を見ると舌打ちして歩みを再開させた。


「なにあれ? ライさんはきちんと謝ったのに感じ悪いなぁ」


 それにロロナちゃんが腹を立てて、俺の代わりに文句を口にする。


 少し行った先で、男が足を止めて振り返った。


「――って、やばっ。聞こえたかな?」


 ロロナちゃんが怯えた様子で俺の背中の後ろに隠れる。 

 男はしばらく俺とロロナちゃんをにらんでいたが、やがて立ち去った。


 その姿が完全に見えなくなったあと、ロロナちゃんが背中の後ろから出てくる。


「なんか怖い人でしたね」


「そうだな」


 身のこなしは荒事とはあまり関係ないようだったが、その眼差しに妙な迫力のある男だった。


「ま、そんなことより、ライさん。お昼ご飯を食べに行きましょう。お父さんから味を確かめてきて欲しいって言われてるお店があるんですよ」


「切り替え早いな、ロロナちゃん」


「うちは本格的な酒場じゃないですけど、お酒を扱ってますので、ああいう態度の悪いお客さんはよくいますからね。いちいち気にしてたらやってられないですよ」


 ロロナちゃんは明るく笑い飛ばす。親子そろってたくましいことである。


「それに、ライさんもいますからね」


「俺?」


「はい。もし私が危ない目に遭いそうになったら、そのときはライさんが助けに来て下さいね?」


 女の子にそんなことを言われてしまったら、男として返すべき言葉はひとつしかなかった。


「ああ。任せろ。どこにいたって駆けつけるよ」


「はい。任せました。じゃあ、行きましょう!」


 ロロナちゃんはあまり真に受けていない素振りで、俺の腕を引っ張って歩き出す。


 その頬が林檎のように赤くなっていることは、やっぱり指摘しないでおいた方がいいんだろうなぁ。






 昼食のあと、今度はロロナちゃんの買い物に付き合ってから、そのまま両手にたくさんの荷物を持って『黄金の雄鶏亭』に帰る。


「今日はありがとうございました、ライさん」


「気にしないでくれ。結局、ただの荷物持ちでしかなかったしな」


「もう、そういうことじゃないのに。……まあ、今は勇気が出ないのでこれくらいにしてあげますけど」


 ロロナちゃんは俺に聞こえるようにわざとつぶやいたあと、俺から荷物を受け取って、親父さんのところへ持って行く。


「それじゃあ、ライさん。今夜の夕食はお礼も兼ねて腕によりをかけて作るので、楽しみにしていて下さいね」


「ああ、楽しみにしてるよ」


 調理場に消えるロロナちゃんを見送ったあと、俺は店の表に出て空を見上げた。


 空は少し赤らみ始めてはいたが、まだなにかひとつのことくらいはできる時間があった。


 ロロナちゃんとの買い物は楽しかったが、いつもいつもモンスター狩りをしていたからか、身体がどうも動かし足りない。今から魔の森にちょっと足を向けてみようか。けどちょうど発行してもらっていた許可証の期限が昨日で切れてしまっているので、一度ギルドに行って発行してもらわないといけない。


「よし。リカさんが暇そうにしてたら発行してもらおう」


 忙しそうにしていたら、そのときはあいさつだけして帰るとしよう。


 そう思いながらギルドに向かう。


 その途中、道の向こうから立派な馬に引かれた馬車が走ってくるのが見えた。車体に刻まれた紋様はどこかで見たことのあるものだ。


 どこだったかと思いながら見つめていると、馬車は俺の目の前でとまった。


「やあ、ライ。今からギルドかい?」


「ギルドマスター」


 馬車の窓から顔を見せたのはギルドマスターその人だった。どこかで見たことのある紋様だと思ったら、ギルドマスターが発行する特殊なクエストに押されていた印と同じ紋様だった。


「ええ。少しリカさんに会いに行こうと思いまして。ギルドマスターはお帰りですか?」


「ああ。久しぶりの我が家だよ。最近はマルドゥナダンジョン関係でなにかと忙しくてね。と、これは発見したライへの文句ではないよ? 前にも言ったとおり、君とフレミアくんには感謝しているんだ。もちろん、リカリアーナくんにもね」


