悪運の魔法使い②
王都の近くにある魔の森にはドラゴンが潜んでいるかも知れない。
色々と調べた結果、その可能性がほんの少しでも浮かび上がると、あたしはもう居ても立っても居られなくなった。
けどお父様に王都へ行きたいと話すと猛反対された。
お父様はドラゴン探しというマルドゥナの使命なんてどうでもいいみたいだった。それよりもレベル上げとスキルの修行をさせようとしてくる。それがマルドゥナ家再興への一番の近道だからって。
それがとてもむかっとした。まるでおばあさまを否定しているみたい。
だからあたしはこっそりと家を抜け出した。おばあさまが昔使っていた黒いローブと黒いとんがり帽子、そしてお小遣いの入った財布だけを宝箱から引っぱり出して、王都へ向かう馬車に飛び乗ったのだ。
到着した王都の冒険者ギルドで、魔の森に詳しい冒険者を探した。
すると誰もが一人の冒険者の名を口にした。あとになって思えば、たぶん子供のあたしを見て話半分で聞いていたのだろう。でなければ、魔の森の奥へ行きたいというのに、Eランク冒険者を紹介するはずがない。
でもこのときのあたしはそんなことには気付かなくて、ドキドキしながらその冒険者に話しかけた。
「あなたがライ・オルガス?」
舐められないように、五歳分だけ大人だと嘘を吐いて。
そのあと色々とあったけど、ライはあたしの依頼を引き受けてくれた。
魔の森への立ち入り許可証も手に入り、さあ、あとは森の奥に向かうだけというところまで来たんだけど、あのエルフが許可証の発行を渋りに渋った所為で、今日向かうには時間が足らなくなってしまった。
それは困る。とっても困る。今日、宿に泊まるお金なんてないのだ。王都までの馬車代とその道中での宿泊費だけで、これまで必死に貯めていたお小遣いはなくなってしまった。
恥ずかしいけどそれを伝えると、ライは呆れた顔になって、それでも一緒にお金を稼ごうと言ってくれた。
変な人。冒険者ってお母様と同じくらいお金にがめついんじゃないの?
それなりに強いのに冒険者ランクが低かったりと、あたしはライのことが色々と気になってきた。
だから宿を貸してもらうことになった孤児院で、ライのことをよく知ってる人に聞いてみることにしたのだ。
「ねえ、ライってどんな人なの?」
シスターミリエッタは、なんでもこの孤児院でライとは実の兄妹のように育った仲だという。で、聖職者スキルがあったので、学校を卒業後に上級学校に進学し、シスターの資格を適当に取って、この孤児院の院長の座を無理矢理ぶんどってきたのだとか。
あたしの知ってる教会のシスターとはなにかが違うけど、突然お邪魔したあたしの面倒を嫌な顔ひとつせず見てくれた、とても優しい人である。
そんなシスターミリエッタ曰く、
「ライお兄ちゃん? 基本的にアホだよ?」
とのことだった。
「ライってアホなの?」
「うん。時々抱いて! と思うくらいすごく格好いいときがあるけど、基本的にはアホでしかないよ?」
「抱いて? 抱きしめて欲しいってこと?」
「ああうん、気にしないで。フレミアちゃんにはまだ早いことだからねー」
「ああ! また子供扱いした! あたしは十六歳って言ってるでしょ!」
「そうだねー。うちのおチビさんたちと一緒になって泥だらけになるまで遊んで、ご飯のおかずの取り合いをするくらい大人だもんねー」
「うぅうう」
これ絶対ばれてるわ。どうしよう? ライに伝わったら、パーティー解消されちゃうかも。
「ごめんごめん。泣かないで。ライお兄ちゃんにはなにも言わないから」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
よしよしと頭を撫でられる。
「……ライも、あたしの嘘に気付いてないと思う?」
「ウン、キヅイテナイトオモウヨー」
よかった。ライのことをよく知ってる人が言うなら間違いないだろう。
「ほら、なにせライお兄ちゃんはアホだからね。昔から勉強が大嫌いで、いつもいつも剣ばかり振ってたから」
あたしを慰めるように、シスターミリエッタはお話の続きを話し始めた。
