竜の足跡①
きっかけは一通の手紙だった。
「ヘルメス卿、冒険者ギルドからの手紙をお届けにまいりました」
「失礼いたします」
そう言って儂の執務室にやってきたのは、二人の青年騎士だった。
一人は物腰の柔らかな小柄な青年騎士で、もう一人は彼と比べるまでもなく図体も態度もでかい青年騎士だった。騎士団内でも、その剣の腕と見た目の凸凹ぶりで目立っている、若手の注目株だったか。
たしか小柄な方がクリストファ卿。大柄な方が、ニ、ニ、ニル……なんじゃったかな?
まあ、よい。その資質が本物なら、いずれ嫌でも名前が耳に入ってくることだろう。覚えるのはそのときになっても遅くはない。わざわざ自分から名前を聞くなんて面倒じゃわい。
「ご苦労じゃったな、二人共。それで冒険者ギルドからの手紙じゃったか?」
「はい。こちらになります」
クリストファ卿から手紙を受け取り、封筒の表面に刻まれた印を確認する。
「ふむ。たしかに冒険者ギルドからのようじゃの……ん? この手紙、別に儂宛ではないようじゃが?」
封筒の裏側に宛先人の名前も、差出人の名前もない。すでに封筒の封は切られ、中身も検められていた。
「はい。私の方で中を拝見させていただいたのですが、これはヘルメス卿へ届けるのが筋だと判断いたしましたので」
「閣下。クリストファ卿はこう言ってますが、自分はやめるべきだと制止したのです」
「ふむ」
髭を撫でつけながら、ニルなんとか卿に先を促す。
「自分も手紙を拝見したのですが、書いてあるのはドラゴンが出たなどという妄想のようなことばかり。信頼性に欠けます。とてもではありませんが、閣下のお手を煩わせるような案件ではないと思うのです。ですが、クリストファ卿が強行致しまして」
あくまでも自分は制止した側という姿勢を崩さない癖に、一緒に執務室までやってきたニルなんとか卿の思惑はともかく、彼の口から出てきた単語は気になった。
ドラゴン。この天と地の間にあって最強と謳われるモンスター。儂も実際には見たことがない、伝説の怪物である。
クリストファ卿を軽くにらむように見る。ことドラゴンにかんして嘘は許さぬ。
だが彼は柔和な笑みを崩すことはなかった。自分は正しいことをしたのだと、心の底から信じている顔だ。
隣で身震いするニルなんとか卿とは違うその心胆に敬意を示し、手紙の内容に目を通す。
「あの政治屋からではないのか」
手紙の差出人は、冒険者ギルドのギルドマスターではなく一職員だった。内容は、ニルなんとか卿の言うとおりの妄想じみたもの。ドラゴンが山に現れて暴れているので、騎士団の助力を乞うというものだった。
「もしもこの手紙の内容が事実なら、なるほど、儂宛というのも頷ける話じゃ」
ドラゴンを相手取れる冒険者などいまい。いや、王都の冒険者ギルドには『閃光』なる秘密兵器がいるらしいが、その実体は不明である。まあ、ドラゴンを相手に戦えるのは儂くらいのものと言っても間違いはなかろう。
「じゃがな、クリストファ卿。儂はここ数年でこれまで幾度なくドラゴンが出た、ドラゴンが現れたと騒ぎになった場所へと赴いたが、一度だって本物に遭遇したことはない。手強いモンスターが出るならまだマシ、中には大きないびきをドラゴンの咆吼と勘違いしただけという話もあった」
「ですがこの王都近隣の山中で、ここ数年、謎の破壊現象が繰り返されているのも事実です。その破壊の規模もだんだんと大きくなっております。半年と少し前に見つかったものは、まさにドラゴンの足跡と呼んでいいものであったと」
ドラゴンの足跡。それは理由不明の大規模破壊現象を指す言葉だった。突然飛来したドラゴンが暴れた跡なのだと。この王都では、ここ数年の間にそのドラゴンの足跡がいくつか見つかって色々と話題になっていた。
「生まれたばかりのドラゴンが成長でもしとると?」
「否定はできません。ドラゴンの生態はまだなにもわかっていないのですから。冒険者ギルドの方に問い合わせれば、少しはわかるかも知れませんが」
「ふむ」
