外伝最終話 帰還勇者たちは未来に向かう
「真田さんって……
――まさか大会で一回だけ彗星がごとく現れて、個人戦で反則負けはしたけど当時の強者に一本も取られなかったあの邪剣の真田さんですか!」
「ははは、邪剣の名は今でもあるのか。
そうだな、邪剣と呼ばれるのならおれがその真田だ」
「うおー、感激に滾る!
明日花、聞いてくれ。真田さんの動画を見たときからこの人がぼくの心の師匠だ。この人の剣に異世界をみる。
ぼくの剣は真田さんの剣を追い求めることにあるんだっ!」
「はいはい、翔君は落ち着きなさい。みんなが見てるわよ」
もう、翔君は子供みたいにはしゃいでる。
ここに来たみんなが微笑ましく彼を見てるの、彼女として恥ずかしいよ。
でもね、子供みたいな翔君も可愛いね。ふふふ。
「オッホン、沼田君、落ち着きたまえ。
あとで真田さんにお話しする機会をつくるからな、勇者の集いの入会式は真田さんたちにスルトの話を聞くこと。
それで僕たちはどんな化け物と対峙したのがよくわかる」
「わかりました!」
そわそわして落ち着かない翔君が席に座ると、真田さんはコップを持ってからそれ掲げて、みんなに声をかけたの。
「新たな勇者たちの入会を歓迎する。
いつもの言葉だがこれが最後の召喚であることを願って、ここにいないスルトのクソガキに乾杯だ」
「スルトのクソガキにかんぱーいっ!」
みんなは美味しそうにビールを飲み干すけど、わたしたちは未成年ということでジュースやお茶なの。
「この話はもう何度語ったかは覚えてない。
おれ達は魔王には会っていないがお前たちにはっきり言う。おれ達が出会ってきた敵の中でスルトというやつは間違いなく最強だ。
どうあがいても勝ってない相手が異世界にいるとすれば、それはアーウェ・スルトだ」
「……」
真田さんが黙ると隣にいる体の大きい男性が口を開く。
「俺は戦士の山県、よろしくな。
スルトの話だが国民的マンガで数段階を分けて強くなる異星人っているよな? スルトはあれと同じようなもんだけど、いきなり最終ギアに切り替わる。
最初は対等に戦えると思ったが、騎士団の騎士が逃げるゴブリンを殺したときにスルトは冷たい目で聞いてきた。戦いに関係のない命の重さを知ってるかって。
突然灰色の鎧をまとったと思ったらあとはもう一方的。
俺らについてきた凄腕の冒険者たちも、精鋭であるはずの騎士団も、なすすべもないままあっけなくみんなやられた。
そして俺が最初に送り返された」
山県さんは話し終えると、線の細そうな男性が彼の話を継ぐような形で話し始めて言う。
「僕は賢者していた竹中さ。スルトを語るのに多くの言葉はいらないね。
魔法も剣も効かない敵とどう戦えばいいのか、逆に君たちに聞きたいぐらいだ。
それがスルトさ」
竹中さんが短い感想を述べると、横に座ってる鋭い目つきした女性が呆れたように竹中さんを一睨みしたの。
「竹中くんは変わらないね、そんなじゃ全然わからないじゃないの。
――いいわ、私が話すね。
私は聖女の立花よ。異世界で苦労したみたいね、可愛い勇者さんたち。
これまで聞いてきたスルトはね、みんなと仲良くしている時期があるみたい。
でも私たちのほうは異世界の人たちと仲が良かったの、楽しい日々だったわ」
「……」
立花さんが遠い目して、輝いてた日々を見つめているようだったの。
「私たちはね、騎士団とダンジョンに潜ったり、創りたての冒険者ギルドで冒険者をしたりして、見知らない異世界の生活は楽しかったの。
だからね、本気で魔王を倒してあげたいと思ったのよ。
魔王領に入っても私たちは進撃し続けたわ、本気で魔王を倒せると思ったのね。
どうやって元の世界に帰れるかは知らなかったけど、魔王を倒すと帰れるはず、あの時は思ってたわ。
そこへスルトという魔王軍の幹部が来たのね。
後はみんなが言った通り、惨敗してこの世界に戻ってきた」
「……」
四人とも少しだけ暗い顔して、真田さんは黙ったままだけど、山県さんと竹中さんが酒を飲み交わしたわ。
「だからね、ほかの勇者たちと違って、私たちはね、喪失感がものすごかったのよ。
まるでいきなり楽しく遊んでいたゲームを強制中止させられたみたい、しかもコンティニューができないの。
山県くんなんか一時荒れてたのよ? 真田が剣道の大会に出たのもその時期。
そのくらい、私たちはスルトという化け物に思い入れがあったわ」
「……」
ずっと話し続けた立花さんはここで厳しかった顔から柔らかい表情になった。
この人はすごい美人だなあ、そんな場違いのことをわたしは思っちゃったのね。
「あんたたちに礼をいうわ。
スルトの真意がわかった時にね、こう、心がね、ずっとつかえていたものが取れた感じなの。
真田たちも刺し殺されることが唯一の帰還方法だと知って、異世界に置きっぱなしの気持ちが帰って来たって言うのよ。
おかしいよね? もう、とっくの昔に帰って来たのにね」
「いいえ、それはわかります」
目からしずくが流れ落ちる立花さんにわたしは強い同意をしてみせたの。
だって、スルトの真意を知ったとき、抱えてたモヤモヤが吹き飛んじゃったのよね。
「……いい子ね、これで初代転移勇者の話はお終いね。
なんなの? みんなしていつも私たちのことを最強だなんて言って、それじゃ化け物みたいじゃないの。
ねえ?」
「あははは……」
立花さんはわたしに同意を求めてくるけどごめん!
