説話40 元魔将軍は恐れられる
人間は幸せだ。
エルフのように相手が持つ本当の強さを魔力で測れない。魔力で実力を見抜くことができないため、熟練の冒険者以外は、見た目で敵の強さを判断する人間が多い。
人間たちはやたらと強い装備したり、肉体だけを鍛えたりするが、それは戦闘技術に伴わないものばかり。中には本当に強い人間もいるけど、そいつらは己を鍛え上げ、経験と気配で強者を知る。
人間は幸せだ。
今はいずこにお隠れになった男神から神の憐みという、異世界の勇者を召喚できる呼ばれしのオーブを授かった。
召喚される異世界の勇者はことごとく異能の力を秘めているので、人間以外の種族はそれを強く警戒していた。
万が一その力が自分たちに向けてきたら、抗うすべは魔王領の魔族以外に、人間の国々ではどの種族も持っていない。
だけど人間はバカだ。
冒険者ギルドを作り上げたのはエルフたち。
元々は召喚されてきた初代勇者を監視するために立ち上げた組織、これに賛同したのは昔の獣人族。今では獣人ですらこのことを知ってるのはほんの一握りの獣人の長しかいないが、機密というのは知る人が少なければ少ないほど漏れにくいものだ。
冒険者ギルドはあらゆる手を使って、召喚勇者を本来の目的である魔王討伐以外に使われないように工夫を重なってきた。
時の権力者やその家族たちに金銀財宝、エルフや獣人の美男美女、貴重な武器装備や数々の装飾品を送り続け、そしてついに成功を果たした。
勇者たちの魔王討伐は、貴族たちの賭け事を目的とした召喚にすり替えられた。
エルフたちは異世界の勇者たちを哀れに思っている。
無理矢理に異世界から呼び出され、エルフたちが作り上げた従属の術式に拘束されてから魔王城という死地へ送り込まれる。
だが哀れは哀れでしかない。
どのみち異能の持ち主はこの世界には不要。異世界の勇者たちはとっとと死んでくれたほうがこの世界の種族にとっては幸せだ。
レイヤルドはエルフだけに伝わる古い資料から、もっとも古い巻物にその名を発見することができた。
「これほどの大物か……
魔王軍の幹部とは思ったが、まさかあいつが魔将軍アーウェ・スルト。
祖先たちが魔王軍の中でも一番おそれていた魔法使いだったとは……」
レイヤルドは慄く身体の震えを止めることができない。
「……みんなに連絡を入れよう、長老たちの指示を仰ぐことが必要だ……」
あの魔力の渦は極限まで抑え込まれていることをレイヤルドは見抜くことができた。だが下限を知ることができるからと言って、上限を推し量ることはエルフであってもそれは無理なことだ。
エルフたちは太古の時代、魔族と紛争することはあるものの、魔王領の森々にもエルフが静かに暮らしてた。
変わらない日常に突然あらわれた魔王が、今の魔王領の征服に乗り出したことに危惧した彼らは、結束してそれに立ち向かったと巻物に記されている。
数千人はいる当時のエルフの最高魔法の使い手がひしめくエルフの軍勢の前に、姿を見せたのが魔将軍アーウェ・スルト。しかもたったの一人で。
かれはエルフたちに魔王軍に抵抗しないこと、魔王軍に加わること、今までの暮らしも保証すると要求を突き付けてきた。
そんな保証も根拠もない言葉にいきり立ったエルフの軍勢がまさに攻撃を仕掛けようとしたとき、アーウェ・スルトは魔力だけを解き放った。
それはエルフたちの行使する魔法をかき消したばかりか、戦意そのものを吹き飛ばすに余りある。
アーウェ・スルトは糞尿を垂れ流していたエルフたちの軍勢に、再考してほしいとだけ言いつけて、その場から消えていなくなったと古の書物にはそう書き残されてた。
エルフたちは悩んだ。
先祖代々の森を離れることを嫌がるエルフも大勢いたが、魔王軍の脅威に抗える方法がない。彼らはついに決意した、今の人間の国々の森に住んでいる同胞を頼ろうと。
こうして、現在の魔王領に住んでいた太古のエルフたちは、涙ながら住み慣れた森と離別することを余儀なくされた。
お疲れさまでした。




