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竜の足跡②



 翌朝、一級の装備を整えて件の山を登っていく。


 装備といっても、傍目からはただの服に見えるだろう。だがその実、物理と魔法の両方に高い耐性をもった代物である。以前、功績をあげたときに王より賜った秘宝。ドラゴンの爪も炎もまとめて跳ね返すというふれこみの服だった。


 剣もまた傍目からはただの木の杖にしか見えないが、ドラゴンの牙を研いで作り上げたという名剣を仕込んだ、これまたかつて王家の秘宝だった剣だ。


 儂が揃えられるかぎりの武具と防具。もしものとき、準備不足でドラゴンと戦えないとなると死んでも死にきれん。ドラゴンに関わることあれば、それが子供の噂話の中であっても、儂はこの装備で赴くことにしていた。


 さてさて、今回はどうか。山の木々はいい感じに硬く硬く育ってきておる。一本の木を切断して、中を覗き込んでみると、小さな白い鉱石を見つけることができた。すでに木の中で白鋼アダマントは結晶化しておる。今度回収班を寄越さないといかんのう。


「む?」


 そのとき、う゛ぉん、という風の唸る音が聞こえてきた。


 続いて木々がへし折れる音。大地がえぐれる音。荒々しい破壊音が、断続的に聞こえてくる。


 その音から予測される破壊力のほどを感じ取り、儂は久しく感じていなかった熱が、この枯れた身体に通っていくのが分かった。


 儂の持つ農耕スキルのすべてを注ぎ込んで作り上げたこの森の木々は、見た目こそ細い木でしかないが、その実鋼よりも硬く、下手な城壁よりも頑強に育っている。それを易々とへし折ることができるとなれば、ドラゴンではなくとも強いモンスターであるのは間違いない。


「おお、久しぶりに儂の経験値となりうる強敵か!」


 自然と浮かんでくる笑みを隠すことなく、儂は山を駆け上がった。


「経験値だ! 経験値を寄越せ! 儂をレベルアップさせろぉ!」


 剣を仕込んだ杖を手に、山頂にほど近い開けた場所に出る。


 ――そこで破壊の化身を見た。






      ◇◆◇




 


 風となって青年が去っていったあとも、儂はしばらく切り株より立ち上がることなく、感動の余韻に浸りながら景色を眺めていた。


「まさか、本人はあれでただ剣の修行をしておるつもりとはなぁ」


 髭をなでさすりながら、この場所で出会った青年のことを思い出す。


 剣士スキルを持たないのに、剣の修行に明け暮れていた青年。自分の長い人生にあっても、あのような酔狂者はそうそういなかった。加えていうのであれば、その酔狂の結果、あのような力を手に入れてしまった人間は皆無である。


 得難い人種だ。初めて見る珍種である。


 戦いを前に高ぶっていた心が、一周回って落ち着いてしまう程度には、衝撃的な出会いであった。


「やはり無理矢理にでもステータスを見せてもらえばよかったかのう」


「着いたぁ――!」


 突然、後ろの方で声が上がった。


 これは自分が思っているよりも青年の強さに気を取られていたらしい。まさか、この儂が背後から迫ってきていた人間に気付かないとは。


 振り返って確認すると、そこには興奮する一人の少年と、その周りで地面の上に座り込んだ三人の、計四人の少年たちがいた。全員がかなり若い。十五歳くらいだろうか。服装と装備から推察するに、駆け出し冒険者といったところか。


「ようやく着いた。みんな、ここが目的地で間違いないぞ!」


「じゃないと困るぜ、ほんと」


「ジョナサンの言うとおりだ。もう一歩も歩けねぇよ」


「疲れた……」


「お前ら、今日はライさんに助けてくれたお礼を言いに来たんだぞ! そんなだらしない姿でどうする! しゃきっとしろ! あの人の前で座り込むなんて不作法、この俺が許さないからな!」


