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武術覚書  作者: asada11112
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109 太極拳の風景〜道(タオ)の一欠片


太極拳の風景-タオのひとかけら


クリスマスも近い太極拳の練習会


師走の為か、

生徒は私一人だった。


師匠は一人で、

黙々と型を練っていた。


生徒が同じ型をやっても、

刃物に例えると、

刃引きした様に刃の部分が丸いのだが、

師匠の型は、

刃の部分が研ぎ澄まされた様に、

とてもシャープで綺麗。


いっそのこと自分の準備運動をほっぽりだして見物したい誘惑に駆られるが

流石にそういう訳にもいかず、

視線の先が師匠の方を向くように体勢を調整しつつ、

準備運動を行う。


師匠が型を終えて休みに来て一言。


師「今日の型は、俺が今まで武術やってて、一番上手くやれた。」


…………

ほっぽりだして見物して置くんだったと激しく後悔。


師「いや~、こういう時に限って、asadaしか目撃者が居ないと言うのも、何かの運かね?」


見ることが出来ただけでも、

『でらラッキー』

という事にしておこう。


その後、師匠と二人で練習を開始。


太極拳は、

その名の通り、

道教の思想により成り立っている。


太極マークが意味するのは、

「無為自然」


目指すべき究極の動きが自然な動き。


K先輩はかつて他の生徒と師匠の動きを見比べて、

武術における

「自然・不自然」

に気が付いた。


人の動きは

「有為不自然」

人間が相手に対してどうこうしようとするのは不自然で、

相手はそれに対して抵抗する。


それを無くす事で、相手に対して技が掛かる様になる。

それを

「技が自然になる」

という。


象形拳は、

自然界の動物の動きを取り入れる事によって、

不自然を消そうとした。


ちなみに会でも、

動物の動きの特徴を研究したことがあり、

特にK先輩は猿の動きの形態模写に長けており、

師匠をして、

「お前の場合は、捨己『獣人』だなあ」

といわしめた。

(中国武術の中でも実戦に使い易いと言われる通背拳は、白猿通背とも言われる)


太極拳では、

『捨己従人』

を以てそれを可能にした。


自分が相手に対してどうこうしようとするのを止めて、


相手が自分に対してどうこうしようとするのに合わせる。


師匠は、ヒョイとやってのけるのだが、

私には全然不可能な領域である。


幸いに、

今日の練習会に出ているのは私一人。


師匠に誘導してもらって『それ』を体験させてもらう事になった。


立ち方の誘導、

呼吸の誘導、

意識の誘導、

相手の見方の誘導、

でもって、

師匠のパンチを手先のみで払う。


ひゅっ、

ぱし、

ひゅっ、

ぱし、

ひゅっ、

ぱし、


師「ちなみにいつものお前だったら絶対取れないスピードで、

当てるつもりで出しているんだぞ。」


私「え?」

どすっ、

ぐええ!、

師「今、びびって自我が出たから失敗した。ちゃんと自分を消せ」


ひゅっ、

ぱし、

ひゅっ、

ぱし、


師「これが人間の不自然を消した動き、太極拳に必要な捨己従人だ。」


なんとも、不思議。


師「ちなみに俺のパンチを払っていた時、お前はひとかけらのタオに触れていたんだぞ。」

私「タオに?!」

師「でなきゃあ、俺のパンチを払えるものか。」


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