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悪運の魔法使い⑤



「フレミア。起きてください、フレミア」


「ん……?」


 肩を揺すられた振動で目を覚ます。


 まぶたを開けると、リカリアーナがあたしの顔を覗き込んでいた。


「リカリアーナ。あたし……」


 身体を起こして周囲を見回す。


 目を覚ました場所は大きな空洞だった。不思議な光沢を持ち、わずかに発光する鉱石で出来た床の上に、いくつかの岩塊と一緒に倒れていた。上を見上げれば、遥か彼方にか細い太陽の輝きが見えた。


「そうだ。あたしたち落ちたんだ」


 そこまで確認したところで、あたしは自分の身に起きたことを思い出す。


 そして気を失う前に見た最後の光景も。


「ライが危ないわ!」


「落ち着いてください、フレミア。ライさんなら大丈夫ですから」


「大丈夫じゃないわ! あんなにたくさんのモンスターに襲いかかられて、大丈夫なわけないじゃないの! すぐに助けに向かわないと!」


 でも、とてもではないが天井の穴まで上ることはできそうになかった。

 他の出口を探してもう一度周囲を見回すと、床と同じく発光する壁のひとつに、どこかへ通じる穴が開いているのがわかった。


「あそこに入ってみましょう。もしかしたら出口に続いているかも」


「そうですね。さすがに私も、ここを登り切ることは出来そうにありませんし」


 リカリアーナは自分の身体に触れ、いくつかの装備を確かめる。その身体にはいくつかの裂傷が見られ、服に血がにじんでいた。それなのにあたしの身体には傷ひとつない。


「あの、ありがとう。あたしのことを守ってくれたんでしょ? リカリアーナは大丈夫?」


「大丈夫ですよ。気にしないでください。本来であれば、こんな危険な場所に落ちる前に助けなければならなかったのですから」


「リカリアーナはここがどこかわかるの?」


「そうですね。この自然物とも人工物とも判別つかない空間は、恐らくはダンジョンでしょう」


「ダンジョンってあのダンジョン?」


 モンスターの中には『ダンジョンマスター』と呼ばれる特殊なスキルを持って生まれてくる個体が存在する。その特殊なモンスターが成長すると共にできあがるのが、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮だ。ダンジョンではダンジョンマスターを頂点とした生態系ができあがり、地上とは異なるモンスターが生息している。


 世界にはそんなダンジョンがいくつも存在し、珍しい鉱石や遥かな過去に失われた遺物などの宝が見つかることから、冒険者の中にはこのダンジョン探索を専門にしている者たちも多い。


「リカリアーナはこのダンジョンのことを知ってる?」


「いいえ、魔の森にこのようなダンジョンがあるなんて知りませんでした。間違いなく、私たちが最初の発見者でしょう」


 新しいダンジョンの発見は大発見だ。巨大ダンジョンの近くには街ができてしまうくらいなのだから、その功績は大きい。ダンジョンの命名権も与えられ、長く発見者の名は語り継がれると聞く。


 でも今は喜んでばかりもいられない。


「ダンジョンなら、地上に通じる入り口がどこかにあるはずよね?」


「そのはずです。頭上の穴は間違いなくイレギュラーな出入り口でしょう。現に、もうすでにふさがってしまっています」


 リカリアーナに言われて上を見ると、太陽の輝きが消え失せ、床や壁と同じ鉱石の天井に取って代わられていた。


 ダンジョンは生きているのだ。

 その壁も床も、ダンジョンマスターがいるかぎり無限に修復される。


「行きましょう。本来の出入り口を探さなければ」


「うん」


 リカリアーナと一緒にダンジョンを進む。


 幸い、このダンジョンには灯りを必要としなかった。足下も明るく、道に迷うことはない。


 洞窟のような通路を進んでいくと、やがて二股の通路に出た。

 片方はなだらかな下り坂になっており、もう片方は上り坂になっている。


「恐らくは上り坂の方が地上へと通じる道でしょう」


「そうね」


 リカリアーナは迷うことなく上り坂の通路へ足を向けた。


 でもあたしは迷った。上へではなく、下へ行きたいと思ったのだ。


「どうしました? フレミア」


「ねえ、リカリアーナ。この先をずっと下へ下へ下りていけば、あたし、出会えると思うの。ここのダンジョンマスターは、きっとドラゴンよ」


「そうだとしても、今は地上を目指すべきです」


 リカリアーナは下へ向かおうとするあたしの肩をつかんで止める。


「ライさんだけのことではありません。私たちはダンジョンへ潜る装備をなにも整えていません。さらに言うのであれば、もしもこのダンジョンの主が本当にドラゴンであるのなら、まずはその事実を冒険者ギルドに伝えるべきです」


