悪運の魔法使い③
おばあさまの最後の言葉は思い出した。でもその意味がわからない。
今は、考えたくもない。
頭を振って色々な疑問を吹き飛ばすと、あたしはライが助っ人と呼んだ相手を見た。
「またお会いしましたね、フレミア嬢」
あたしの視線に気付いたエルフが話しかけてくる。
昨日色々と邪魔してきた彼女は、今日はギルド職員の制服ではなく、黒いぴっちりとしたインナーに黒い軽鎧という戦闘服でにらみつけてきた。腰や太股のベルトにはたくさんのナイフ。鋭い眼差しも相まって、まるで昔、借金の取り立てに来ていた怖い人のようだった。
まあ、問題は彼女が強いかどうかだけど。
「この人が助っ人? 本当に強いの?」
「ああ、強いぞ。なんたって、リカさんのレベルは――」
「先日五十二となりました」
「レベル五十二!?」
生前のおばあさまとほとんど変わらないレベルだ。つまりSランク冒険者レベルということである。王国騎士団にもそんなレベルの人はほとんどいないって聞いてるのに、どうしてそんな人がギルドの受付をやってるの?
「信じられませんか?」
「う、うん。正直。そんなレベルの高い人、おばあさま以外にこれまで出会ったことないもの」
「であれば、信用していただきましょうか。オープン」
彼女はステータスを呼びだして、あたしに見せてくれた。
リカリアーナ・リスティマイヤ
レベル:52
経験値:1943452 次のレベルまで残り89000
【能力値】
体力:2133
魔力:0
筋力:331
耐久:299
敏捷:459
器用:443
知力:187
【スキル】
鑑定:B 熟練度611
本質を見抜く才能。
熟練度100ボーナス……相手の名前を看破する。
200ボーナス……相手のレベルと能力値を看破する。
300ボーナス……相手のスキルと魔法を看破する。
400ボーナス……物質の情報を読み取れる。
500ボーナス……ステータス看破の精度向上。
600ボーナス……物質の詳細情報を読み取れる。
「本当だわ! レベル五十二で、しかも鑑定スキルも持ってる! 熟練度もすごく高いわ!」
「フレミア言ってただろ? 鑑定は他の人に任せるって。リカさんなら強くて鑑定も持ってる。これ以上なく強力な助っ人だろ?」
「すごいすごい! ライもすごく偉い! ありがと!」
感極まって、ライに抱きついてしまう。
そのあと、エルフさんに手を差し出した。
「あの、これまで失礼な態度を取ってしまってごめんなさい。改めて、あたしはフレミア・マルドゥナって言います。あなたのこと、リカリアーナって呼んでもいいですか?」
「ええ。構いません。私もフレミアと呼ばせていただきましょう。なんでしたら、これまでのように敬語も不要ですよ」
そう言われても、おばあさまと同じくらいすごい人に普通に話しかけるなんてできない。ライはよく普通に話しかけられるわね。
でも彼女はそうして欲しいみたい。
「わかったわ。よろしく、リカリアーナ」
「はい。よろしくお願いします、フレミア」
握手をする。白くてほっそりとした指は、予想以上に硬くて力強かった。
「では早速行きましょうか。私が先行して偵察と露払いをしますので、ライさんとフレミアは後ろから一緒に付いてきていただけますか?」
「それがいいだろうな。フレミアもそれでいいよな?」
「うん」
いよいよドラゴンを探す冒険が始まる。
薄暗い魔の森の奥を見つめると、緊張が身体を走り抜けた。
昨日も踏み行った場所だが、今日はその印象が違った。まるで巨大な怪物の口の中へと飛び込んでいくような心地だ。
生きては帰れないかも知れない。
レベルの高いリカリアーナはともかく、あたしやライにとっては死地に他ならないのだから。
少なくとも、怪我もなく無事では帰ってこられないだろう。
「行くわよ」
それでもあたしは覚悟を決めて、最初の一歩を踏み出した。
地獄へと続く一歩を。
……踏み出したはずなんだけど。
「あれー?」
首をかしげて目の前の光景を見る。
