187 打透筋骨膜
187 打透筋骨膜
蘇晃彰老師が武藝誌にて発表した武術の段階は、
①放鬆
②伸筋抜骨
③五行之気
④打透筋骨膜
⑤練至骨髄
の五階梯であり、
今まで一応私が分かる&言える範囲内で、
五行之気までを書いてきたが、
ちょい前に、
『打透筋骨膜』の基礎理論と練習方法を習ったので今回これについて書いていきたい。
(言える部分だけ&私の見解でしか無いのでご了承ください)
師匠が打透筋骨膜について語っていた記憶はもう十数年前の事、
先輩兼、教練であったkさんに、
師匠が打透筋骨膜を説明していて、
横で聞いていた私は全く意味がわからず、
頭が[?]マークだったのを覚えている。
師匠「これが入ると、相手の正中線が後ろに吹き飛ぶんだよ」
と言っていて、
軽くコン、コン、とkさんの胸をドアのノックのように軽く打っていた。
kさんはなにやら、
k「あ〜〜!、そう言う事なんですね!」
と納得していた。
訳分からん。
私も師匠に軽くコン、と胸を打ってもらう。
特に痛くない。
しかし、生徒Bに軽く後ろから両肩を引っ張ってもらうと、
信じられない程に軽く崩れてよろける。
師匠「防御力が無くなっているから、相手が打撃に抵抗出来なくなるのさ」
と言われる。
(松田隆知先生が、自分の攻撃威力を高くするのと『相手の防御力を下げる』の二種類があると言っていたのはこの部分の意味があった)
デカいキックミットを構えていて
師匠が衝捶を打つと、
ダダダダダダ、
と後ろに走るように退がって行き、
そのまま脚が間に合わずにぶっ倒れるのはこれの所為らしい。
これの面白い所は、
デコピンを軽く胸に食らってもこの現象が起きると言う事。
師匠は、
「言っておくけど、『言葉で説明』出来るのは今の所、
武術界でも俺1人だと思うぞ!」
と大きく自慢していた。
私「蘇晃彰老師は説明するつもりがないんですか?」
師匠「あの人は、小さい頃から厳しい練功を積んで、
無意識に出来る様になった人だから口では説明出来ないのさ、」
師匠「教えるのも、自分と同じ様に子供の頃から、
厳しい練功を積ませて肉体を変質させなければならないから、
成人した人間には出来ない、
身体が壊れてしまう。」
大体が、
日本人で中国武術を子供の頃から厳しく練功をする様な人→は少ない。
ある程度大人になって余裕が出来てから習いに来るのが殆どだから、
元から才能が有る人間が無意識に出来るようになる→何千人に1人の『選ばれた人間』じゃないと無理っぽい。
(出来れば小学生から、
せめて中学生、高校生はギリギリ、
これが才能がなくても練習で出来る様になる限度ぐらい。)
師匠「だからお前らに説明出来る様に頑張って言語化したんだぞ!」
言語化して説明して体得させるのが、
才能のない人間に歳を食ってから体得させるほぼ唯一のやり方との事。
で、説明を受けて、
基本的なやり方(練習方法の事)が出来る様にしてもらって、
ようやく分かったのが、
私が『伸筋抜骨』の練習の進め方をミスしていた事。
放鬆のやり方から、
伸筋抜骨の第一段階で、
『陰陽』の伸筋抜骨、
(脱力とガチガチに筋肉を固める陰陽)
『陰陽合一』させた伸筋抜骨の第二段階、
(伸ばす方向に力を出せる『スジ』の養成)
その上が今回の打透筋骨膜のやり方、
それぞれを、
まるでバフ魔法の重ね掛けの様に、
『下の使い方から順番に重ねて』行かないと駄目だと言う事が大事で、
(才能のない大人が有意識の下でやる為の方法)
打透筋骨膜の練習から『逆算』して、
やっと私の伸筋抜骨の第二段階でのミスが理解出来た。
理屈上(と言うか機能上)、
例えば指を拳に握る時に、
陽の放鬆で出来る様になった、
『関節の間の隙間を開ける』
と言う状態を『維持』したままに、
強く力を入れて握る必要があり、
それをしていなかったので、関節負担が強く、
私の指の関節が段々と壊れ掛けて来た。
多分、南洋民族の身体の頑丈さがあると(あとアフリカ系の民族も)
ある程度これの心配が無くなるので、
南派中国武術や沖縄拳法は、
先に剛力優先の型の練り方で、
年齢を重ねてリラックスを体得して行く育ち方が可能だと思える。
日本の本土の民族や中国北派の民族だと、
その身体の練り方だと関節が壊れてしまう危険があるので、
先にリラックス優先で型をねり、
伸筋抜骨で関節の負担を軽くした上で剛勁の練習に入らざるおえなかったのではないかと感じた。
要は、身体の華奢さで仕方なくそうなったので、
松田隆知先生が何となく植え付けてしまった、
南派武術や沖縄拳法より北派中国武術の方が上‥‥‥‥的な誤解の原因は、
『身体の頑丈』と言った『生まれながらの才能』に対するジェラシーから、
そちらから零れ落ちた(次善の策として北派に転向した)人間が発言した『負け惜しみ』的なものが一部あったんではなろうか?、
例えば昔、
沖縄からわざわざ中部地方まで師匠に習いに来た人がいたが、
(仮にOさんとする)
Oさんは沖縄空手を練習していたのだが、
練習で腰(腰の関節)を痛めてしまい、
それでも武術がやりたいと言うのが、
北派の師匠の所に来た理由だったとの事。
以前どこかで書いたかも知れないが、
当時Oさんに沖縄空手の先輩がブロックの試割りを見せてくれたが、
本土に伝わった空手流派では試割り用に割れやすく作った軽量ブロックが多く用いられるが、
沖縄先輩はガチ工事用の強化コンクリートを素手で一撃で粉々にしてしまい、
それを見てしまったOさんは、
O「ああ、俺にはコレは無理だ」
と、空手を辞める決意をしたそうな。
考えると、
現在、日本の本土で練習される
『空手道』はどう言う身体の使い方にローカライズされているのか気になる。
一応、打透筋骨膜の段階に入って、
『蓄勁は弓を引くが如し、発勁は矢を放つが如し』
の意味が理解出来る。
脱力で発勁をやるのは無理である。
まず、弓で考えてみよう。
弓にまず弦を張るのがかなり力が要る。
弾力を持った半月形のバネを、
かなりのパワーでしならせて、
その上で強いワイヤーで出来た弦を伸ばしきった状態でバネの両端に結びつける、
弓も強く元の形に戻ろうとして、
ワイヤーも千切れない様にギュッと引き伸ばされるのを耐える状態になっている、
弓は素の状態で、『めっちゃ力が入っている』
脱力では無いのである。
それが基本状態になっていて、
ただでさえギッチギチに弓と弦が引っ張りあっている所に、
さらに矢を番えて弓を固定したまま弦を引っ張る。
弓を放っても、
脱力状態にはならず、
基本のギチギチ状態に戻るだけである。
その弓のバネを、
北派は、人体を軟弱『軟鉄』の状態から、
少しずつ工夫して強いバネ鋼にコツコツと体質を作り替えていき、
(これが放鬆と伸筋抜骨であり負荷に対して関節を壊れない様な身体にする方法論)
打透筋骨膜で弓と弦の一体化が完成する。
南派は多分、元々の身体の素材がバネ鋼の人間を選び、
即、弓として弦を張り、
弓の弾力と弦の張力を徹底して鍛えて行く。
こんな印象を受けた。