あなたたち初代勇者は強いです。それは異世界へ行ったことがあるわたしたちならわかります。
酒が入ったことで先代勇者さんたち雑談が進み、話も弾んできた。
翔君は真田さんと山県さんにべったり、今日だけは妬かないであげるね。話に盗み聞きしてると翔君はどうやら真田さんの道場へ剣道を習いに行くみたいなの。
――翔君、その前に二人だけの旅行が先なんだからね。
夕実は敦子さんと立花さんと意気投合して、剣術の話で盛り上げてるのね。
敦子さんも立花さんも、確かにわたしと同じ聖女だと思うのだけど、なんで剣気のことで夕実に指導なんかしちゃってるのかな。
金山君は加賀さんとゲームやライトノベルの話で激論してる、もう異世界は関係ないのよねそれ。
でもどうやらそうじゃないみたいなの。こっちの世界の異世界知識と実際に行った異世界の違いについて語っているらしい。
よくわからないからわたしも夕実に見習って、そこの二人は放っておいた。
わたしはね、陽子さんとスルトのことでお喋りしてるの。
もうね、陽子さんがスルト好き好きなのね、待ち受け画面もスルトにしてるのよ。
スルトの作るご飯が美味しいだの、寝顔が可愛いだの、もう話はスルト一色。
良かったねスルト、あんたは思いっきり愛されているわ。
聞こえていたら今すぐすぐこっちに来なさい。陽子さんが手放さないと思うからね。
異世界転移なんていい思い出はなかった。
あったのは押し付けられた戦いの日々にわたしたちを蔑むような異世界人の視線。
だからなのね、スルトとの思い出だけが無色だった異世界の記憶を色鮮やかに彩ってくれる。
スルトはわたしたちの幸せを願ってくれて、こうして世界を跨いで、新しい年上のお友達をつないでくれた。
とても嬉しいの。スルトを抱きしめて、心からありがとうって言ってあげたい。
今でもあの廃墟のようなお城にいるの?
今でも召喚勇者たちを待ち続けて、彼や彼女らを帰してくれようとしているの?
感謝の言葉も聞けないまま、ずっと私たちのような召喚勇者に呪詛の言葉を投げつけられて、それでも帰還を願ってくれているの?
ごめんね? あの時はなんの事情も知らないで責めたことを謝るわ。
わたし、いま幸せなの。
でも約束するわ、これからはもっといっぱい幸せになる。
勇者たちの全国大会に翔君たちと一緒に行って、スルトのことをいっぱい聞いてくるね。今からすごく楽しみにしている。
だからスルトもちゃんと幸せになるんだよ。
――ありがとう、異世界の魔王軍にいる怖くない魔将軍さん。
わたしたちの可愛くて優しいアーウェ・スルト。
お疲れさまでした。これでこの物語は全て終了しました。
たくさんのブックマークとご評価を頂けたのはとても励みになり、この物語が完結するエネルギー源となったこと、読者の皆様に感謝致します。
お書きになったご感想は拝見させて頂いており、お返事できなかったことをお詫びするとともに皆様からの応援や指摘して頂けたこと、この場を借りて厚くお礼申し上げます。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。




