説話12 魔将軍は追放される
「アーウェ・スルト、いま一度そなたに問う。そなたは魔王軍をやめたいと申すのかえ? 翻意はできぬと申すのかえ?」
「はい。退職したいので退職金をください」
魔王はスルトの返事を聞いて、しばらくの間は厳しい視線で彼の顔を見つめていたが、なにか悟ったように深いため息をつくと、スルトのほうへ向かって大きく頷いた。
「アーウェ・スルトに問う。そのたいしょくきんとやらで、そなたはわらわからなにを欲するかを申してみよ」
「え?」
魔王に聞かれたスルトは驚いた顔できょろきょろと両手を組んだり、頭を掻いたりして挙動不審な動きに出た。
「考えていないのかえ?」
「あ、うん。ちょ、ちょっと待ってね。いま考えますので」
目を閉じたスルトは目頭を寄せてからうんうんと唸り出した。
これまで多大な功労を立ててきたスルトは魔王に褒賞を聞かれる度に、一日の休暇とか侍女の清掃道具とか、魔王の失笑を誘うような品しか求めていない。
さすがにそれは魔王軍の鼎を問われることなので、人間の金品や有名な武器や装備を与えてきたが、どれもスルトは面倒そうな顔で空間魔法を使って、異空間に放り込んで収納しただけだった。
魔法使いのスルトは武器や装備にはまったくと言っていいほど、こだわりを持ってない。こだわりが無いところか、戦いでスルトがなんらかの武器を使用したところは誰も見たことがない。そのくらい、スルトの魔法は強力で魔王軍の古株幹部たちにとっては頼もしい味方であった。
もっとも、勇者殺しとなってから、スルトは魔王軍の日常的な仕事からほぼ外されていた。
「ありました!」
「申せ」
魔王としてもスルトがなにを求めてくることについては興味津々である。長年、魔王に仕えてきたスルトの欲望を魔王は知りたいと思った。
「一度だけ。一度だけでいいですからボクの願いを叶えてください」
スルトが出した願いに魔王はスーっとその赤く光る眼を細めた。口元に冷笑ともとれる笑みを浮かべ、スルトのほうへ向かって魔王は口を開く。
「スルト。そなたはわらわを知っての願いと考えてよいのかえ?」
「はい、その通りです」
スルトから答えを得た魔王は微笑みをたたえ、スルトの退職金の申し入れを受け入れる。
「そなた、わらわに死ねと言えばわらわは死なねばならぬかのう」
「いやいやいや、それはもう魔王様のご無理のない範囲ということで」
魔王の笑えない冗談に当のスルトは汗をダラダラと流して懸命に弁解する。そんなスルトの様子は魔王から見てもとても可笑しそうに思えた。
「よい。そなたのたいしょくきんで報いるは、わらわに願いが一つを叶えて遣わすゆえ、いつでも申し出るがよい」
「ありがとうございます」
深々と魔王にお礼をするスルト。そんな彼を魔王は少しだけ寂しそうに眺めてから右手を上へあげていく。
「魔王軍の序列三位、通り名は地獄の水先案内人の魔将軍アーウェ・スルト。魔王であるわらわがこれから言いつけることをよく聞くがよい」
「はっはーっ!」
片膝を床につかせ、上半身を屈め、左手を胸の前にかざしてから頭を下げるスルトは、魔王に最上の礼を示して見せる。これは魔王がなんらかの重要な命令を下すときの儀式、魔王軍の幹部であれば、だれもが知っていることだ。
「魔将軍アーウェ・スルト、本日持ってそなたの位を解く。そなたが持つものはすべてはそなたのもの、しかる後この城よりとっとと出てゆくがよい」
「――!」
「スルト、お前は魔王軍から追放じゃ」
魔王軍に激震が走る。魔王軍の序列三位して最高の魔法使いであるアーウェ・スルト、魔王軍より追放。
お疲れさまでした。