ある日突然発覚し、問題となるドラゴンの足跡は、多くが冒険者ギルドからの報告という形で騎士団に届けられたものだ。国を左右する情報はまず一番に騎士団に届くが、こういった民が第一発見者になる情報に関しては、冒険者ギルドの方が耳が早い。
「この手紙もそういったものかのぅ」
「可能性は高いと判断しました。それに」
クリストファ卿はニルなんとか卿には聞こえないように、そっと儂の耳元で囁いた。
「これを届けてきたのは、あのリカリアーナ・リスティマイヤです。ただの妄言である可能性は低いかと」
「リカリアーナ、か」
はて誰じゃったかな? どこかで聞いたような気はするんじゃが。
「……ギルドナイトのリーダー格の一人です。例のエルフの」
「おお、そうじゃった! リカリアーナ・リスティマイヤ、政治屋の懐刀と思しき娘じゃったな!」
「閣下!」
ギルドマスターに近しい職員からの手紙という意味を、髭を撫でつけながら考えていると、ニルなんとかが突然大声を上げた。
彼はクリストファ卿を睨むように見ると、鼻息を荒くして、
「聞こえたぞクリストファ卿! 閣下に変なことを吹き込むのはやめろ! なにがギルドナイトだ! 所詮はただのギルドマスターの私兵ではないか!」
責められたクリストファ卿は澄まし顔だ。だが声を小さくしたのは、こういうことじゃったか。すまんことをしたのう。
「閣下。その手紙を信じてはいけません。騎士団内を混乱させるギルドからの情報操作に決まっています!」
そんな儂の考えなど無視して、ニルなんとか卿は自分の考えこそが正しいのだと吼える。
「このような戯れ言で騎士団を混乱させようとした冒険者ギルドへは、この自分が抗議へ行ってきましょう。なぁに、もしも結果的に荒事に発展したとしても、相手は薄汚い冒険者風情。いずれ閣下の後を継ぐ大天才、このニル――」
「クリストファ卿」
「はっ!」
ニルなんとか卿を無視してクリストファ卿に声をかける。
「よくこの手紙を届けてくれた。明日の朝にでも、足を運んでみることにするよ」
「お供致します!」
「閣下! なぜそのようなことを!」
ニルなんとか卿が詰め寄ってきて、つばを吐く勢いで抗議してきた。本当に、この男は手紙の内容を読んだのじゃろうか?
「お前さんの言うこともわかる。ドラゴンが出たなどというのは、恐らくは嘘じゃろう」
「では!」
「じゃがな、ドラゴンが現れたという山が例の場所となれば、見に行かないわけにはいかんだろう?」
「うぇ?」
ニルなんとか卿が目をぱちくりする横で、クリストファ卿もやや呆れた様子で言った。
「ドラゴンが現れたと指定された場所は、ヘルメス卿が以前より騎士団の武装強化のために、私財をはたいて用意されていた山だ。気がつかなかったのか?」
「儂があの場所で、騎士団の剣や鎧の材料となる白鋼を育てているのを知っておるのは、騎士団の者だけじゃからな」
「えっと、つまりどういうことですか?」
「事情の知らないはずのギルドが、場所をこの山に指定した上でわざわざ騎士団に応援を求めてきた。これに裏がないわけがない、ということだよ」
ニルなんとか卿の疑問に、クリストファ卿は嫌な顔ひとつせず答えた。よくよく人間が出来ている若者である。
そして彼のいうとおり、この手紙がただの妄言を書き連ねたものでないのはほぼ確定だった。
ドラゴン云々は嘘だとしても、なにかしらの問題が起こっており、それを把握したギルドが秘密裏に騎士団に伝えてきたと見るべきか。
「ふむ。前に大地を耕してから半年か。木々も中身もそろそろいい感じに育ってきておるじゃろう。その確認も含めて行ってくるとしようかの」
「そ、そういうことでしたら、オレ、ではなく自分もお供致します!」
「私もお供させてください」
「よいよい。お前さんたちもたしか、今日の夜から明日の朝にかけて外での任務があったじゃろう? こちらは儂一人で十分じゃ」
残念そうな顔をする二人だったが、こればかりは連れて行けなかった。なにせドラゴンが出る可能性は、決してゼロではないのだから。
「ほほっ、なにやら疼きおるなぁ」
あくまでも勘に過ぎないが、よき出会いがあるような気がする。
もしかしたらもしかして、念願のドラゴンと死合うこともできるやもしれん。
誤字脱字修正




