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夢の足跡③



 ニルドたちとの一件があったあとに俺が向かったのは、王都から少し離れた場所にある山だった。


 地名は知らない。モンスターもほとんど出ない変な葉っぱの形をした広葉樹の茂る山で、ここ半年ほど利用しているが、今まで誰かと遭遇することはなかった。人から隠れて修行するにはうってつけの場所である。


「さて、今日もやりますか」


 山の山頂付近にある開けた場所へ、準備運動もかねて一息で駆け上がると、俺はそこで一本の木を敵に見立てて愛剣を構えた。


「ふッ!」


 鋭く息を吐いて、剣を振るう。


 まだ細い木だったが、しっかりと根を張ってたくましく育っているらしく、斬りつけると硬い手応えを感じた。まるで耐久値の高いモンスターを相手にしているように錯覚する。


「おおおォオオ!!」


 ならば倒す。斬り捨てる。

 胸の奥底に滾る闘志を叫び声に変え、全力で剣を振るう。


 もっと強く、もっと鋭く、もっと速くなれと、祈るように剣を振るい続ける。


 これを一時間から二時間ほどかけてひたすら行う。それが、俺が毎朝の日課としている剣の修行だった。


 無論、これは秘密である。この場所自体はリカさんから教えてもらった場所で、どうやら俺が毎朝この場所に通っていること自体は知っているみたいだが、恐らく修行に使っているとは思っていないだろう。


 内緒にしている理由は簡単だ。恥ずかしいからである。


 修行自体は冒険者であればやっている人も多い。


 剣士スキルを持っているのなら剣の修行を。槍士スキルを持っているのなら槍の修行を。弓士なら弓を、といった具合に行う。別にこれは戦闘職にかぎった話ではなく、料理人なら調理スキルの修業をするし、歌手ならば歌唱スキルの修行をして熟練度を上げていることだろう。


 つまり修行とは一般的に、自分の持つスキルの熟練度上げのことを指す。よって当然のことながら、自分の持たないスキルの修行などしない。


 自分が持たないスキルの修行をするなんて行為は、つまるところ、自分のステータスを知らない七歳以下の子供が木の枝を振り回して遊んでいるのと同じことである。いい大人がそんなことしているのを誰かに見られようなら、恥ずかしくて死んでしまう。