「やべぇよ。ラッセルが明らかにおかしいんだけど」


「昨日の昼間とは正反対のこと言ってるし」


「ていうか、本当にあの万年底辺冒険者が俺たちを助けてくれたのか?」


「そうだ。ライさんがいなければ、俺たち全員、今頃死んで……ん?」


 一人元気なリーダーらしき少年が、こちらの存在に気付いて訝しげな目を向けてきた。


「あそこに誰かいるぞ」


「ライさんじゃねえの?」


「違う。知らないおじいさんだ」


「どれどれ」


 遅れて、地面に座り込んでいた仲間たちも儂を見た。


「うぉおおお!」


 その中の一人が、儂の顔を見るなり声を上げて飛び起きた。


「いきなりどうしたんだよ? カリュン」


「お前までラッセルみたいに狂っちまったのか?」


 仲間たちが耳を押さえてにらみつけるが、そのカリュンと呼ばれた少年には聞こえていないようだった。


 彼は儂へと近付いてくると、鼻息を荒くして、目をキラキラと輝かせていた。


「あああ、あなた様はもしかして、王国騎士団のヘルメス卿ではないですか!?」


 彼の言葉を聞いて、仲間たちも騒然となる。


「ヘルメス卿って前騎士団長の!?」


「世界に五人しかいない超越者!」


「王国最強の騎士!」


 少年たちはそのあと声を揃えて、儂の異名を叫んだ。


「「「「『大剣聖』ヴァン・ヘルメス!!」」」」


「ふむ。たしかに、儂の名はヴァン・ヘルメス。『大剣聖』などと呼ばれておる騎士よ。よくわかったの、坊主」


 儂の名前はとにかく有名じゃが、顔を知っている者となればかなり少ない。実際に、先ほどの青年は最後まで儂のことに気付かなかった。


「お、俺、じゃなくてワタシは昔、村の前をヘルメス卿を乗せた馬車が通りかかったとき、こっそりと木の上からお顔を拝見したことがありまして」


「あのときか! そういや、カリュンだけちらっと馬車の中が見えたとか言ってたな!」


「てっきり嘘だと思ってたのに、本当だったのか」


 カリュン少年の言葉に、全員が儂を尊敬の眼差しで見てきた。もはや慣れ親しんだものだが、悪い気はしない。


「ヘ、ヘルメス卿! お、俺もあなたと同じで剣士スキルを持ってるんです! もちろん、あなたみたいなSランクではないですけど」


 その中でも一際憧れが強いらしいカリュン少年が、恥ずかしそうに、儂に自分のステータスを見せてきた。


「俺もがんばってあなたみたいに熟練度を一〇〇〇まで上げれば、スキルランクを上げることができるのでしょうか!」


 たしかにそのステータス画面には、剣士スキルCの記載があった。Cランクスキルを手に入れることができるのは、百人に一人ほど。それなりに才能はあるということだが、誰も彼もが当然のようにBランク以上の戦闘系スキルを持っている騎士団で生活している儂には、あまりにも凡庸に映る。


 それでももしも熟練度を最高値である一〇〇〇まで上げることができれば、彼の願いどおりにスキルのランクアップは叶うだろう。確認されているかぎり、それが誰もがスキルをランクアップさせられる唯一の道だ。


 じゃが……


「ランクアップは叶う。だがもしも儂と同じ地平まで上り詰めたい、ということであれば、それは無理と言わざるを得ない。すべてのスキルに共通する最後のボーナススキルは、そのランクをひとつ上げること。つまり元々Aランクじゃった儂はSランクになれたが、Cランクのお前さんではBランクに上がれるだけじゃ」


「……やっぱりそうですか。俺にSランクは無理かぁ」


 がくりと肩を落とす少年。その肩を優しく叩いてやった。


「Aランクじゃろうと、Cランクじゃろうと、熟練度を上げる困難は同じよ。スキルランクを生まれたあとに変えるという、人の理を超越したことには変わりない。人々はお前さんのたゆまぬ努力を讃えるじゃろう。精進あるのみじゃよ」


「は、はいっ!」


 目を輝かせ、やる気をみなぎらせる少年。


 よいよい。やはり若者はこうでなくては。どれだけその道が辛くとも、ひとつひとつを積み重ね、やがては頂に手をかける。そういう努力をできる者こそを、儂は好いているのだ。 


