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嘘吐き魔法使い④



 倒したモンスターの死骸を担ぎ、魔の森の入り口のところに積み上げていると、街の方から一人の女性がやってきた。

 

「精が出ますね、ライさん」


 月光に照らされて露わになったのは、俺の知ってるクールなギルド職員の顔だった。


「リカさん、どうしてここに?」


「いえ、魔の森の近くでなにやら怪しい動きをする人間がいると報告を受けまして、一応見に来たのです。噂の連続殺人鬼の可能性もありましたしね」


「あー」


 お金を稼ぐことに目がいって、周りからの視線を気にしていなかった。いくら城壁の外といっても、深夜に何度も森からモンスターの死骸を担いで出てくる人間がいれば怪しんで当然だ。例の連続殺人鬼はモンスターを操って人を襲うらしいし。


「悪い。昼間にお金が稼げなくてさ。その分を少しでも稼ごうと思って」


「夜の森は危険ですよ。朝早くに起きた方がまだ安全でしょう」


「まあ、そうなんだけど、明日は朝一で出発するつもりだしさ」


「まったく、ライさんはお人好しが過ぎますね」


 リカさんは苦笑すると、ポケットからハンカチを取り出し、俺の顔についた汚れを拭った。どうやら気がつかないうちに返り血が付いていたらしい。


「ありがと、リカさん」


「お気になさらず。それよりも、フレミア・マルドゥナのことです。ライさんはどうして今日会ったばかりの女の子のために、ここまでするんですか? もしかして、彼女のような小さな子がお好みなのですか?」


「ないない」


 俺が手を横に振ると、リカさんはあからさまに安心していた。あれでしょうか。俺はフレミアみたいな小さな女の子に手を出す変態野郎と思われていたんでしょうか。


「言っておくけど、フレミアはさ」


「ええ。存じております」


 なんだ。フレミアの秘密に気付いてたのか。


「ギルドマスターから聞いた?」


「聞く前から知ってはいました。マルドゥナ家のフレミアと言えば、それなりに有名ですよ。没落しきって、いよいよ貴族の名を剥奪されようとしていたマルドゥナ家に生まれた、とびきりのスキル持ち。さすがマルドゥナ、悪運だけは強い。と社交界の笑い話になっていましたから」


 リカさんはいつもは受付嬢をしているが、その本業はギルドナイト。つまりはギルド内での違反者を取り締まるギルドマスター直属の部下だ。ギルドマスターの護衛として、よく一緒に貴族のパーティに出席していると聞いたことがある。


「じゃあ、フレミアがギルドにやってきたときから全部分かってた?」


「そうですね。十六歳と聞いたときは、もしかしたら違うかも知れないと思いましたが、ステータスを看破して本人だと確信しました。彼女は八歳のときに社交界を賑わせた、噂のフレミア・マルドゥナ本人で間違いありません。つまりは嘘を吐いているだけだと」


「そう、そこなんだよな」


 ギルドマスターから聞いた話もそれだった。たしかに悪運のマルドゥナと呼ばれるマルドゥナ家に、フレミアという娘は存在する。けれど彼女は十六歳の大人などではないという。


 フレミア・マルドゥナが、その珍しいスキルとスキルの高さで社交界を賑わせたのは、今からたった三年前のこと。


「十一歳の子供がさ、大人だって嘘を吐いてまでドラゴンを求める理由ってなんなんだろうな?」


 つまり今の彼女は十一歳。十六歳というのは真っ赤な嘘なのだ。


 まあ、最初から少しおかしいとは思っていたのだ。見た目がまずどう高く見積もっても十二歳前後だし、子供みたいにすぐ泣きべそをかくし、明らかに家格が格上なギルドマスターに平然と噛みついていくし。それは十五歳で社交界へのデビューを果たす貴族としては、あまりにも軽薄な振る舞いだ。家の名を大事にするという彼女の言葉とは少し矛盾している。


 けれど本当は十一歳だと聞けば、その立ち振る舞いも、必死になって大人と偽るために背伸びをしていたものだと分かる。実際の彼女は元気で明るく、それで少しだけ泣き虫な女の子なのだろう。


