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60 始動4

『はじめまして、特殊テロ対応救難隊の内村という者です。入ってもよろしいですか?』


 ソウヤは言った。この場面ではあまりふさわしくないセリフを落ち着いた声で、他人行儀に、そして機械的に。


 しばらくしてから、「武器があるなら全部そこに置いてから入ってこい」とくぐもった声で返事があった。


『武器は持っていません』

『……ドアを全開にするな。入ったらすぐに閉めろ。いいな、すぐにだからな』


 彼は言われたとおりにドアを三分の一だけ開き、体を滑り込ますようにして音楽室に入った。同時に最小限の動きで部屋の全体を見回す。私は彼のカメラが捉えた周囲の状況を確認していく。


 分厚いカーテンで日差しが閉ざされた室内は薄暗い。椅子や机はバリケードのつもりなのか、窓側に全部寄せられていた。


 お決まりのベートーベンやモーツァルトといった歴史的な音楽家の肖像画が壁に飾られ、グランドピアノが教壇の右側に配置されている。そしてピアノ椅子に少女が座らされていた。 

 目と口をタオルで塞がれ、手首は後ろ手に縛られ、足は椅子の脚にロープで拘束されている。


 恐怖で震え、小さく嗚咽を漏らす少女の隣に男が立っていた。

背は高く、痩せている。外見は三十代後半くらいで、髪をワックスで整え、仕立てたばかりの真新しいフォーマルスーツを着ている。


 窓から顔をのぞかせたときの神経質そうなギョロギョロした眼とは異なり、今はぼんやりと虚ろで、いまいち焦点が合っていないように思える。


 警察から得た情報によると男の名前は和田河原騎士、三十六歳。人質になっている女生徒の担任だった。半年前に覚せい剤取締法違反で、執行猶予の付いた有罪判決を受けて懲戒免職になったそうだ。


 くすんでとろんとした虚ろな眼から、今も薬物を使用していることがうかがえる。




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