森の中の少し開けた広場に転がっているのは、無数のモンスターの死骸だった。大小様々、討伐推奨レベルも異なるモンスターたちが、一様に息絶えて骸を晒している。
そしてそれを作り上げているのは、美しいエルフの狩人だった。
「ふッ!」
木の上に陣取ったリカリアーナがその手を振るう。
彼女の手から離れた十本のナイフが、近付いてきていたモンスターのひたいに突き刺さって命を刈り取る。さらにリカリアーナは放ったナイフの柄につながれた細い鋼糸を器用に操り、押し寄せるモンスターたちの足元をすくいあげるようにして脚をズタズタに切り裂き、動きが止まったところで一体一体を絞殺、もしくは切断していく。
投げナイフや鋼糸では効果の薄い大型モンスターが出現すれば、彼女は一回り大きな肉厚のナイフを手に取り、音もなく敵の背後に忍び寄ってその首をかっ切る。
遭遇するモンスターを次々と討ち取っていくその戦闘スタイルは、あたしがこれまで見たことのないものだった。
冒険者の荒々しいモンスター討伐とは根本から異なるその戦い方は、相手の知覚外からの不意打ちか、気配を隠しての奇襲のどちらかに終始している。相手に攻撃する隙を与えることなく、一方的に獲物を仕留める鮮やかな狩人の手並みだ。
まだ道の半ばという距離であり、出現するモンスターのレベル帯も三十前後と、レベル五十二の彼女からしてみれば雑魚というべきモンスターであったとしても、あたしでは手こずるようなモンスターが次々に討ち取られていくのは、見ていて思わず感嘆の吐息を吐いてしまうほどだった。
さすがはSランク冒険者相当の実力者。すさまじい戦闘能力だ。
そうだ。リカリアーナが強いことは最初から分かっていたから、彼女はいいのだ。
問題は、後ろで戦っている方である。
「よいしょ、っと」
気が抜けるような軽いかけ声とは裏腹に、ライが振るう剣は大いなる破壊をもたらす。
ライが剣を無造作に振るうたびに衝撃波が吹き荒れ、近くにいたモンスターが吹き飛んでいく。文字通り、跡形もなくだ。
「やっぱり素材を確保する必要のない戦いは楽でいいなぁ」
縦横無尽に剣を振るって、次から次へとモンスターを粉砕していく姿は余裕そのもの。
少し前、前後からあたしたちを取り囲むように百体近いモンスターの大群が現れたときは死を覚悟したものだけど、ふたを開けてみればこのとおり。前から来たモンスターをリカリアーナが殺し尽くし、後ろから来たモンスターをライが消し去ってしまった。
リカリアーナが強いのはわかるけど、ライのこの異常な強さはなんなのだろう? あなた万年Eランク冒険者じゃなかったの?
「お~い、リカさん。こっちのモンスターの処理は終わったぞ」
「ありがとうございます、ライさん。助かりました。大群を相手に戦うのはあまり得意ではなくて」
すべてのモンスターを十分とかからずに処理し終わった二人が、あたしのところに戻ってくる。その身体に傷はおろか返り血ひとつ浴びていなかった。
「それでは先に進みましょうか」
「そうだな。少し時間を取られた」
「ちょ、ちょっと待って」
何事もなかったかのように先を急ごうとした二人を止める。
「ねえ、レベル五十二のリカリアーナが強いのはわかるんだけど、ライはなんでそんなに強いの? あなたもリカリアーナと同じくらいのレベルなの?」
「おや? ライさん。フレミアにステータスのことを話してなかったのですか?」
「あ~、そういえばそうだな」
「どういうこと?」
「……これ、今言っても動揺しないかな?」
「やめておいた方が無難かと」
ライとリカリアーナは小声で囁き合い、それからあたしの方を見た。
「俺はリカさんほど強くはないよ。言ったろ? 俺が倒したことのある最大の討伐推奨レベルは三十五のカウンターベアーだって。今戦ってた奴らはそれより下だっただけだ」
「そ、そうだけど」
それでも三十近い討伐推奨レベルのモンスターばかりだった。それが五十体近く一斉に攻めてきたのだ。実質的な攻略難度は跳ね上がっていたはずである。
