説話13 元魔将軍は最高幹部に別れを告げる
魔王よりの追放令が出てからスルトの動きは早かった。自分の部屋に戻るなり、飾ってある金銀財宝はそのままにして、長年において彼に仕えてきたサキュバスの侍女さんに身の回りの物をまとめさせてから、その場でこの部屋を侍女さんのものとする宣言に侍女さんは驚いた。
魔王はスルトの物はスルトが所有すると命じてるので、魔王城にあるこの部屋はたとえスルトがいなくても、それはそのまま彼のものだがスルトはあっさりと放棄した。サキュバスの侍女さんにスルトは全ての魔法を教え込んであるため、この瞬間より侍女さんは序列こそ決まってないものの、魔王城の部屋持ちということでれっきとした魔王軍の幹部となった。
サキュバスの侍女さんはなにか言いたげであったが、スルトは面倒なことを嫌うことは誰よりも知っている。彼女は結局何も言わないまま、最上の礼でスルトを見送りしただけ。
「バカ者、なぜわれに相談せぬ」
魔王城の外で待つのはやはり不動の魔神と呼ばれたアガルシアスであった。昔からの仲間にスルトは爽やかな笑みを送った。
「魔王軍も世界最強になって随分と立つし、ボクもなんだか疲れちゃったよ。こんなことを頼む義理じゃないけど、魔王様をお願いね? あの人、寂しがり屋なんだから」
「……汝の願い、聞き届けた。魔王軍に帰りたいときは言うがいい、わが命をかけても叶えてみせよう」
昔からアガルシアスはこういう男だった。
太古の時代、魔王に仕える三人だけで今の魔王領を切り開いてきた。ここぞというときに一番頼りになるのはいつでもこのアガルシアスという男だ。
「気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう、ガルス。きみと共に刻を過ごせたことを誇りに思う。さらばだ」
「……さよならは言わぬ、いつか汝が戻ることを楽しみにしてるゆえにな。して、彼女に何という?」
アガルシアスが切り出したその彼女というのがスルトには誰のことかが思い当たらない。首を傾げるスルトを見て、呆れ顔でアガルシアスはスルトに答えを与えた。
「疾風迅雷の妖光将ナシアース・メリルだ、必ず汝のことを問われる。われはなんと答えればよい?」
「うわちゃあ、あいつかあ……面倒よな。できるだけ黙っててよ、その間にボクもなるべく遠くへ逃げるからさ」
今はここにいない戦友の一人。ヴァンパイアであるナシアース・メリルはなにかとスルトに突っかかってくるので、スルトは昔から彼女のことが大の苦手であった。肩を並べて戦う味方としては頼もしいことこの上ないのだけど、すでに魔王軍じゃないスルトとしては出来るだけ彼女と関わりを持ちたくない。
「どこへゆくつもりだ」
「人間の王国とか帝国とか見てみたかったんだ、昔からね。これを機に色々と回ってみようと思うんだ」
「人間の金はあるか?」
「へえ、心配してくれるんだ。ありがとうね、ガルス。大丈夫だよ、ボクの異空間にどれだけの物が入っていると思う? 魔王軍を養うのに数万年は困らないよ。それを魔王様はぜんーぶくれるって言うんだよ? 豪気よねえ」
「そうか、困ったことがあればいつでもくれた魔道具で知らせてくるがいい。すぐに駆けつける」
「はいよ。ありがとうね、ガルス。バイバイ」
片手を上げてからアガルシアスにスルトは手を振った。しばらくためらうそぶりをみせたアガルシアスもスルトの仕草を見習い、小さく手を振り返す。
それを満足そうに見てから、スルトは住み慣れた魔王城に背中を向け、魔王軍最高幹部のアガルシアスに見送られながら、あてもなく人間の領地のほうへ歩き出す。
お疲れさまでした。




