説話83 勇者候補は元魔将軍に聞く
魔法による空気調和が効いてる二百人は軽々と入る広々とした食堂で、みんなはお喋りしながら食事を取っている。
これまではボクがこうして保存しているもので食事を出してた。
だけど子供たちの日常生活技能をあげるためにも、これからは森でも狩猟や採取、畑での植物栽培など、人間社会ではごく当たり前の方法で食材を手に入れることが食事の時の話し合いで決まった。
ボクからの食事提供に慣れてしまえば、自分で努力することを忘れるからね。
それは教育上よくないと聖女のミサキも言ってたな。日々のコツコツとした頑張りはいつか花を咲かせるって。
そこで死にそうな顔で倒れ込んでいるイザベラのことは無視だね。
子供たちは自分の部屋を見てびっくりしてたね。
ベッド、タンス、勉強机に椅子、フカフカの布団と枕が標準装備なんだ。家具は森の木々を創造魔法で簡単に作成、服や布団などは昔にボクの領地から送られてきたファイアバードの羽とデーモンスパイダーの糸を使ったよ。
もっとも、今後は子供たちが自分でそういう技術を習得しないといけないのよね。
裁縫についてはイザベラが習ってるから教師を務めてもらおうかな。勇者たちの話により授業で家庭科があるらしいから、それは取り入れようと思うんだ。
いずれにしてもゆっくりでいいから、この子供たちとみんなで相談しながら日々の営みを作り上げようと思うさ。
もちろんイザベラとセクメトは抜きだよ。あの二人からはロクな意見が聞けそうにないね。
「――こんばんは、スルト兄さん。今、ちょっといいですか?」
「やあ、アールバッツにマルス。どうしたんだい?
入っておいでよ」
ボクの部屋に来たのはウルフ族のアールバッツとその妹のマルス。こんな夜更けにどうしたんだろうね。
「なにか飲むかな?」
「いいえ。ぼくはいいです」
「スーのお兄さん、アタシはじゅーすがいい」
マルスはボクのことをスーのお兄さんと呼んでいるんだ。
この子は結構面倒見がいいので、ここに住んでいた子供たちともすぐに打ち解けて、今では仲良く遊んでいるよ。
この子からご要望があったので、ボクは異空間からジュースをコップ付きで出してあげた。
ボクのこうした動作はすでにこの子たちは慣れているんだ。
「こんな夜遅く、眠たくないか?」
「いいえ、スルト兄さんのお話を聞いてからぼくはずっと考えたんです。
ぼくと妹は獣人です。この国では学問も学びに行けないし、獣人の仕事はすくないです。
父と母のように冒険者になるか、力仕事で日銭を稼ぐかです」
「そうなのか」
「はい、だからスルト兄さんが言ったことにぼくはハッと思いました。
それでスルト兄さんに聞きたいですが、ぼくのような獣人の子でも勇者になれますか?」
「きみは勇者になってどうしたいと思ってる?」
「ぼくは獣人を救いたい。それで生きているものがみんな仲良く幸せに生きれる世界にしたいです」
「そうか、それならきみは立派な勇者だ。まだ候補かもしれないけど、勇者は心から始めるんだ。
魔法や剣術、戦う方法をボクは教えることができるけど、心だけは自分で持たないと勇者にはなれないね」
アールバッツと妹のマルスは真剣な眼差しでボクをジッと見つめている。
旅の途中、ボクも獣人に対する扱いを見てきた。あれは重労働を押し付けられて、無理に働かされてるようなもんだね。
召喚勇者たちからはあちらの世界にも差別があると教えてくれた。
自由に生きることが許されてる魔王領にも多かれ少なかれそれは存在するんだ。
この世界に召喚勇者たちの世界のように選挙という国を変える政治制度はない。
それなら自分の手で望む国を作ってしまえばいいんだ。それをボクはこの子たちの力になりたいと思っているのさ。
お疲れさまでした。