「いやいや、俺は分からないだけで剣士スキル持ってる可能性はゼロじゃない。剣の修行をしてもおかしくはないよな、うん」


 改めて自分のしていることを考えて、つい誰もいないのにいい訳をしてしまう。


「ほう? それは剣の修行じゃったのかね?」


 と、俺の独り言に対して答える声があった。


 驚いて声のした方を振り返ると、切り株にどっしりと腰掛けた、七十近い豊かなひげの老人が、俺のことを興味深そうに眺めていた。


「い、いつからそこに?」


「うん? 大体、お前さんがよくわからん決め台詞をつぶやきながら剣を振るっていた頃じゃよ。――我が必殺の刃を受けてみよ、じゃったか?」


「ぎゃー!」


 無駄に渋く格好いい顔で演じる老人に、俺は顔を手で覆った。


「他にはたしか。――知ってるか? 俺の間合いから逃れる術はないんだぜ、じゃったかのう?」


「やめろやめろお願いだからやめてくれ!」


 持っていた杖を剣のように握って、さらに演じてみせる老人。ノリノリである。そして俺の心はズタズタである。


「これは、ついつい修行に熱がこもってだな。いつもこんなことしてるわけじゃないから!」


「よいよい。儂も男じゃ。気持ちはようわかる」


「……それを人に見られて恥ずかしい気持ちもわかって欲しかったんだけど」


「もちろん、わかっててやったに決まってるじゃろ?」


「わかった。喧嘩売ってるんだな、じいさん」


 相手が老人だからって容赦はしない。黒歴史は葬り去らなければ。


「ていうか、もしかしてじいさんが、リカさんが言ってた俺に会いたいって人なのか?」


「リカさん、か。それはギルド職員のリカリアーナで間違いないか?」


 俺は頷く。


「ふむ。ならばそれは儂で間違いないぞ。リカリアーナは儂の知っとる奴じゃ」


「やっぱりか」


 こんな場所で人に会うなんて、それくらいしか考えられない。


 実は半分以上忘れていたのだが、ここに待ち人が来るのだった。それを忘れて修行に没頭していた俺も悪い。じいさんの悪ふざけのことは忘れることにした。


「それで? 俺なんかに一体なんの用だよ? しかもこんなそれなりに険しい山に上ってまで会いたいなんて」


「ほほっ、そうじゃな。お前さんの顔を見ただけで、おおむね儂の目的は達せられたようなものじゃが、どうせならお前さんの名前を教えてもらえるかの?」


「ライだ。俺の名前はライ・オルガス」


「ライ・オルガスか。うむ、その名前を覚えておこう。よし。これで儂の目的は達成じゃ」


「……本当に、よくわからんじいさんだな」


 俺の名前を知りたいだけなら、リカさんに聞けばいいのに。


「それはそうと、少し気になったんじゃが」


 結局俺に会おうとした用件がなんだったのかがわからない老人は、ひげを撫でつけながら周囲を見たあと、まったく別の話を始めた。


「儂もな、実はお前さんと同じで、以前はこの山で修行をしておったのじゃが」


「修行を?」


「つまりは熟練度上げじゃな。儂、こう見えて農耕スキル持ちなんじゃよ」


「いや見るからに農家のおっさんっぽいけど」


「農家のおっさん! そんな風に言われたのは初めてじゃ!」


「そうかぁ?」


「こう見えて儂、それなりに偉いし裕福なんじゃよ」


「ふむ」


 服装は、たしかによく見ればそれなりに上等な布地を使っている。それでも貴族が着るような高級品で着飾っているのではなく、丈夫で動きやすい服装である。切り株の横には老人の物だろう大荷物が置いてあったが、老人が一人で山登りするのなら不思議ではない量と内容である。農家の老人でも手に入れられそうなものばかりだ。


「やっぱり、ただの農家のおっさんにしか見えないな」


「そうかそうか。まあ、生まれはたしかに農家の長男坊じゃったがな。若い頃に家を飛び出してしまってのう」


「農家の跡取りが農耕スキル持ってたなら、普通はそのまま農家やると思うけど、あんまりランクが高くなかったのか?」


「Aランクじゃった」


「農家やれよ!」


 Aランクの農耕スキル持ちがいれば、その農家は一生どころか数代に渡って安泰である。Aランクの腕で耕された畑は黄金色に輝き、数十年にわたって異常なまでの大豊作を約束すると聞いている。一代で大農園の主になれただろう。


「いやまあ、そうなんじゃが、儂にはもうひとつAランクのスキルがあってのう。そっちの方にひかれてもうたのよ」


「Aランクスキルふたつって信じられないな」


「まあ、確率的には百万人に一人じゃからのう。疑う気持ちもわからんでもないが。お前さんが見せてくれるというなら、儂のステータスを見せてやってもよいが?」


「あ~」


 Aランクスキルふたつ持ちのステータスは気になるが、俺のステータスが読めないことを考えれば頷けない申し出だった。


「いいや。見せられなくても信じるよ。Aランクスキルふたつ。うらやましいかぎりだ」


「じゃろう? じゃろう? もっと嫉妬してもいいんじゃよ?」


「このじいさん本当なんなの?」


 さぞ家族や知り合いからは邪険にされているに違いない。


「で? そのもうひとつのスキルって?」


「ああ。お前さんと同じ、剣士スキルじゃよ」


「剣士スキル……」


「じゃから、少しお前さんのことが気になってのう。こうして見ておったわけよ」


 じいさんは目を細めると、じっと俺の体つきを観察する。


「不思議な修行をしおる。あのようなことをしておっても、剣士スキルの熟練度は大してあがらんじゃろうに」


「そう、なのか?」


「そうじゃよ。剣士スキルの熟練度を上げるのに、一番てっとり早いのは同じ剣の型を繰り返すことよ。型が洗練されればされるほどに熟練度は上昇してゆく。お前さんのように型もなくひたすら木に打ち込んでも、熟練度はほとんど上がりゃせん」


「…………」


 俺はガシガシと頭を掻いた。


 なんというか、もしかして。

 今、これまで俺が修行に費やした十年間を全否定されてしまったのだろうか?


