64 始動8
音の発生源はソウヤが先ほど床に置いた可燃性ガス検知器だ。これは全ての準備が整ったという合図。間に合わなかったらどうしようと不安だったけど、待ち兼ねた福音の到来である。
思わず息をついていた。いつ爆発してもおかしくない状況を注視するのは、精神的にも体力的にもしんどいものがある。どっと肩の力が抜けていく感じがした。しかし、中にいるソウヤの疲労は私の比ではない。
彼が携行した可燃性ガス検知器は〝ある条件〟を満たすと鳴動するように設定されている。
これが私の考えた(ことになっている)作戦なのだ。
『なんだよ? なんだよこの音は!?』
取り乱す男はトリガーに指を掛けるようにライターのやすりの上に親指を置いた。
『この音か? お前をブン殴る準備が出来たって合図だ』
ソウヤは、ぽきぽきと首を鳴らしながら弧を描くように歩き出す。
『近づくな! 火を付けるぞ!』
男は叫ぶ。脅しではない。本気で火を付ける気だ。しかしソウヤは足を止めない。ある程度、男に近づいて教室の真ん中で立ち止まった彼は挑発するように両手を広げてみせた。
『一度言ってみたかったんだよな、「やれるもんならやってみろ」ってな』
『うわぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!』
発狂し、絶叫を上げた男の親指がライターのやすりを弾いた。シュッと鳴いた百円ライターは百円としては十分すぎる立派な火が灯る。それだけだ。何も起こらない。しん、と静まり返る。
『なんでだよっ!? なんで爆発しない!』
何度も弾くが爆発しない。男は手当たり次第にプロパンボンベのそくし弁を開き始めた。ガスの量が足りないと思っているのだ。
『無駄だ。それじゃあ逆効果だな』
『……え?』
男は両目を見開いた。ソウヤのカメラを通して私と男の目が合う。
『この音はUEL、つまり爆発上限界を超えた音だ』




