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嘘吐き魔法使い②



 依頼が成立したところで魔の森に直行する。


「のは無理だ」


「なんでよ?」


 勢いのまま魔の森を目指そうとしたフレミアの首根っこをつかんで止める。


「魔の森は冒険者ギルドが管理している場所だ。立ち入りにはギルドの許可がいる」


「それならさっき、あなたがエルフのギルド職員からもらってたじゃない」


「あれは俺の許可証だ。フレミアの分はまた別で許可証をもらわないといけない」


「面倒ね。それ、冒険者じゃなくても発行されるの?」


「然るべき紹介とかがあれば可能だけど、俺からの口利きだとどうかなぁ」


 とりあえず頼み込んでみるしかない。俺たちは『黄金の雄鶏亭』をあとにしてギルドに戻った。


 朝の混雑時を少し過ぎ、いくらか冒険者ギルドはすいていた。目指すはもちろん、一番付き合いの長いリカさんのところだ。


「リカさん。少し頼みがあるんだけど」


「はい、なんでしょうか?」


 クエスト受付窓口にいたリカさんに、ことの成り行きを説明する。


「……なるほど。そちらの方は本当にマルドゥナ家のご令嬢でしたか」


「そうよ。恐れ入りなさい!」


 威張るフレミアだが、彼女へ向けるリカさんの眼差しは冷え切ったままだ。


「それで彼女の分の魔の森への立ち入り許可証が欲しいとのことですが、普通に無理です。お引き取り下さい」


「なんでよ? Eランク冒険者のライがよくて、どうしてあたしがダメなのよ? 冒険者じゃないから?」


「というよりも信用ですね。ライさんはたしかにEランクの冒険者ですが、長年我がギルドで活動し、たしかな実績を持っている方です。対してあなたはたしかにレベルはそこそこ高く、Aランクの魔法スキルも持っているようですが」


 フレミアを見るリカさんの視線がいつもより鋭くなる。鑑定スキルでフレミアのステータスを看破したのだろう。


「魔の森へ入ることができるほどの力は持っていないと私は判断します。あなたではすぐにモンスターにやられてしまうでしょう」


「モンスター退治なら、これまで何度もしてきてるわ! 自分のレベル以上の討伐推奨レベルのモンスターだって倒したことあるし!」


「そうですか。ですが、魔の森のモンスターはあなたが倒してきたモンスターとは事情が些か異なります。彼らは急に目の前に現れ、唐突に襲いかかってきます。それは一匹かも知れませんし、何十体という数かも知れません。そしてそのモンスターは、あなたのレベルを遥かに超えるモンスターかも知れないのです」


「け、けど、森の深度で出てくるモンスターのレベルは違うって」


「その傾向があるというだけで、絶対ではありません。先日も森の浅い位置でキラーヘラクロスが確認されています」


「え? 本当に?」


 思わず話に口を挟んでしまう。キラーヘラクロスが出たとか初耳である。


 俺も見たことないが、たしかあのモンスターは討伐推奨レベルは五十近いモンスターだったはずだ。見た目は虫型の雑魚モンスターとほとんど変わりないため、下手に近付いてそのまま、ということになりかねない。


「それは気を付けないと」


「……いえ、すでに討伐はされているので」


「それなら構わないじゃない!」


 フレミアが再度リカさんにかみついていく。


「ですが話を聞くかぎり、あなたの目指しているのは森の中心部だとか。あの場所はギルドですら完全には把握できてませんが、少なく見積もってもキラーヘラクロス以上のモンスターが何十体と潜んでいることでしょう。みすみす死にに行くようなものだと思いますが?」