「で、でも」


「新しいダンジョンを発見したとなれば、確実に多くの冒険者がこのダンジョンを攻略しようと動き出すでしょう。やがては誰かがダンジョンマスターの元にも辿り着く。そのとき、このダンジョンの発見者の名は広く世界に轟くでしょう。ドラゴンのダンジョンを発見した人間として」


「…………」


「それでいいのではないのですか? あなたは祖先の名誉のために、大好きな人の意思を継いでここまで来たのではないのですか?」


「……そう、そうね。そのとおりよ」


 あたしはそのために王都に来た。家とおばあさまのために。すべてリカリアーナの言っているとおりだ。


 ここで危険を冒してまでさらなる地下へと潜る必要性などどこにもない。潜るなら潜るで、一度王都に戻り、すべてを報告した上で然るべき装備を整えて再び赴いた方がいい。


 でも、心は先の見えない下へと続く通路の奥へと向いている。

 こっちへ来い。こっちへ連れて来い。と、誰かが手招きしているのだ。


「フレミア・マルドゥナ。私を見なさい」


 リカリアーナに両の頬をつかまれ、強引に彼女の方を向かせられる。


 鋭い眼差し。でもその奥にあたしを心配する色をのぞかせて、リカリアーナはあたしを見ていた。


「深淵からの呼び声に答えてはいけません。行けば、きっと戻れなくなります」


「深淵?」


「エルフの神話に登場する、人が生まれながらの獣性に負けたときに堕ちる、光の届かない暗い地の底です。深淵へ一度堕ちてしまったものは、自分でも気付かないうちに、大切な人もなにもかもを巻き込んで破滅へと転がり落ちていくとエルフたちの間には伝えられています」


「そんな場所が、本当に存在するの?」


「わかりません。ですが、ひとつだけわかっていることがあります」


 リカリアーナはあたしの頬から手をどけると、にっこりと笑った。


「そこはきっと寂しい場所です。フレミア、あなた一人ぼっちは平気ですか?」


「……ううん、一人きりは嫌よ。とても寒いもの」


「では温かな方へと向かいましょう。ライさんが待っています」


「うん」


 リカリアーナが差し出した手を握り返し、二人で地上へ繋がる通路へと進んだ。


 でも深淵は、一度足を踏み入れかけたものを易々と逃がしはしなかった。手招きをして来ないのなら、足をつかんで引きずり下ろそうとするのだ。


 通路をしばらく先へ進んだところで、再び光の満ちた大きな空間に出たあたしたちだったが、そこには地上へ続く長い階段の前に立ちふさがるようにして、一体の首のない騎士が待ちかまえていた。


「デュラハン?」


 ダンジョンの入り口には門番を兼ねたモンスターが配置されていることが多い。目の前のモンスターはきっとその門番だろう。


 そしてその門番のレベルが、そのダンジョンの攻略難易度を測る物差しとして使われていた。門番として強いモンスターが配置されていればいるほど、そのダンジョンの攻略難易度は高いものとして扱われる。


 そういう意味では、門番にデュラハンというのは、このダンジョンがかなりの難易度であることを指し示していた。漆黒の鎧を身にまとい、剣と首とを携えて現れるこのモンスターの討伐推奨レベルは三十八だ。


 とはいえ、隣国にある世界最大難度のダンジョンの門番は、討伐推奨レベル四十のスケルトンキングである。それに比べてしまえばいくらか難易度は低いのだろう。どちらにせよ、レベル五十二のリカリアーナなら簡単に蹴散らせる相手でしかない。


「フレミア。私が時間を稼ぎますので、あなたは隙をついて地上へ逃げて下さい」


「リカリアーナ?」


 突然逃げろと言われ、リカリアーナの顔を覗き込む。彼女は顔にびっしりと脂汗を浮かべていた。


 そこであたしも気付く。目の前の騎士は大きな剣こそ携えているものの、自分の首を持っていないことに。


 デュラハンではない。デュラハンによく似た、モンスター目録にも載っていない新種のモンスターだ。


 そして鑑定スキルを持つリカリアーナには、その新種のモンスターの名前とステータスがわかったのだろう。


 彼女は震える声で、言った。


「スリーピーホロウ。レベルは六十です」


 直後、深淵の騎士は死の刃を振りかざして、不埒な侵入者たちに襲いかかった。





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