「なんじゃ? もしかしてお前さん、そんなことも知らんかったのか?」


「いや、知らなかったというか」


 知るのが怖かったというか。


「……悪い、じいさん。嘘吐いた。俺、本当は剣士スキルなんて持ってないんだ」


「持ってない? 剣士スキルを?」


 じいさんは心底驚いたような、呆れたような顔をした。


「剣士スキルもないのに剣の修行などしておるのか? その行為に一体なんの意味がある?」


「……たぶん、意味があるって信じたかっただけさ」


 俺はそのまま地面に大の字になって転がった。


「俺にはきっと剣士スキルがある。騎士の才能があるってさ、そう信じたかっただけなんだよ。他のなんの修行をしても条件は同じだから、やっぱり騎士らしい剣の修行をしてただけなんだ」


「騎士とな? お前さん、騎士になりたいのか?」


 その問いかけへの答えは俺の中でずっと決まっていた。恥ずかしいほどに、今もなお俺はそう思っているのだ。


「騎士になりたい。ずっと、騎士に憧れてるんだ」


 幼い頃、華々しく凱旋する騎士たちの姿を見たときからずっと。

 いや、きっとその前から俺は騎士に憧れていた。戦争で死んだ父親が騎士だったと、そう病気で亡くなった母さんから教えてもらったそのときから。


 けれど――現実はあくまでも現実で。


 憧れは夢を叶える力にはなってくれなくて。

 今の俺は、ただの底辺冒険者。今日もステータスは読めない。


「……騎士に憧れてたんだけどなぁ」


 だからそろそろ、夢を諦めないといけない頃合いなのだろう。


 剣を手放し、手のひらを見つめる。


 剣の修行を始めた頃は、手のひらにできた豆がつぶれて血まみれになったっけ。それであいつに治してもらったんだ。それでも次の日にはやっぱり血まみれにして帰ってくるから、あいつは怒って、それから一生懸命治してくれた。そんな毎日が続くうちに、皮膚が硬くなって破けなくなった。それが、少しだけ誇らしかったのを覚えている。


 どうだ。俺は少しだけ強くなったんだぞ、と。こんなステータスにしてくれた誰かに向けてそう胸を張ったのだ。


 けど……そうか。俺の修行は間違ってたのか。


「ははっ、そうだよな。こんなことになんの意味もないに決まってるよな」


 それを俺は本当はわかっていた。


 なぜなら、もっと早くに調べていればそれで終わる話だったのだ。正しい修行を続け、なにも変わることのない自分を自覚して、それで自分にはそのスキルはないのだと諦めることができただろう。けれど、俺はそれをしなかった。誰にも正しいやり方を聞かなかったし、調べることもしなかった。


 ずっと意味もなく剣を振り回し続けながら、ステータスが読めないからあるなんて、そんな暴論に縋り続けていたのだ。


「……全部、無駄だったのかぁ」


 けど結局、あのクソ野郎の言ったとおり、俺のしてきたことは無駄な努力だった。


 こんなステータスを持って生まれてきたのに、騎士になろうだなんておこがましかったのだ。


 それをもっと早くに認めていれば……。


「いや、無駄ではないじゃろ」


 不意をつくように、俺のつぶやきにじいさんが反論してくる。


「たしかに、持たないスキルの修行をするなんてのは酔狂の極みじゃろう。だが完全に無駄というわけでもないんじゃよ」


「どういうことだ?」


 意外な言葉に、身体を起こしてじいさんに向き直る。


 俺が知るかぎり、自分の持たないスキルの修行にはなんの意味もないはずだった。多少なりとも経験値は取得できると聞くが、それは普通の生活をしていても同じこと。生きているだけで、人はほんの少しだけ経験値を手に入れることができる。


 だが俺の何倍も生きているであろうじいさんは、これだから最近の若者は、と言わんばかりの目で俺を見てきた。


「お前さんも知ってのとおり、ステータスの能力値は、個人の差こそあれレベルを上げることで全体的に上昇する。じゃがな、レベルを上げずとも能力値に負荷をかけながら身体を動かすことで、その能力値を上昇させることができるのじゃよ。といっても、レベルアップの能力値上昇に比べればほんの少しだけじゃし、レベルアップではない能力値上昇は、修行を継続せずに身体を休めるとすぐに元に戻ってしまうがな」