「それはそうと、お前さんたちはどうしてこんな山に? ライ、と先ほど名前を呼んでいたが」


「そうだ、ライさん! ライさんはどこに!?」


 リーダーの少年が、儂の言葉に慌てて周囲を見回す。


「あれ? ライさんがいない。ここじゃなかったのか?」


「時間かかっちまったし、もう帰っちまったんじゃないのか?」


「けどリカリアーナさんが前もって、今日俺らが会いに行くから先に帰らないように伝えてくれてるはずなんだよ」


「つまりそのリカリアーナさんが嘘吐いたってことじゃね? もらった地図だってまったく違ったしよ」


「やっぱりラッセルのこと、まだ怒ってるんだよ。目つきが怖いとか言うから」


「そんなはずはないんだけど……」


「リカリアーナ、か。……やはりなにか計られたか」


 なにかしらの陰謀に自分が利用されたことは明らかだったが、それでも今日ここに来てよかったと素直に思う。あの青年と出会えただけで、対価としては十分だ。まあ、気になるのであとでクリストファ卿にでも調べさせようか。


「なあ、お前さんたち。もしかして、ここにいたライという青年に会いに来たのではないかね?」


「えっと、はい。ライさんは冒険者の先輩なんですけど、知りませんか?」


「残念じゃが、彼ならさっき帰ってしまったよ」


 儂の言葉にラッセル少年が肩を落とす。


 彼らにはすまないことをしてしまったか。ライ・オルガスと本当に待ち合わせをしていたのは、どうやら彼らのようじゃな。いや、その約束は建前として使って、本当は儂と会わせたかったのか。


「ほら、やっぱり帰っちまったんじゃねえか。俺らもさっさと帰ろうぜ」


「けど帰り道がよくわからんぞ。来るのも色々と迷って、ようやくたどり着けたんだし」


 どちらにせよ、困った様子で一枚の地図を見つめる彼らには謝罪しなければならない。どうやらなにも知らずに利用された口のようじゃしな。


 どれ、少し手助けをしてやるか。


「お前さんたち、その地図を見せてみよ」


 少年たちから渡された地図を見る。


「なるほど。そのリカリアーナという人は、別にお前さんたちをだますつもりはなかったと思うぞ。これはたしかに、この辺りの地図で間違いない」


「けど、俺たちその地図どおりに道を進んできたんですけど、全然違う道に出ちゃって」


「そいつは仕方ない。これは半年前の地図じゃからな」


 儂はもう一度、少年たちがいる方とは別の方角を見た。他でもない、ライ・オルガスが修行をしていた方角を。


「ここまで地形を変えられてしまったら、そりゃ、迷って当然だわい」


 ――そこにあったのは圧倒的な破壊の跡だった。


 大地は抉られ、木々はなぎ倒され、山肌すらも削られ形を変えている。

 

 儂の記憶がたしかなら、ここには無数の木々が生い茂っていたはずだ。けれど、今そこに直立するものはなにもない。すべてが破壊され尽くしている。この場所だけではなく、山の至る所で地形が変わるほどの破壊は行われていた。


 騎士を目指す一人の青年の、本人曰く剣の修行によって。


「ここまで破壊して、地図を書き換えて、それで無駄なわけがなかろうて。それに気づけないとは、良くも悪くも本当に馬鹿な小僧じゃったなぁ」


「うぉ!? なんだこりゃ!」


「ありえねぇ! 山がなくなってるんだけど!」


「もしかしてこれ、ライさんが?」


「いやいやいや、どう考えても『大剣聖』様の力だろ!」


 儂の隣に来て、惨状に気付いた彼らもまた悲鳴のような歓声をあげる。


 それは努力の証というには、あまりにも荒々しく、あまりにも無慈悲な有様だった。誰が見ても一目でこの場所で破壊の限りが尽くされたことが分かるだろう。


 そう、さながらドラゴンが暴れ回った跡のように。


「ほほっ、ドラゴンが現れて困っとる、か。あながち嘘ではなかったのう」


 それは儂が倒すべき怪物ではなかったが、正しく破壊の化身であった。


「ライ・オルガス。騎士を目指す、まるで人の姿をしたドラゴンのような奴よ」


 


次回主人格視点の冒険回予定。


誤字脱字修正

×クリスティ → ○クリストファ

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