66 始動10
『サンドパイパーから各員に通達、作戦終了。撤収作業に移行せよ』
タイチョーが隊員たちに下命する。
作戦は成功だ。
私はノートパソコンを閉じようとする自分の手が震えていることに気付く。
結果的に上手くいったけど、ガス濃度のコントロールなんて一歩間違えれば大参事だった。今になって最悪の事態が頭によぎる。
少女を救急隊に引き渡して指揮所に戻ってきた隊員たちが、それぞれの拳を当てて作戦の成功を讃え合う。普段はポーカーフェイスを崩さない善吉もさすがに安堵したようだった。仲間内にしか判らないくらいの微笑を浮かべていた。
「いやはや、司令はたいしたもんやなぁ、よくあんな作戦思い付いたわ」
開口一番に興梠さんが言った。
思い付いていなくってよ、勝手にソウヤが勘違いしただけですわ! なんて口が裂けても言えやしない。
「……いえ、みなさんのおかげです」
「なんやー、泣かせること言うやん」
「司令、ガスが抜けるまで捜査員の屋外待機を徹底させた方がいいんじゃないのか?」
「心配するな、まだ屋外待機が厳命されている」
善吉の問いにタイチョーが代わりに答えてくれた。
「ん? あれ……」
ソウヤがズボンのポケットに手を突っ込んで何かを探しはじめたのはそんなときだった。
「どうしましたか?」
私が尋ねるとソウヤは「いや、俺のスマホ……どこやったっけなぁ」と色んなポケットをまさぐり、「おかしいな……赤城、オレのスマホにちょっとワン切りしてくれないか?」と善吉に言う。
「あん? まったく……しょうがねぇな」
舌打ちした善吉はボヤきながら携帯電話を操作して耳に当てたその瞬間――、爆音!!! 衝撃波と共に窓ガラスが吹き飛んで炎が噴き上がる。
誰も彼もが呆然と煙が立ち昇る音楽室を見上げた。いったい何事かと言葉を失い、思考を停止させている。そんな中でいち早く真相に気付いたのはソウヤだった。
「あ、やべぇ。そういえば音楽室にスマホを置きっぱなしだった……」
彼のセリフに一同が青ざめる。みんなから遅れること数秒、真相にたどり着いた私の口角が引きつる。
それはなんてことのない当然の結果である。
音楽室に溜まっていたプロパンガスが徐々に拡散していき、爆発範囲に突入した。そのタイミングで音楽室に残置されたソウヤのスマホが善吉からの着信で通電し、ガスに引火して爆発した。それだけである。
「……ちょっと待てよ!? お、お前……この野郎、どうしてくれるんだ!」
赤城に胸ぐらを掴まれながらもソウヤは、黒こげになったであろう自分のスマホに対して敬礼した。
翌日の朝刊には、「新部隊、爆発の直前に少女を救出!!」の文字が一面を飾っていた。SCARは大爆発寸前で少女を救ったヒーローとして、ワイドショーで連日取り上げられ、その名は一躍世間に知れ渡ることになる――、なんてことはなかった。
SCARは正規運用までは非公式の部隊であり、警視庁の特殊部隊が活躍したことになっていたのだった。
※ここで一旦、第一部の完結とさせていただきます。