「つまり俺の十年間は?」


「馬鹿とは思うが無駄ではない。それは儂が保証してやろう」


「……会ったばかりのじいさんに保証されてもな」


 嬉しくはない。けれど、救われた気はした。


 まだお前は騎士を目指していてもいいのだと、そう言われたような気がしたのだ。


「無駄じゃない、か。……まあ、俺は結局このやり方しか知らないし、もしかしたら俺にはこのやり方があってるのかも知れないからな」


「こんな荒々しい修行があってるスキルってなんなんじゃ?」


「さあな。俺も知らない」


「なんじゃそりゃ。変な小僧じゃのう」


 俺は立ち上がると、剣を拾い上げて腰に戻した。


「じゃあな、じいさん。あんたの本当の目的がなにかは分からないけど、修行場を荒らしたことは悪かったよ。明日からは別の場所を探すことにする」


「なに、気にせず明日からもここに来るといい。農耕スキルは大地を耕し豊かにすることで熟練度が上昇する。土地が荒れていれば荒れているほど効果は高いんじゃ。お前さんが荒らした分は、儂が元に戻しておいてやろう。ほほっ、いい修行になるじゃろうて」


「そういうことなら、またお邪魔させてもらおうかな。この山以外でもいくつかの山とかで修行してたけど、ここの木が一番ちょうどいいからな」


「そりゃ、儂が知り合いの戦闘系スキル持ちのために丹精込めて育てた木じゃからな。剣を振るうには持ってこいじゃろうよ」


「……そんな木を、俺は結構切り倒してしまってるわけですが」


「よいよい。気にするな。――励めよ、若人。お前さん、なかなかどうして見所があるよ」


「じいさんに見込まれてもなぁ」


 呵々と笑う不思議な老人に手を挙げて、俺は修行場を後にしようとする。


「そうじゃ。もうひとつ言っておかないといけないことがあったんじゃ」


 その前にじいさんに呼び止められる。


 じいさんは鋭い眼差しで俺を見ていた。それはまるで抜き身の刃のよう。触れれば切り裂かれてしまう、一振りの名剣のような。


「剣士スキルAランクって言ったの、あれ嘘な」


「はぁ!?」


 じゃあこれまでのやりとりはなんだったんだ! 完全に無駄な時間じゃねえか!


「勘弁してくれよ。こっちは本気で一度は夢を諦めようって思ったのに」


「それでも諦められないと再認識できたんじゃろ? なら儂の嘘にも意味はあったではないか。きっと物事に本当の意味で無駄なことはない。そういうものじゃよ」


「……まったく」


 ひげを撫でながら笑うじいさんに、完全に毒気を抜かれてしまう。不思議と人を引きつける、そんな老人だった。


「じいさんの言うことにも一理ある気がするよ。俺の十年間は無駄じゃない。きっと、ほんの少しだけでも夢に近付けてる……といいなぁ」


 確信はない。確証はない。それはきっと、この世の誰にも証明できないこと。


 ステータスの読めない俺は、今日も馬鹿のように善き未来を信じて、がむしゃらに走り続けるしかないのだ。 


「さて、そのために今日もがんばって稼ぎますかね」


 俺は今度こそじいさんに別れを告げ、王都に戻るために山を下り始める。


 いつもなら修行の疲れで鈍る足は、不思議と今日は軽く感じた。心地よい疲労は、まるでスキル熟練度が初めて一〇〇に達したときのよう。実際はその感覚を知らないけど、たぶん、ひとつ努力が報われた気分というのはこういうものに違いない。


 そうだ。俺の夢は、今日のように多くに笑われるものだけれど、誰に迷惑をかけているわけでもない。誰に後ろめたいものでもない。


 諦めるべきなのは重々承知で、この先、なれる可能性はとても低いけれど。


「俺は、騎士になりたいんだ」


 それが俺の願い。俺の目標。

 万年Eランクの冒険者が目指す、無謀な夢だ。


 だけどそれが俺の夢だから。自分の歩いてきた道が、その夢に続いていると信じて。


「今に見てろよ――ッ!」


 さあ、今日も冒険に出かけよう!




これで本日の投稿は終了。他者視点は明日の予定。


前回と今回のエピソードで主人公の状況、目的などの紹介は一段落になります。

少しずつ物語を進めていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。


誤字脱字修正


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