説話168 魔王は本当の姿を見せる
『おや? この子たちはだれかえ?』
魔王様は興味津々にボクが育て上げた勇者たちへ目を向けた。
「魔王様、魔王に立ち向かうのは勇者が相場ですよ。
勇者でもないボクが魔王様に向かっていくのでは、しまらないじゃないですかあ」
『そうね。でもこの子たち、ちゃんとやれるのかえ?』
魔王様の口調に勇者たちを軽んじた雰囲気が滲み出してるから、挑発するなら今なのよね。
「ボクが丹精を込めて育て上げた勇者たちですよ?
いにしえの弱い人間たちや召喚された異世界人とはわけが違いますね」
『そうかえ? スルトがそこまで言うならそうであろう。
――なるほどのう、子育てしてたのはこのためだったのかえ。
それならわらわも久方に全力でいこうかのう』
魔王様の両目が赤く光り出し、溢れ出す灰色の魔力がこれまでとは比べられないほど、それは濃度が高まり、周囲にいる全ての者たちを圧倒させる。
ボクはこのときをずっと待っていたのだが、それでも魔王様の圧力に対抗して、自らの魔力を高めていかないと耐えられそうにない。
「ガルス! メリル! マーガレット! 耐えてみせろ! 魔王様に飲み込まれるなよ!」
彼や彼女たちに声をかけてから、ボクはアールバッツたちに顔を向ける。
「アールバッツ! 勇者組に聖気を高めさせてとにかく耐え忍べ! ここが正念場だ!」
ボクの言葉アールバッツは左手を高く掲げ、勇者組から発する聖気がほかの勇者たち全員を守るように包み込んでいく。
『準備はもう良いのかえ?
はて、いつぶりであろうのう、わらわがこのような姿をみせるのは。
まあよい。戦えるやつのみ、立ち向かってくるが良いぞえ』
魔王様が真のお姿を顕わす。
いつも着ておられる黒のボールガウンドレスである封魔のドレスに両手でかけると、それを魔王様は力一杯破り捨てたんだ。
どす黒い、なにもかも飲み込んでいく闇のような黒さをしたローブに包まれている魔王様がそこにいる。
灰色の負の力が四散されていき、心から湧き上がるのは全てのものに対する破壊欲。負の力を持つそのどす黒い欲望は心の奥底まで染まりそうになる。
――これが本当の魔王。
黒の衣と呼ばれるそのローブがこの世界を破壊する象徴なんだ。
『ウガーッ!』
「っち」
魔王様に飛びかかろうとするマーガレットへ、ボクは素早く手刀で首筋へ首トンして失神させた。やっぱりマーガレットでは魔王様が放つ負の力に耐えられないか。
『ほえ……立っていられるとはのう。
スルト、よう勇者たちを強く育てたものよのう、そなたを褒めて遣わそうぞ』
魔王様は愉快げに微笑んでいる。
黒の衣から放った負の力は立ち向かうものを選別し、それに耐えられない者はマーガレットのように魔王様と戦うか、力のない者は力を抜けさせられて、地べたに座り込むだけで反撃することもできなく、あとは魔王様が手掛けることを待つ死の身となる。
今の二ヵ国連合軍と農民軍たちのようにね。
「なにお座りになっていますの? 黒い女が一人だけそこにいますのよ?
サッサと立ち上がって戦いなさいな!」
イザベラが元気そうに農民軍のみんなに叱咤している。
いくら改良バージョンビキニアーマーを着込んでるとは言え、負の力にも飲み込まれないその鈍感さにいまさら感嘆せずにはいられないよ。
やっぱりイザベラは大物だよね。
ボクの最高のペットでご主人様として鼻が高いよ、イザベラ。
「やれえ! アールバッツっ!」
魔王様相手にちまちまとした戦いはいらない。
勇者のヌマダたちは歴代の召喚勇者の中でも、彼らだけが正解に辿りついたんだ。
そう、魔王様に一撃のみでいい。それで通用しないなら魔王様に勝てる見込みなんか初めからないんだから。
「――破邪あ!」
アールバッツは聖剣を構えて聖気を込めていく。
彼の後ろのほうで勇者組は同じようにアダマンタイトの剣に聖気を宿し、聖女組は攻撃倍増をそれぞれの担当勇者に向けて魔法を唱える。
賢者組は自分が持つ得意の最大攻撃魔法のために魔力を高め、戦士組は一斉にアガルシアスが彼らのために編み出した技に、剣気をアダマンタイトの剣に込める。
『ほう……最後の召喚勇者たちの技に似せたかえ?』
「はい。これで通用しないなら、人間たちに魔王様を倒す術はありませんから」
魔王様の問いにボクは肩を竦めてから答える。
だって、アールバッツたちが使っているこの技は、ボクが考え得る限り、人間の最大にして最強の合わせ技ですもの。
『それは楽しみだのう』
魔王様がボクに注意を向けることはない。
魔王様は全ての興味をアールバッツたち勇者のほうに向けているんだ。
アールバッツが技を放ったら、そのときが長く歪んだ世界の終わりとなる。
だからボクもそれに向けて準備をしなくちゃいけないんだ。
お疲れさまでした。