「け、けど、あたしはドラゴンを見つけないといけないから」


「そうですか。であれば、いいでしょう。私の権限であなたに森への立ち入りを許可します」


「ほんと!」


「ですが代わりにお一人で行って下さい。ライさんをあなたの自殺に巻き込まないでください」


 リカさんのその一言に、フレミアは二の句を告げなかった。目尻に涙を浮かべ、ぎゅっ、と俺の服の裾を握ってきた。


「一人で行く度胸がないのでしたらお引き取りを」


 リカさんはそう言うと、いくつかの資料をまとめて立ち去ってしまった。


 しばらくフレミアはリカさんの背中を涙目でにらみつけていたが、途中でなにかを思いついたらしく、にやりと笑った。


「そうよ。魔の森は広いんだもの。入り口のすべてをギルドが監視できてるとも思えないわ。こっそりと忍び込んでもばれないわよ」


「それはよしておいた方がいいぞ」


「なんでよ!」


 良案を貶され、フレミアが俺にも噛みついてくるが、なにも俺は彼女の考えを馬鹿にしたわけじゃない。


「ギルドを甘く見ない方がいい。すぐに気付かれて連行されるに決まってる」


「そんなのやってみないとわからないじゃない!」


「わかるんだよ。昔、フレミアが言ったことと同じことをやって、すぐにギルドナイトに捕まった馬鹿がいるんだ」


「やけに実感がこもった言い方ね。……まさかその捕まった馬鹿っていうのは?」


「冒険者になったばかりの頃、どうしてもお金が必要で、魔の森にこっそりと忍び込んだことがある。けど三日と経たないうちに見つかって、ギルドマスターのところに連行されたよ。今となっては良くも悪くもいい思い出だけどな」


「それよ!」


 俺の黒歴史を聞いて、フレミアが目を輝かせた。


「あんな一ギルド職員じゃ、貴族の名誉の大事さなんてわかるはずもなかったわ。けど、同じ貴族であるギルドマスターならきっと理解を示してくれるはずだわ!」


「ちょっと待て。まさか」


「そのまさかよ! ギルドマスターに直談判しに行くわよ!」


 俺の手をぐいぐいと引っ張って、勝手にカウンターの奥へと突き進んでいくフレミア。小さいのに恐るべき行動力である。


「おい、待てって。ギルドマスターは忙しい人だから、そんな会おうと思ってすぐ会える人じゃないんだよ」


「あたしはマルドゥナ家の人間よ? きっとあたしが会いたがってることを知れば、他の用事を後回しにしてでも会ってくれるに違いないわ」


「その自信はどこから来るんだ?」


「決まってるじゃない」


 思わず口をついた疑問に対し、フレミアは自分の胸に手をあて、やはり自信満々に言った。


「あたしがフレミア・マルドゥナだからよ!」


 意味が分からなかった。

 まったく意味が分からなかったが、一瞬、すごいなぁと感心してしまった。


 そしてそう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。


「――マルドゥナ?」


 フレミアの名乗りを耳にして、一人の男性が数人の秘書と護衛と一緒に近付いてきた。


 年齢は三十後半ほど。整えられた灰色の髪と髭。仕立てのよい礼服には皺ひとつなく、その身だしなみに一部の隙もない。それでいて表情はどこまでも柔和であり、人の良さそうな紳士という印象を見る者に与える男性だった。


 五百人以上存在するとされる、王都の荒くれ冒険者たちを束ねる冒険者ギルドのギルドマスター。ラファエル・グリムドその人だ。


「やあ、ライ。久しぶりだね。元気にしていたかい?」


 ギルドマスターは、俺の存在に気付くと、近寄って肩を力強く叩いてきた。


「聞いたよ。カウンターベアーを倒したそうじゃないか」


「耳が早いっすね、ギルドマスター」


「はははっ、君の活躍はいつもリカリアーナくんから聞かされているよ。耳にたこができるくらいにね。もちろん、彼女の本当の目的は君の冒険者ランクを上げて欲しい、ということだろうけど」


 ギルドマスターは申し訳なさそうな顔で、小さく俺に向かって頭を下げた。


「申し訳ない。君の強さは誰よりも私が一番知っているというのに、それでも私はギルドマスターとして、君のランクを上げてあげることができない。不甲斐ない私をどうか許してくれ」


「そんな、理由は前に教えてもらいましたし、それにギルドマスターには他のことでも色々と世話になってますから」


 慌ててギルドマスターに頭を上げてもらう。


「気にしないでください。俺はEランクのままだって、誰もが知る凄腕冒険者になってやりますから」


「そうか。そうだな。ああ、君ならきっと出来るとも」


 ギルドマスターは俺の目を見て、しっかりと力強く頷いた。


「騎士になりたいという君の夢は私も知っている。騎士団からライ・オルガスの名で問い合わせがあったときは、すぐにでも知らせると約束しよう」


「すみません。騎士になったら冒険者をやめないといけないのに、気を遣ってもらって」


「気にすることはないよ。君と初めてあった日からね、私は君の持つ人にはない強さに憧れているんだ。そのときが来たら私は全力で祝福するよ。そしてみんなにこう言おう。どうだ見たか! ライ・オルガスがついにやってやったぞ! 私はずっと前から分かっていたがね! とね」