そもそも倒せるのと跡形もなく吹き飛ばせるのは違うと思うんだけど。
「まあ、フレミアが思ってるよりは強いってことだ。安心しろ。お前が詠唱する時間は稼いでやるから」
「う、うん。結局、今の戦闘であたしステータス画面すら呼びだしてないけど」
それでもそう言われてしまえば、頷くしかなかった。
冒険者は普通自分のステータスを誇るものだけど、中には理由があってステータスの開示を断る人も存在する。そういう人にステータスを見せろと迫るのは礼節上よろしくない。
おばあさまもレベルとかは教えてくれたけど、頑なにステータスを見せるのは拒んだ。たぶん、悪運スキルのボーナススキルをあたしに見せるのを嫌がったんだと思う。おばあさまはあたしと同じで悪運がBランクで、熟練度も四〇〇くらい行ってたみたいだから。あたしがいずれ辿るであろう未来を見せたくなかったのだ。
あたしが知ってる悪運のボーナススキルは熟練度二〇〇までだけど、その内容を鑑みれば、その先もろくなものではないのは容易に想像がつく。おばあさまに昔なにげなく聞いたときは、一言、お父様を生んだことは後悔してないってつぶやいて苦虫をつぶしたような顔になっていた。なお、おばあさまは未婚の母である。
あたしはライのステータスを聞くことを諦め、森の奥を目指して歩き出した。
「ではもう一度、私は偵察をしてきますので」
周囲にモンスターの気配がないことを確認すると、リカリアーナはまた先行偵察に行ってしまった。音もなくその姿がかき消える。
「リカリアーナを見てると、レベル五十が大きな壁って言われてるのがよくわかるわ。まるで煙みたいに消えるんだもの」
「実際は消えてるわけじゃなくて、そう見えるように動いてるだけなんだけどな。リカさん敏捷値が高いから」
「う~ん。高い敏捷値とさっきの戦闘スタイル。それに今みたいな消え方……」
エルフというのは魔法に特化した種族と聞いていたけど、リカリアーナは魔法スキルは持っていなかった。そもそも、鑑定スキル以外を持ち合わせていない。
それが少しだけおかしく感じた。戦闘系のスキルを持っていない人間は、どれだけ時間を費やしてもレベル五十以上までは辿り着けないと言われているからだ。それくらい戦闘系スキルの有無は戦闘能力の差として大きい。
それにリカリアーナの磨き抜かれた動きは、戦闘系スキル持ちのようにしか見えなかった。
「ライ。もしかして、リカリアーナって」
ライはあたしの疑いの満ちた声を聞いて、困ったような顔をする。
「できれば、あまり気にしないでくれると嬉しい。リカさんは本当に強くて、本当に優しい人だから」
「そう、やっぱり、そうなのね」
先程ステータスは見せてもらった。けれど数あるスキルの中には、自分のスキル覧よりスキルの存在を隠すことができるスキルも存在する。
スキルを隠蔽できて、そして音もなく消えるような動きができる戦闘系スキルとなれば、あたしにはひとつしか思い浮かばなかった。
「ニンジャ! リカリアーナはニンジャなのね!」
「うん、違うよ?」
「わかってるわ! ニンジャは闇に潜んで人知れず正義を成す。自分の素性を隠さないといけないのよね? あたし、リカリアーナの正体を誰にも言ったりしないから! お墓までこの秘密は持って行くわ!」
「わかった。とりあえず、リカさんを追おうか?」
ライと一緒に森の奥へと進む。リカリアーナがあらかじめ進路上のモンスターを排除していってくれているので、しばらく進んでもモンスターとは遭遇しなかった。
ふふふ、まさか助っ人が伝説のニンジャだなんて。これは勝ったわ!
「……まあ、怖がられるよりはいいか」
喜ぶあたしの顔を、ライが微笑ましそうに見てくる。
それが小さな子供を見るような眼差しだったのは、きっと気のせいに違いない。
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