説話55 元悪役令嬢は絡まれる
くさっ! なにこれ臭いんだよ。冒険者ギルドの中は排せつ物の匂いしかしないんだ。
敬礼するルメクールくんを残して、ボクとレイヤルドさんは早足で冒険者ギルドのホールへ向かったがそこは大惨事の現場だった。
立っているのはイザベラだけで、そのほかは人たちは全て倒れていた。うーん、やっぱりエルフの術式だけじゃガルスの魔力は防ぎきれないね。
イザベラはって? ボクの創った魔装防御は甘く見ないでほしいなあ。ガルスからすれば軽い程度の魔力放出くらいは防いでみせるさ。ちょっと本気になったら厳しいけどね。
それにほら、イザベラは身体強化しているからね? このくらいは大丈夫だよ。
「んまあ、皆様、はしたないですこと。
お花摘みならちゃんとおカワヤに行かれませんと」
ちょっとだけど、ボクはこのペットがさらに気に入ったよ。
底なしのバカというか、大物というか、物事に動じないのはとてもいいのよねえ。
まっ、失神はするけどそこは目をつぶってあげるからね。
「やあ、イザベラ」
「まあ、スルトちゃん。足元には気を付けて下さいまし。お汚れ物が一杯ですわよ」
「そうだね。えいッ!」
回復の魔法を乗せた魔力放出をしてみた。これで倒れている人たちが起き上がってくるはずさ。
冒険者ギルドでは起きた人たちは自分の身なりを見て大騒ぎしてるね。
外では鎧を着込んだ兵士がわんさかと中を覗いてるけど、肥溜めのようになっている冒険者ギルドに入ることを躊躇しているように見える。
そうだ、そう言えば依頼はクリアしたのよね。
「レイヤルドさん、依頼は達成したよね。今から領主様の所へ行かないか?」
「むむ。しかしな、ギルドがこの様子じゃあ。わしがいてやらねば……」
「そんなの職員に任せればいいよ。
緊急時の対応も仕事の内ってクワヤマが言ってたからね」
「むむ、そうじゃな。
ところでクワヤマはどのような人物だ? 中々いいことを言うじゃないか」
クワヤマ? 勇者パーティの戦士だよ。
いいことはいっぱい言うけど口先だけだよ? 最終決戦の時にボクの傍にいると言ってビビってたね。クスクス
「あんたたち、かかってくるじゃなかったですの?
まあ、そんな汚らしい恰好じゃワタクシも嫌ですけれども」
「どしたの? イザベラ」
「あら、スルトちゃん。いやね、この人たちが言い掛かりをつけてきたんですわ。
えっと、なんでしたっけ? クラン……で、デストロイヤーさんでしたっけ」
「クラン・デッドオアアライブじゃいっ!」
イザベラを呼びに行こうと思ったら、男たちともめ事してた。
うん、確かにイザベラのいう通り、糞尿塗れで汚らしい恰好の男たちがイザベラに大声を出していた。ところでイザベラ、名前はちゃんと覚えてあげようよ、最初の一文字しか合ってないじゃないか。
そう言えばその名はどこかで聞いたと思うけどな……
――まっ、覚えてないというのはどうでもいいことだよね。
「あの……」
「クラン・デオアっ! ギルド内での騒ぎはゆるさんぞ!」
ボクが何かを言う前にレイヤルドさんがそのうんこ男たちに怒鳴りつける。
「ちっ、覚えてやがれよ、イザベラ・ザ・エレファンツ。きっちりケリはつけさせてもらうぜ」
「ムキーーっ! ワタクシはイザベラ・ジ・エレガンスですわ。勝手に名前を変えないでくださらないこと?」
男たちはイザベラを睨みつけてから捨て台詞を残してこの場を立ち去った。
ところでイザベラの通り名が変わっていないか? イザベラは怒ってるけど、きみも男たちのクラン名を間違えたんだからどっこいどっこいだよね。
「そうじゃ、お前さんたちは迷宮でクラン・デオアともめたそうだな」
「確かなんか男たちと戦ったけど、でもそれは死闘を挑まれたから返り討ちしただけなんだけどなあ」
「そうか……クラン・デオアは悪名高い。殺人、強姦、誘拐など罪名をあげたらきりがない。
しかもそのほとんどを迷宮の中でやらかすから証拠が見つからない」
「そういうものなのか」
「おぬしにお願いがあるんじゃ。もしクラン・デオアがお前さんに手を出して来たら……」
「手を出して来たら?」
レイヤルドさんが変なところで言葉を切るから、ボクも聞かなくちゃいけないじゃないか。いっぺんに言ってくれないかな。
「頼むからこの迷宮都市を滅ぼさんでくれ」
「善処しよう」
だって、こんなお爺さんに頭を深々と下げられたら、ボクとしても配慮くらいはしてあげなくちゃいけないよね。