 そんな女の子が、嘘を吐いてまで求めたこと。それが俺には気にかかっていた。


「先祖の汚名を晴らすため、というのは理由としては弱いですか?」


「いや、それも理由のひとつだとは思うけど、嘘を吐いてまで焦ることとも思えなくてさ。もっと別に、なにか理由があるんじゃないかと思って」


「……これはまったくの無関係なのかも知れませんが」


 リカさんはそう前置きした上で、


「先日、先代のマルドゥナ夫人。つまりフレミア嬢の祖母が亡くなっています」


「フレミアのおばあさんが? それはギルドマスターからは聞いてないな」


「ええ。本当につい先日の話なので。私も今日、フレミア嬢について詳しく調べて初めて知ったことです」


「詳しく調べ――」


「勘違いはやめてください」


 俺の言葉に半ばかぶせるようにリカさんは言った。


「ライさんに近付く女だから調べたのではありません。ギルドに不利益をもたらす可能性を鑑みて、職業柄仕方がなくです。……本当に仕方がなくですよ?」


「そんな念押ししなくても、そこまで邪推してないけど」


「こいつ怖い女とか思っていませんか?」


「別に」


 今更だし。


「そ、そうですか。それならよかったのですが」


 リカさんは胸をほっと撫で下ろす。

 いくら職業柄必要とはいえ、他人の素性を探るのは、優しい彼女には気が重たい仕事のようだった。


「それで亡くなった先代のマルドゥナ夫人なのですが、若い頃は高名な冒険者として名を馳せた方でして。騎士団にも声をかけられるほどでしたが、それを断ってまで彼女は世界各地を冒険し回ったと聞きます。その目的は恐らく」


「ドラゴンを探すため、か。じゃあ、フレミアは亡くなったおばあさんの意志を継いで、ドラゴンを探そうと思ったのかな?」


「と言うよりも、亡くなった大好きな人のために、なにかをせずにはいられなかったのではないでしょうか?」


 リカさんは胸に手をあて、俺の顔をまっすぐ見て言った。


「たとえば、もし私の大切な人が死んでしまったら、私はその人の意志を継いで同じ夢を追おうとは思いません。けれど、その人のためになにかをせずにはいられないと思うのです。それがどんな形であれ、たとえどれだけ禁忌とされていることであっても、そこにその人の手向けとなるなにかがあるのなら、私はそれをしてしまうと思うのです」


 誰かとの悲しい別離を想像をしてしまったのだろう。リカさんは顔を悲痛にゆがめながら言う。


 彼女がそこまで想える人が誰かは知らないが、羨ましいと感じると同時に納得もした。


 亡くなった人の意志を継ぐ。それはきっと男の考え方なのだ。

 そしてきっと、リカさんの考え方は女性的な考え方なのだろう。


 ……これはあくまでも俺の勝手な想像に過ぎないけれど。

 

 フレミアもきっと、胸の痛みに突き動かされて衝動的に家を飛び出した。祖母の悲願であった祖先の栄光を取り戻すという道を自分は継いだのだと、ドラゴンを探すという行動で示さずにはいられなかったのだ。


 だから一人で王都までやってきた。嘘を吐いてまで魔の森に入ろうとした。


 すべては大好きだった人への手向けとして。


「もし本当にそうだったら、フレミアは止まらないよな」


 ギルドマスターは、子供である彼女には窮地において適切な判断はできない。だから逃げない。逃げられないと言っていたが、きっとそれは違うと思う。フレミアはたしかにまだまだ子供だが、年不相応に大人びた考えもできる人間だ。こと戦闘にあっては、あるいは駆け出し冒険者よりも適切に動ける。


 年不相応に高いレベルとスキル熟練度を鑑みれば、彼女が実家でどれだけモンスター退治をしていたかは想像にたやすい。フレミアの自信はその経験から来るものなのだろう。


 けれど、それでもフレミアは強敵と出会っても止まらないだろう。今の彼女は止まり方を忘れている。


「もしまったく違ったとしても、それでも誰かがそばにいてやらないと危なっかしい奴だからな。たとえ、それが魔の森の奥だとしてもだ」


「……やはり、ライさんはお人好しが過ぎますよ」


 思わず握りしめてしまった拳を、リカさんが両手で優しく包み込んだ。


「リカさん?」


「こういうとき、一人でやらなくてもいいんですよ? 泣き叫ぶ迷子の子供がいるから助けてくれって、周りに頼ってくれていいんです」


「…………」


「なんでも一人でやろうとするのがあなたのいいところでもあり、悪いところでもあります。だから、ほら、私になにか言うべきことがあるんじゃないですか?」


 ああ、そうだ。いくら覚悟を決めても、フレミアを守りながら魔の森の奥へ一人で行けるほど俺はまだきっと強くない。


 二人では無理だ。もっと仲間が必要だ。優しく心強い仲間が必要なのだ。


「リカさん、頼む。俺と一緒にフレミアの願いを叶える手伝いをしてくれないか?」


「はい。あなたの頼みであれば、喜んで」


 花のつぼみが開くように顔をほころばせて、ここに王都最高のギルドナイトが仲間に加わった。


 万年Eランクの冒険者、ライ・オルガス。レベル不明。

 自称未来の大魔法使い、フレミア・マルドゥナ。レベル二十八。

 ギルドナイト筆頭、リカリアーナ・リスティマイヤ。レベル五十二。


 この三人のパーティーで、明日、俺たちは魔の森の未踏破エリアを冒険する。


 誰かの大切な人の墓前に飾る、手向けの花を手に入れるために。




この話で主人格視点は最後となります。

次回からは別視点。

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