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咎人①



「そういやよ、ライ。聞いたか? また被害者が出たってよ」


 ある夜のこと。カウンターに座る俺の前に料理を盛られた皿を出しつつ、ふと思い出したように親父さんは話を切り出した。


「被害者って、例の連続殺人の?」


「そうだ。これで七人目の被害者ってわけだ。いつもどおりの食い散らかしっぷりだったらしい」


 マルドゥナダンジョン発見の話題もいくらか落ち着いた王都では、もっぱら連続殺人鬼の話題で持ちきりだった。


 最初の犯行は今から一月半ほど前になるか。人通りの少ない裏路地で女性の怪死体が見つかったのを皮切りに、この一月で立て続けに六名の被害者が出ている。


 被害者に共通する特徴として、女性であることと、遺体が獣かなにかに食い散らかされた痕跡があるということが挙げられる。しかも自分の犯行であることを誇示するように、頭部だけは綺麗なまま残してあるという。犯行現場は凄惨の一言だろう。


「オレぁてっきりすぐに犯人が割り出されると思ったんだがなぁ。犯行の手口を見るに、どう考えても犯人は『咎持ち』だろ?」


「咎持ち、か」


 咎持ちというのは略称であり、正式には『咎人系スキル保有者』と呼ばれている。


 数多くあるスキルは、戦闘系スキル、魔法系スキル、職人系スキルなど、傾向によって大別できるのだが、その中のひとつに咎人系スキルと分類されているスキル群が存在する。


 盗賊。詐欺師。暗殺者。呪術師。そして、殺人鬼。

 希少なものを含めるともっと多いが、咎人系スキルとは罪科を犯す才能のことを指すスキル群だ。


 つまり咎人系スキル保有者は、生まれながらに神より『お前は犯罪者になるだろう』と名指しされた人間ということになる。


 よって八歳のステータス確認の際、この咎人系スキルの発現を確認された子供は、例外なく国の管理下に置かれることになる。ランクによって束縛の度合いは異なり、低ければ定期的な所在報告義務や軽い監視など、高いランクを生まれ持った者は、まだ罪を犯していないにもかかわらず一生を牢に繋がれて過ごすこともあると聞く。


 それでもこのフレンス王国での咎人系スキル保有者の扱いは、大陸を見渡せばまだ軽い方だ。他の国では見つかり次第即抹殺というところもあるらしい。


 もちろん、咎人系スキルを生まれ持ったからといって、全員が本当に犯罪者になるわけではない。普通に生きている人もいる。だが歴史上に名を残すような犯罪者のほぼすべてが、この咎人系スキルを持っていたのも事実である。


 今回のような猟奇殺人鬼となれば、多くの人々が犯人は咎持ちだと判断するだろう。


「けど猛獣使いとかの動物を操れるスキルも同時に持ってる咎持ちは、事件当時犯行ができない状況だったのが確認されてるっていうんだよ。だから噂だと今回の犯人は、国の目録に載ってないもぐりか、他国からの逃亡者かって言われてるらしいぜ」


 国による咎持ちの扱いは誰もが知るところである。


 当然、中には捕まるのを良しとせずに逃げる者や、あるいは子供がそうだからと庇う親もいる。ステータスを隠蔽するスキルが多くあるのも、咎人系スキル特徴のひとつだ。


 そういった八歳でのステータス開示報告の義務を無視した、あるいは上手く隠し通した者たちはもぐりと呼ばれていた。もっとも、もぐりは別に咎人系スキルだけの話ではないが。


「まったく怖い話だよ。怖くてロロナを一人で買い出しに行かせられねぇなこりゃあ。どこかに腕っ節の強い頼りになる奴はいないかねぇ」


 親父さんがどこか白々しい演技でそう言うと、食堂の色々なところでいっせいに冒険者が立ち上がり、剣を高々と掲げたり、腕相撲を始めたりする。わかりやすい奴らである。


「おい馬鹿野郎! 室内で暴れるんじゃねえ! 出禁にすんぞ!」


 親父さんが怒鳴ると、ぴたりと喧噪が止む。全員が席に戻った。


「実は俺よ、この前街道に出たブラックオークを倒したんだぜ! 討伐推奨レベル二十三のモンスターだったが楽勝よ!」


「俺なんてこの前ビッグトレントを倒して、レベル二十五に上がったよ!」


 かと思えば、わざとらしい大声で自慢話を始める冒険者たち。親父さんは困った様子で、食堂の入り口の方を盗み見た。


 そちらには仕事を終え、私服姿になったロロナちゃんがすごい目で親父さんの顔をにらんでいた。俺の視線に気付くとにっこりと笑顔を浮かべて、おやすみなさい、と口の動きだけであいさつし、そのあと親父さんにもなにかと口の動きだけで伝えた。


 きっとおやすみなさいではないだろう。親父さんは目に見えて怯えている。


「そういや、ライ! お前、この前デュラハンを倒したって言ってたよな! あれって討伐推奨レベルなんだったかもう一度教えてくれよ!?」


「さ、三十八だけど」


 必死の形相で俺に向かって叫ぶように言う親父さんに、じゃっかん引きながら答える。


「そうか! お前、討伐推奨レベル三十八のモンスターを倒したんだ! すげぇすげぇ!」


「そ、そう?」


 あまり人が信じてくれなかったことを褒められると悪い気はしなかった。相手が色々と世話になってる親父さんならなおさらだ。


「けどとどめを刺しただけで、その前に弱ってた奴だし」


「関係ねぇ! 倒したことには変わりないんだからよ!」


「ま、まあ、そうかも?」


「そうだ! 間違いなく、お前が今この店にいる冒険者の中で最強だ!」


 親父さんのこの宣言には、多くの冒険者たちから反論が飛び交うが、親父さんは鋭い眼光で黙らせると、さらに俺へと顔を近づけてきた。


「ライ。お前、明日暇だよな?」


「いや、普通にモンスター狩りの――」


「暇だよなァ!?」


「暇です」


 情けないとは言わないでくれ。昔から怒った親父さんには逆らえないのだ。


「よし、なら強いお前に頼みがある。明日、ロロナの買い出しに荷物持ち兼護衛としてついていってやってくれ。お詫びにどこかで昼飯を奢らせるからよ」


「……まあ、ロロナちゃんを今一人で買い物に行かせるのはちょっと怖いからな」


 本当はお金を稼ぎたいという気持ちは大きい。この前フレミアを通じて、ミリエッタからもう仕送りは大丈夫だからと伝言をもらったのだ。孤児院でお金が足りるなんてことあり得ないのに、妹分から気遣われてしまったのである。


 けど無理しないでという気持ちも無碍にはできないか。偶には一日骨休みをするのもいいだろう。色々と買わないといけないものもあるし。


「わかった。その役目引き受けるよ」


「本当か! ありがとよ!」


 俺が頷くと親父さんが喜び、冒険者たちから落胆の声があがった。少しだけいい気分である。


「やたっ」


 食堂の外からも小さな喜びの声が聞こえた気がするが、恐らくそれは気のせいだろ。



べ、別作品の更新分を間違えて投稿してしまいました。

すみません……


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