61 始動5
右手に百円ライターを握る男の背後には、大量のカセットボンベと二十四リッターのプロパンボンベが並べられていた。全て企業ロゴが前面になるよう几帳面に並べられている。ボンベはざっと数えて二十本。
『そこで止まれよ。それ以上は近づくなよ、絶対にそれ以上は近づくなよ』
男はライターを付き出してソウヤをけん制してきた。
『いいか……、よく聴け。お前は僕に逆らうな』
微妙に舌が回っていない。やはり何らかの薬物を使用している可能性が高い。
『もちろんです』
『その腰にぶら下がる機械はなんだ?』
男はソウヤの腰にベルトで固定されたテレビリモコンほどの機械を指さす。
『これは、ただのガス濃度を測定する機械です』
嘘じゃない。本当にただの可燃性ガス検知器だ。
『信用できないな……、外して床に置け。ポケットに入っている物もすべて一緒に置け』
男の要求に素直に応じてベルトからガス検知器を外した。ポケットのスマホと一緒に床に置く。
『僕はAIUのメンバーだ。ボスの命令でここにいる』
その名を聞いてもモニタリングされたソウヤの心拍に大きな変化はない。彼は落ち着いている。
被疑者がテロ組織と関わりがある可能性は想定の範囲内だった。ただ、直系の部下だという情報は俄かに信じがたい。なぜならAIUに上下関係は存在しないと資料に書いてあった。しかし男の言っていることが本当だとすれば、SCARはさっそくテロリスト共の標的になったことを意味している。
『質問があります。我々を呼んだ理由は?』
『お前、バカか? 簡単なだろぉがよ? お前らに賞金が掛かっているんだよ、一人殺せば三千万もらえるんだぜ……』
『へぇ、三千万ですか』ソウヤは静かに言った。
『だからよ、お前らを一人ずつここに呼んで殺せばミッションコンプリートだ。簡単なお仕事だろ?』
『それでは彼女のなんのためにここへ?』
『僕らは愛し合っているんだ。とてもね、誰よりもね、これからもずっとね。ふふふ、ふひ、ふひひっ……いひひひっ」
男が引き攣った笑い声を上げる。少女の嗚咽がひと際大きくなった。




