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6 本来の職場

 本来の職場に戻った私は来週の日替わりランチの献立を考えながら、参事官から打診された転職について平行して考えていた。


 給与面については非常に魅力的だ。キャリアが年収でいくらもらっているか正確には知らないけれど、現在よりも格段にアップするはず。

 しかし、どう考えても怪しい。

 キャリア組と同じ待遇で任期満了したら正規公務員になれるって?


 はん……そんな馬鹿な……。試験も受けずに係長になるなんて今まで聞いたこともない。うまい話には裏があるに決まっている。


 でも公務員がそんな嘘を付くだろうか? 天下の中央省庁の役人が根も葉もないデタラメを言うだろうか?

 いやいや、だからこそだ。官僚なんて政治家と一緒、都合が悪くなれば「記憶にございませーん」って言い出すに違いない。所詮しょせんは口約束、しっかりと書面で出してもらわないと話にならぬ。


 仮にこの話が本当だとしたら、鉄の規則を捻じ曲げて餌をチラつかせないと誰もやりたがらない超絶ブラックな職場なのだ。

 うん、やっぱり断ろう。話が美味しすぎる。怪し過ぎる。これは詐欺だ。国家権力を悪用した公務詐欺である。


 ま、断るのは来週でいいかな。すぐに断っても感じ悪いし、いちおう悩みましたってポーズは必要だよね。社会人として。



 ――それから一週間が経った。


「うわ、わたしの請求書、えぐすぎぃ……」


 その月のカード利用明細書の数字は史上最高額を叩き出していた。


「え……、ちょっと待って。こんなに使った……?」


 家賃、光熱費、通信費の固定費以外にゲーム課金だったり、推しのグッズ購入だったり、細々とした買い物が積み重なって給料のほとんどが飛んでしまっている。


「あー……、使った。使ったね使ったわ。しゃーない、こりゃ食費を切り詰めるしかないかな」

 

 もやし~もやし~、ともやしの歌を口ずさんでいたときだった。ピロリンとスマホが鳴り、さっそく着信したメールを開くと、


『チッケトをご用意しました。ダウンロードは――』


 そう文章は始まっていた。


 ドームライブの抽選結果が出るのはまだ先だったはず。じゃあこれは――。


「えぅっ!?」


 数か月前に横浜アリーナのライブも申し込んでいたことを私は思い出す。その抽選結果発表が今日だった。

 

「うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁっ!!? あ、当たった……。絶対当たらないと思っていたのに……。ライブに行ける! スーパーデューパーに会える!!」


 宿泊費や交通費の心配がいらない首都圏のライブは私にとって是が非でもゲットしたいプレミアムチケットだ。

 押しのためにライブに行くか行かないか、オタクの選択肢は常に一択である。

 

 たとえ天地が割れてもいくのだっ!


 でもお金がない。貯金はカードの支払いで飛んじゃう! 来月は同級生の結婚式があったり色々と入用だ。親から借りる? ダメ、先月借りたばかりだから返さないと貸してくれない。じゃあアルバイト? 今の勤務体系じゃとても無理! それにアルバイトがバレたら懲戒処分になる! 集めたコレクションを売るなんてもってのほか! 


 万策尽きた!?


 否いなイナッ! 方法はある。むしろそうしなければライブにはいけない。

 まさに渡りに船、蜘蛛の糸、もしくは悪魔との契約……。しかし推しのためなら悪魔だって魂を差し出そう。


 そうよ、やればできるわ千鳥。あなたならできる。仕事内容が伏せられているといっても所詮しょせんは公務員としての仕事だもん。闇金に手を出すより遥かにまし。遊郭に売られたり、命を奪われたり、取って食べられることもない。キャリアと同待遇や正規への転用の件は、口約束じゃなくてメールでやりとりすれば証拠が残る!

 

 ――法律が、国家がわたしを守ってくれる!


 思い立ったが吉日、私はスマホを操作してAランチの人事係長にメールを送った。


『先日の件、お引き受けいたします』


 

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