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説話175 宮廷魔法総長は喜ぶ

「なにやつだっ、なんでここにいるんだ。ここはお前のような者が入ってはならぬ場所だ!

 であえ、であえであえ者ども、こやつを捕まえるのじゃ!」


 滑稽じゃな、陛下。


 あなたの叫び声は虚しく召喚の間を響かせるだけ、ここにはだれもおらぬわ。


 いや、地下にはだれもいないと言ったほうがよいかのう。



「ふーん。部下に会いたいのかな?

 いいよ、会わせてあげるね」



 とんでもない魔力を持つ化け物が手を軽く振っただけで、兵士の死体が虚無から現れたように床に散らばっていく。


 なるほど、空間魔法を極めたら媒体はいらぬというわけじゃな? 死ぬ前にいいもんを見せてもろうたじゃ。



「ヒっヒーンっ!」


 情けない声を出すんじゃない、陛下。敵の前だぞ? しっかりせぬか。



「ちぇっ。見たいって言うから見せてあげたのに、馬の鳴き声はないよね」


 化け物がつまらんそうに言うておるわ。


 馬の鳴き声か、それは確かにないわな。ほれ陛下、言われておるぞ? しっかりせんかい!



「あーあ、つまんないや。

 サッサと終わらせてどこかへ遊びに行こう、ガルスとメリルを待たすのも悪いしなあ。

 マーガレットは文句を言わないからいっか」


「化け物、なにをする気じゃ?」


 化け物の言葉が気になったわしは聞いてみることにしたんじゃ。答えてくれるといいがのう。



「え? ああ。なあに、今から召喚の魔法陣を壊すだけだよ。

 ついでに呼ばれしのオーブも壊れちゃうけどね。えへへ」


 さも事なさげにいう化け物じゃのう。


 そうか、あれを壊してくれるのか、ありがたいことじゃ。



「ならぬぞっ! 何者にも魔法陣を壊すことは許さんっ!」


 化け物相手に勇ましいことを言うよのう、陛下。


 あれが見えぬと言うからのう、わしは初めて陛下が魔法や魔力のことを勉強しなかったことを羨ましく思ったぞ。



『――黙って見ていなさい。』


 ほれ見い、言わんこっちゃない。


 化け物が魔力を乗せて脅してきたじゃないか。しかしくさいのう、くさくてかなわん。陛下、さてはうんちとおっしこをちびりおったなあ?


 笑わんから安心せい。わしも今は化け物からの魔力の放流を耐えるのが精いっぱいだからのう。



 おお? 化け物が変なナイフを取り出したぞ? 刀身がぐにゃぐにゃしてどす黒いがあれはなんじゃ?



「ば、化け物……あれはなんじゃ?」


「へえ、人間にもできるやつがいたもんだね。ボクの魔力を耐えられるなんてすごいと思うよ。

 お爺さんなら知ってもいいと思うね。これはねえ、送還のナイフだよ」


 ありがたいことに化け物は魔力を緩めてくれたんじゃ、これで普通にしゃべれる。


 ――陛下? 今でもガクブルだよ、放っておこう。



「送還のナイフとはなんじゃ?」


「これでね、今までの召喚勇者をお家に帰してあげてきたのよね」


「それはまことか! あやつらは死んでおらぬのじゃな!」


「……」


「よかったぞ! ちゃんと帰れたのじゃな。

 よかったあ……」


 化け物がわしを見ておるがどうでもええわい、こんなに喜ばしいと思ったいつぶりじゃあ。


 あの少年や少女が元の世界に無事帰ったのなら、わしもこんな腐った世の中に思い残すことはないじゃ。


 あとは民が好きにしてくれればええ、好きな世をつくってくれい。




 化け物が天井を眺めているようだが違うものを見ていると思う。だれかを思っておるのじゃろうな。


 こういうときは声をかけるのは無粋というものじゃ、わしはただこの流れゆく最後の時間を感じていればええ。


 これでこのクソたれの魔法陣とクソ石ともおさらばじゃからのう。



 化け物が送還のナイフと呼んでいるものを魔法陣の中心に突き刺してゆく。


 ガラスが割れるような音が部屋中に響き、呼ばれしのオーブもひび割れが走り、魔法陣は崩れ始める。




 ――ああ、これで悲しみが終わる。


 少年や少女たちの責める言葉と目付きが今でも心に残るけど、もう悲劇は二度と繰り返すことはないのじゃ。


 わしはもう、心残りなくこのクソ陛下と一緒にあの世へ行くことが許されるのじゃ。



 クソ石が壊れたときに溢れてくる魔力を化け物は全部吸収してくれたじゃな? ありがたやありがたや。


 ため込んだ魔力がそのまま放出されたら、この王都が崩壊するかもしれんからのう。




 魔法陣も呼ばれしの石も、化け物が持っていた送還のナイフも全部こわれてしまい、消えてなくなった。




「じゃあ、もう行くね」


「わしらを殺さんのか?」


 化け物は楽しく遊んだ子供のように、これから家に帰るような身軽さで元召喚の間を出ようとしたからわしは聞いてみた。


 殺されるだけの価値があるとは思わんがな。



「きみたちのことはこの国の人が決めるべきと思うよ?

 いいこといっぱいしていたら生きながらえるでしょう」


「そうじゃのう、そうに違いないぞ」


 化け物が去る前にわしは聞きたいことが二つあるので、それを聞くことにした。


 こんな老骨だ、労わって答えてくれるじゃろうな。



「召喚の間は神の力で魔族を拒むとの言い伝えじゃが、なぜお前さんは入れたのじゃ?」


「その神から力を授けていたとすれば?」


 そうじゃな、人間は勇者を召喚する力を神から授かったが帰すことはできない。


 この化け物は異世界人を送還できるというのなら、化け物は神の使いということじゃ。なんの不思議もない。



「して、お前さんの名は?」


 無粋とは思うが、わしはこの素晴らしい化け物の名を聞いてみたかったのじゃ。



「聞きたい? 聞きたいなら教えるよ?」


 化け物はわしに笑いかけてくれたじゃ。


 そこに軽蔑や軽視などの感情ではなく、わしが本当に知りたいかの確認があったのじゃ。



「……いやいい、いまさら知ってもなんもならぬ。

 魔法陣とクソ石を壊してくれたことに礼を言う」


「そう? まあ、暗黒神に会ったら聞いてみるといいよ、きっと教えてくれるさ。

 ――じゃあね」




 ……化け物がいなくなった部屋にはわしと今でも震えているクソ陛下だけがいる。


 あとは兵士たちの死体だけじゃ。


 さあ、こんなクソでも陛下は今まで長い間仕えてきた陛下。


 こいつがカラオス王国最後の国王として死なせてやるのがわしの最期の勤めじゃな。



 ヌッジャウチャ四世国王様。このカラオス王国の宮廷魔法総長であるウィービル・ゼ・アウレストが必ずや最後までおともしますぞ!



 その前にその屎尿塗れの服をサッサと着替えに行くぞ!


 このクソじじい!



お疲れさまでした。

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