63 始動7
ソウヤのメガネに内蔵されたカメラが善吉の姿を捉えると、彼は小さく頷いた。その眼は「いつでも突入できる」と言っている。
でも、まだタイチョーたちの工作は完了していない。もう少し時間を稼ぐ必要がある。会話を伸ばして男の注意を引かなければならない。
『一つ、よろしいですか?』
慎重に踵を返したソウヤは窓ガラスを背にした。
『……なんだ?』
『飛び降りる前に爆発しては困るので、ライターを床に置いてもらえますか?』
『ダメだ。ライターは離さない』
『ではガスを止めてもらえますか?』
『それもダメだ』
『なるほど……。あー、えっと、その、しかしなんですね、教職員でもAIUに入ることができるのですねー』
会話のネタが尽きて彼の口調があからさまな棒読みになる。
『当たり前だろ。AIUは誰でもなれる、どこにでもいる。教師だって会社員だって、自衛隊員だろうと警察官だろうとな! 僕の仲間はどこにでもいるんだ! 何食わぬ顔で社会に溶け込み、冥府へ還るその時を待っている! きっとお前らの中にも僕らの仲間は潜んでいるぞ! 恐怖しろ! 怯えろ! ひゃはははっ!』
男は腹を抱えて爆笑した。おクスリが回っているようだ。
そして、おそらくもう少しのはず……。もうすこしだけ時間を稼ぐ必要がある。
『あー、えーと、それから、もしもAIUのボスがあなたの望むような人物ではなかったとしましたら、あなた様におかれましては一体どうするおつもりなのでしょうか?』
『そんなはずがないじゃないか! 絶対に最高に決まっている!』
唾を飛ばしながら男は握りしめたライターを突き出してきた。
『隊員さんよぉ……、お前さっきから五月蠅いんだよ。お前は早く死ねばいいんだ! ノロノロやるなよウスノロ! 早く死んでくれよ!』
ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ――。
電子音が鳴り響いたのは、男がライターのヤスリに指を掛けた正にそのタイミングだった。




