9 第一王子エドガー
「赤城! 民間人が紛れ込んでいるぞ!」黒ずくめの男が無線機に向って叫んだ。
『ふざけろよ手前! 民間人がこんなところにいる訳ねぇだろうが!』と通信相手の返事は取り付く島もない。
「くそっ! おい、オレから離れるなよ!」
男はゴーグルを外した。その意思の強そうな褐色の眼に射貫かれて、私の胸はドキッと大きく鼓動を打つ。
わわっ、目を見ただけでも判る……この人、めっちゃイケメンだ。
彼に見惚れていた私の目の前を、小さな金属の筒がコロコロと転がってきた。直後、プシューと音を立てて筒から白煙が噴出し、瞬く間に視界を白く染めていく。
パンパンッ!
銃声が二回木霊した。
「ひぃ!」
私は反射的に背中を丸めて亀のように縮こまる。
白煙が霧散していき、徐々に視界を取り戻した私の前に黒ずくめの男が倒れていた。
「え……」
彼のヘルメットは真っ赤に染まっている。
血? これって、まさか死――。
「あ? なんだお前? 動くな、両手を挙げろ」
新たな黒ずくめの男が銃を構えたまま近づいてくる。
「こ、ころさないで……」
声を震わせながら両手を挙げようとした直後、頭を撃たれて死んだはずの男がガバッと起き上がった。
「クソ赤城! だから民間人がいるって言っただろうがッ! 被弾して頭蓋骨が割れたらどうするんだ! 模擬弾つっても当たり所が悪けりゃ大怪我すんだぞ!」
「はあ? てめぇの無線が意味わかんねぇからいけないんだ。要領よく簡潔に説明しやがれ」
「あれ以上簡潔に要領よくできるかぁッ!? てめぇの頭に鉛玉ぶち込んでやろうか!?」
「俺はちゃんと見極めてお前を狙って撃った」
「ハッタリこいてんじゃねぇぞ!! 撃った後に民間人を認めたじゃねぇか!!」
「あ、あのぅ……」
言い争うふたりの間に割って入るように、私はおずおずと片手を挙げた。
「「あ?」」
男たちが同時に顔を向ける。
「わたし、民間人じゃありません……」
「「え?」」
「いちおう司令官なんです……ここの」
「「は?」」
黒ずくめのプロテクターに身を包んだ二人の男は同時に間の抜けた声を出した。
☆☆☆
こんこん――。
男子更衣室のドアが外側からノックされる。
「どうぞ」
「失礼します」
私が答えると背の高い男がドアを開けて入ってきた。スラッとしていてモデルのように容姿の整ったイケメンが私に微笑む。
その笑顔はエターナル・ヘリテイジに登場する第一王子エドガーに似ている。甘い匂いが漂ってきそうだ。
「サイズはいかがですか?」
「問題ありません。けど、少し大きいですね」と言って袖を捲る。
突然の銃撃戦に巻き込まれたあの後、私は黒ずくめの男たちに自分が新しく着任した司令官であることを説明した。
半信半疑の彼らに連れられて引き合わされたのが目の前のイケメンである。
更衣室まで案内してくれたイソギシと名乗るこの男は、特殊部隊の隊長さんだそうだ。
彼に着替えるようにと手渡されたのは、黒を基調とした制服だった。それはハリウッド映画に出てくるSWAT隊員の制服デザインに似ている。
「採寸はされなかったのですか?」
イソギシは言った。柔らかな物腰に緊張が溶けていく。
「急な異動だったもので……」
「ああ、前任者が突然出勤しなくなってしまいましたからね」
笑顔は素敵だけど、本当の表情を表に出さないクセ者の雰囲気を醸し出している。しれっと前任者が自己都合で出勤しなくなったみたいな言い草だ。その原因を作った一端はこの人たちにもあるのに。
しかし、なぜだろう……、イケメンに言われると無条件で味方になりたくなる。
と、とにかく油断してはならぬ……。
「オーダーメイドですから、新しい制服が届くまで一か月ほど掛かります」
「わかりました」
「白城司令は公安関係の部隊に所属していた経験は?」
「こ、今回が初めてです」
これは嘘ではない。
「そういえば履歴を拝見しましたが、生粋のキャリアのようですね」
「ええ、まあ……」
私の仮初めの履歴書か、はたしてどんな履歴なのだろう。あの上田という人が作ったのならゴリゴリのキャリア設定なはず。しかし自分の履歴を知らないなんてアイロニー。
「それでは着任式の前に〝きおつけ〟の姿勢と〝敬礼〟についてレクチャーします。これから部下から何度も敬礼を受けて返すことになります」
「おねがいします」
イソギシは私の正面に立った。私の身長は158センチメートル、対して目の前にいる彼は頭一つ分大きい。どうしても見上げる格好になってしまう。
「まず前を向いて自然に立ってみてください」
私は言われるがまま前を向いて直立した。
「顎はもう少しだけ下げた方がいいですね」
すると彼はおもむろに私の顎を優して摘み、クイッと四十度ほど上に傾けた。
あれ? 今たしか下げた方がいいって……
時が止まったかのように私と彼は、じっと互いの目を見つめ合う。
えっ……、これってまさか……。
そう、まさに顎クイである。