「わかってますよ。報酬ももらいましたしね」


「まあ、ライにはお金よりも名声の方が嬉しいかも知れないがね。少しばかりマルドゥナの名前が大きすぎて、あまり君の名は広まってはいないみたいだ」


「仕方ないですよ。ずっとフレミアの家はドラゴンを探してきたんですから。そのドラゴンがいるかも知れないダンジョンと来れば、マルドゥナの名前の方が遠くまで響くでしょうし」


「ドラゴン、か。私が許可を出しておいてなんだが、まさか本当にその手がかりをつかんでくるとはね。実際、ライもあのダンジョンの奥にドラゴンがいると思うかい?」


「そうですね」


 マルドゥナダンジョンで聞いた謎の声のことを思い出す。


 男性のようにも、女性のようにも、子供のようにも、老人のようにも聞こえた、あの俺にしか聞こえなかった謎の声。


 ドラゴンの声なのだろうか? なんて考えることもあるけど、確かめようもないので今も分からないままだ。ただ、ダンジョンの奥に潜むダンジョンマスターが、とてつもなく強大なものであることはなんとなく分かった。本能というべきものが恐怖しているのだ。


「……万年Eランク冒険者の戯れ言ですけど、あそこにはドラゴンか、それに匹敵する化け物がいると思います。今の俺じゃあ絶対に勝てないような化け物が」


「…………」


「ギルドマスター?」


「ああいや、そいつは大変だなと思ってね。……本当に、大変だ」


 ギルドマスターは口元を手でおさえ、額に汗を浮かべていた。今になってようやくこれが大事だと気付いたかのように。


「わかった。少しこちらでも考えてみよう」


「お願いします。ま、俺の気のせいなのかも知れないですけどね」


「なに、それならそれで構わないとも」


 ギルドマスターはいつもの柔和な笑みに戻る。


「引き留めて悪かったね。リカリアーナくんはまだギルドにいるから会ってあげるといい。悩んでいる様子だったから、それとなく相談に乗ってくれると嬉しいんだが」


「リカさんが悩んでる?」


「ああ。どうも今起きてる連続殺人事件に思うところがあるようでね。……リカリアーナくんの故郷が、ある咎持ちに滅ぼされてしまっているのは君も知っているだろう?」


 声を潜めるギルドマスターに頷き返す。


 本来エルフたちの住む人知れぬ森の隠れ里ではなく、リカさんがこの王都で暮らしているのは、故郷に帰れなくなったからというのは俺も知っていた。故郷がある咎持ちに滅ぼされてしまってもう存在しないというのも、本人の口から直接聞いている。


「今回の連続殺人の被害者たちの遺体は食い散らかされてるという。騎士団は手懐けられた猛獣か、あるいはモンスターを操っての犯行だと決めつけているようだが、なにも食い散らかすだけなら犯人にもできないわけじゃない」


「……『人喰い』スキル」


「ああ。リカリアーナくんの故郷を滅ぼし、同胞をすべて喰らった最悪の狂人だけが持つ咎人系のレアスキルだ。今回の事件、その人喰いが関わっている可能性はゼロではない」


「リカさんは犯人を?」


「探しているだろうね。家族と仲間の仇だ。気持ちは察してあまりある」


 ギルドマスターは頭を振ると、小窓から手を出して俺の肩を叩いた。


「頼むよ、ライ。リカリアーナの力になってあげてくれ。これはきっと、君にしかできないことだ」


 そう言い残し、ギルドマスターは去っていった。


「……剣をもっとしっかり探しておけば良かったかな」


 今腰に差している剣は、使っていた剣がデュラハンとの戦いで砕けてしまったために、急遽用意した品だ。品質は察して然るべきものでしかない。


 もしも連続殺人犯が件の人喰いならば、そのレベルは相当なものだろう。


 エルフというのはドワーフなどと一緒で、長ければ五百年以上生きることもある長命な種族だ。エルフの戦士は、それ相応にレベルもスキル熟練度も高いと聞く。そんなエルフたちをことごとく倒したという人喰い。一体どれほどの強さか想像ができない。


 それでも、リカさんに人を殺させるわけにはいかない。

 もしリカさんがどうしても許せないと言うのなら、そのときは俺がやらなければならない。


 四年前に、俺はそうリカさんと約束をしたのだ。 


「またロロナちゃんには怒られそうだな」


 俺のために夕食を用意してくれているだろうロロナちゃんには悪いが、今日は帰れそうにない。いい訳を考えながら、俺はギルド目指して歩き出した。


 今宵も王都に、暗い夜が訪れようとしていた。




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