 ギルドマスターは茶目っ気たっぷりにウインクすると、俺の肩を何度か叩き、それから隣でふくれっ面になっていたフレミアに視線を向けた。


「これはお待たせして申し訳ない、小さなお嬢さん。私は陛下より王都の冒険者ギルドを任されている、ラファエル・グリムドだ。お嬢さん、お名前をうかがっても?」


「あ、あたしはフレミア・マルドゥナよ。お嬢さんって言わないで。もう一人前の淑女なんだから。十六歳なんだからね!」


「おお、そうかそうか。君は十六歳なのか。これは重ねて申し訳ないことをした。ならば、あなたは一人前の淑女だ。それに気付かず子供扱いとは、紳士として恥ずべきことをしてしまったね。どうか許して欲しい」


 ギルドマスターが優しく微笑みかけると、フレミアはほっと胸をなで下ろし、それからいつもの調子に戻って言った。 


「悪いと思ってるなら、あたしに魔の森への通行許可証を発行なさい!」


「魔の森への通行許可証を?」


 ギルドマスターが事情の説明を求めてきたので説明する。どうせ話したところで許可なんて下りないだろうけど。


「ふむ。なるほど。ドラゴンを探す、か」


 ギルドマスターは考え込むようにあごに手を当てると、それからにっこり微笑んだ。


「いいだろう。魔の森への立ち入りを許可しよう」


「え!?」


「さすがはギルドマスター! 話が分かるじゃない!」


 俺が目を剥いて驚く横で、きゃっほーい、とフレミアが手を上げて喜ぶ。


「ちょ、ちょっと、ギルドマスター。本当にいいんですか? リカさんからは絶対に無理だって言われたんですけど」


「彼女は優しいからね。あの子を危険な目に遭わせたくはないんだろう」


 それは俺もわかっている。リカさんはフレミアのことを心配したからこそ、ああ言ったのだ。


「だがね、ライくん。フレミア嬢は君やリカリアーナくんの思っている以上に覚悟を決めているよ。ここで断ったとしても、いつかの君のように無断で魔の森に進入しようとするだろう。そして目的が中心部に行くことである以上、目的が果たされるまでは決して戻ってこない」


「まさか。強いモンスターと遭遇したら逃げ帰るでしょう?」


「賭けてもいい。彼女は逃げ帰ったりはしない。その選択肢を思いつくこともできないだろう」


 ギルドマスターは俺の耳元に口を寄せると、フレミアはもちろん、誰にも聞こえないように囁いた。


「世間では絵本の影響もあって、マルドゥナ家のことは嘘吐きマルドゥナという名前が有名だが、貴族の世界では別の呼ばれ方をして有名なんだよ」


「別の呼ばれ方?」


「そう、マルドゥナはこう呼ばれているんだ」


 ギルドマスターは喜ぶフレミアのことを哀れむように見て、それから教えてくれた。


「ドラゴンに呪われた一族。悪運のマルドゥナ、とね」






「じゃあ、ライ。あとは頼んだよ」


 そのあともいくつかフレミアのことを俺に伝えたあと、ギルドマスターは忙しそうに取り巻きをつれて去っていった。


 その背中を見送ったあと、ひたいに手を当ててフレミアを見る。


「な、なに? もしかして、なにかあたしのこと言ってたとか?」


 俺のことを不思議そうに、やや怯えた様子でうかがってくるフレミア。なるほど、ギルドマスターの話が真実なら、彼女はきっと自分より遥かに強いモンスターと出会っても逃げたりはしないだろう。頑なに、純粋に、彼女は走ることしかできまい。


「フレミア。本当に、ドラゴンを探しに魔の森の奥へ行くんだな?」


「そうよ。行くわよ。誰がなんと言おうと行くわよ」


 じゃあ仕方ない。本当に仕方ない。あんな話を聞いてしまったら、一人で彼女を行かせるなんてことはできない。


 俺はそのとき、魔の森の奥に挑戦することが不可避であると覚悟した。




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