「冒険者になったあとは少しモンスターのこととか勉強したみたいだけど、ライお兄ちゃんのことだからね。半分くらいのところで諦めたんじゃないかな? 知識を詰め込んでる時間があるなら少しでも強くなるぜ! って叫びながらモンスターに突っ込んで行ってるよたぶん」
「あたしのスキルのことも色々知ってたし、なんか賢そうな感じがしたけど」
「魔法スキル関係は詳しいよ? 昔、魔法剣士とか格好よくね? とか言って色々と調べてたことがあったから。光と闇の魔法って同時に使えないのかな、とか真剣に悩んでたし」
「うっ、それはたしかにアホっぽい」
「でしょう? 思い立ったら一直線だし、一度思い込んだらなに言っても聞かないし。あ、そうだ。フレミアちゃん。明日、ライお兄ちゃんに会ったら伝えて欲しいことがあるんだけどいい?」
「伝えて欲しいこと?」
「そう、お兄ちゃんはうちを避けてるみたいだし、ギルドに直接掛け合っても取り合ってもらえなかったから」
そう言って、シスターミリエッタからライへの不思議な伝言を預かる。
その際に詳しい説明を聞いて感心した。
「ライって、冒険者としての稼ぎのほとんどをこの孤児院に仕送りしてるんだ。どうりでお腹いっぱいご飯を食べられると思った」
普通、孤児院というのは教会や貴族の援助で成り立っているため、基本的にはうちの家みたいにカツカツで生活していると聞いていたが、この孤児院は違った。ご飯は大盛りだったし、みんなが着ている服もしっかりしたものだ。もしかしたら、あたしの家よりもお金があるかも知れない。
優しい貴族の人が援助してくれてるのかな、と思ったけど、どうやら違ったみたい。この孤児院には後見人の貴族こそいるものの、実際の運営はライと教会に所属しているシスティナという人からの仕送りで成り立っているらしい。
「ライ。偉いじゃない。すごくすごく偉いじゃない。まるで物語に出てくる優しい騎士様みたい!」
「うん。みんなライお兄ちゃんとシスティナお姉ちゃんに感謝してるよ。前の院長様が亡くなってから、わたしたちが今日まで生きてこられたのは、二人ががんばってくれたお陰だから。本当に、心の底から感謝してる」
手を組んでシスターミリエッタは祈る。
それはきっと神様ではなく、ライたちへの感謝の祈りなのだろう。
あれ? でも、この孤児院ってすごくたくさん子供がいたような? その生活費から学費までなにやらを全部まかなってるって、すごいで終わらせていいことなのかしら?
ライのしていること自体はすごく偉いと思うけど、そのシスティナお姉ちゃんがたくさん稼いでるのかな? もう仕送りは大丈夫だから、ってあたしにライへの伝言を頼むくらいだし、きっとそうなんだよね?
でもそれだけ稼げる教会のお仕事ってなんなのかしら?
システィナって聞くと、あの『祈らない聖女』こと聖女システィナ様のことを思い出すけど。
……いやでもまさかね。
たしかに聖女システィナ様は、聖女に選ばれる前は市井の一市民だったと聞いたことはある。
というより、聖女というのは元々、先代の聖女が亡くなった際、Bランク以上の聖職者スキルを持つ人の中から、誰かのためにより真摯に祈れる人が選ばれ、超越してなるものだと聞いている。だから聖女システィナ様が孤児であった可能性もあるけど……。
「システィナお姉ちゃん? うん、あの聖女様で間違いないよ」
「ほんとすごい! 色々と教えて教えて!」
「いいよ。システィナお姉ちゃんはね、昔は本当におてんばで、ライお兄ちゃんといつも喧嘩してたの」
そのあとも眠るまで、色々と聖女様のことを教えてもらった。
代わりにライのことを教えてもらうのを忘れていたと気付いたのは、翌朝、シスターミリエッタと孤児院の子供たちに見送られて出発したあとのことだった。
どうしよう? ライとシスティナ様の子供時代のことは色々と聞けたけど。
「ライが家族想いのアホってこと以外わかってないわ」
なにをやっているんだと頭を抱えながら歩いていたからだろう。あたしは曲がり角で、ちょうど反対側からやってきた誰に気付かずぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「あら、ごめんなさい」
頭を思い切りぶつけ、尻餅をつく。い、痛い……。
「大丈夫? ごめんね。怪我してない?」
あたしにぶつかった人は、あたしを助け起こそうと手を差し伸べてくれた。
「だ、大丈夫よ」
本当はすごく痛かったけど、我慢して一人で立ち上がる。
「あら、あたまにこぶができちゃってるわね」
「へ、平気よ。これくらいへっちゃらなんだから」
「ふふっ、強い子なのね」
あたしにぶつかった人は、頭を優しく撫でてきた。すると不思議なことに、頭の痛みが嘘のように消えてなくなってしまった。
「あれ? 頭が痛くなくなったわ」
治癒魔法? でも詠唱はしてなかったし。
驚いて前を向く。そこにとても綺麗な女性が立っていて、あたしを穏やかな顔で見つめていた。朝日に照らされて、長い金色の髪がまるで発光しているみたいに輝いている。
「もう大丈夫みたいね。よかった。でもこれからはお互いに曲がり角には注意しましょ? ね?」
「うん。ごめんなさい」
どうしてか彼女の言葉に反論は浮かんでこなかった。素直に頷いてしまう。
「よし。それじゃあね」
最後にもう一度あたしの頭を撫でて、女性はあたしが今来た道の方へと歩き去っていってしまった。
「…………」
遠ざかる金色の髪を、撫でられた頭に触れながら見送る。
なんでか知らないけど、すごく今の人が気になった。胸に熱いものが込み上げてきて、なんだか無性に泣きたくなってくる。
その気持ちは金色の髪が視界から消えるまで残り続けたが、やがて消え去ってしまった。
「――って、こんなことしてる場合じゃないわ! 待ち合わせ場所に急がないと!」
あたしはライとの待ち合わせ場所に急いだ。あの女性の言うとおり、前をきちんと確認しながら。
「よう、フレミア! 遅かったな!」
待ち合わせ場所に到着すると、ライはすでに待っていて、あたしを見るなりやる気をみなぎらせた声で手を振ってきた。彼の隣には知っているエルフが、知らない格好で立っていた。
「聞いて驚け! 心強い助っ人に来てもらったぞ!」
「助っ人?」
「ああ、これで百人力だ! 魔の森の奥だって探索できる!」
にかりとライは笑う。もしかして、あたしのために仲間を集めてくれたの?
「……ああ、やっぱりそうなんだ」
思わず笑みが口に浮かぶ。
これはシスターミリエッタの話を聞く前から、薄々勘付いていたことではあるけれど。
「フレミア! ドラゴンを見つけ出すぞ!」
ライ・オルガスは、すごくすごくお人好しなのだ。
――だから少しだけ胸が痛かった。そんなお人好しを危険な冒険に巻き込んでしまったことが申し訳なくて。
「……あれ?」
今、自分はなにを思ったんだろう?
申し訳ない? なんで? どうしてそんなことを思ったのだろう?
だって、そうだろう。
罪悪感を覚えるようなことなんて、あたしはなにもしていないのに。
「いたっ」
不意に頭に痛みが走った。ちょうど先程の女性とぶつけてしまったところだ。
ずきん、ずきん、となにかに噛みつかれたような鋭い痛み。
「おい、フレミア。大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ」
ライが心配して声をかけてくれるが、痛みはすぐに消えてなくなった。
ただ、それでもあたしはしばらく頭を押さえていた。
なぜなら痛みがなくなった代わりに思い出したからだ。
聞いたはずなのに、ずっとずっと思い出せなかったおばあさまの最後の言葉を、唐突に、なんの前触れもなく、今、思い出したからだ。
『――たとえ、今になって初めてそうと気付いたとしても。私が死んでいった仲間たちに対して、一度だってそう思ったことがなかったとしても』
そう、あのときおばあさまは、その言葉にあとにこう続けた。
目の前に怖いものがいて。
それから必死に目を背けるように。
『――巻き込んでごめんなさいって、一度も思ったことがなかったとしても』
そう、告白したのだ。
次はまた近いうちに。
ようやく冒険が始まります。




