2 『余裕だ、このカラ助が……』
『余裕だ、このカラ助が……』
ロギに続いてカメラ3、赤城善吉が吐き捨てるように言った。
赤城は烏丸と歳が近く、こちらの意図とは関係なくなんの因果かバディーを組むことが多く、初めて会ったときの互いの印象は『クソ野郎』だったらしい。とにかくお互いに互いを気に食わず反りが合わない、その点に限り気が合っていると言える。そんな赤城隊員の前職は警察官であり、あのSATに所属していたという経歴を持つ。
俺様系で性格も捻じ曲がっている最低男だが、実は尽くしてくれるかもしれないそんな感じの、もれなくイケメンだ。
『僕もマネキンなら十回に一度は当たるようになってきたよ』
次に烏丸のカメラが捉えたのは後方で待機する男、緊張感のない声は陣野継巳、本職は救命救急医、つまり医師免許を持った現役の医者だ。誰に対しても分け隔てなく接する人格者であり、研修中の座学スコアは常にトップ、射撃などの実科訓練においても抜群のセンスを発揮している。
その容姿は一見して十代に見間違えてしまうほどの中性的な顔立ちで、ほわほわしているクセに実はドSだったりする、もれなくイケメンである。
『はいはい、分かりましたよ』
烏丸隊員のげんなりした声に、両手を軽く上げてお手上げのポーズを取る姿が目に浮かぶ。
――少々、緊張感が足りないようですね。
深く息を付いた後、千鳥はインカムのプレストークを押した。
「無駄口を叩いてないで任務を遂行してください」
瞬間、凍り付いたように隊員たちの会話が止まり、辺りは静まり返ったが――、
『そんじゃ、王女様がお怒りになる前に終わせるとしますか』烏丸が言った。
『よし、クロウとイーグルは七番スクリーン、スラッシュとホークは十二番スクリーンを検索しろ』
一同のカメラが、かくんと縦に小さく揺れ、タイチョーの指示に答える。
スワン、スパロー、クロウ、イーグル、スラッシュ、ホークはSCAR専用無線で使用される呼称名だ。メンバー全員が鳥の名前で統一されているのは、特に深い理由はない。各員の呼称名を決めるときに烏丸が、『クロウ』じゃなくて『レイブン』にしてほしいと進言してきたが、発音しにくいという理由で却下されたそうだ。
タイチョーが進行方向に向かって手刀を振り下ろし、隊員たちは丁字の通路を二手に分かれて走り出した。
カメラ4、烏丸隊員に先行して前を進むのは、イーグルこと赤城善吉だ。赤城は主にテロリストとの戦闘を担当し、烏丸は化学剤検知器による環境測定と背後を警戒する。
千鳥は隊員たちの活動をより鮮明に観察するため、ディスプレイ上の画像を切り替え、カメラ1とカメラ4の二画面を選択する。ディスプレイは中央で右と左に分断された。
とりわけ右の画面、烏丸隊員の画面を注視する。
七番スクリーンの扉に背中を預けた赤城が、分厚い防音扉を押して五センチ程度の隙間を作ると、烏丸はその隙間にすかさずハンディクリーナーのような検知器の鼻っ柱を突っ込んだ。一、二、三、四――と小声でカウントしていき、十を数える前に検知結果をカメラが捉える。
《識別コードG79、カプシノイド》
カプシノイドは熊撃退スプレーに含まれるカプサイシンと同じような物質で即死するような剤ではない。ただ、出入口付近で検出されたことから劇場全体を満たすほどの高濃度であると推測できる。
赤城と目配せして頷いた烏丸は、扉を一気に開け放って進入を開始。モニタリングされる彼の心拍数が上昇するにつれてR値、呼吸が早くなっていく。
しかしいくらも経たずに全ての数値が平常値に戻り、再び落ち着きを取り戻した。
さすが東京消防庁の特別救助隊員だった烏丸疾風だ。生死の際を何度も乗り越えてきた彼ならば分泌されるアドレナリンを抑え、冷静さを保つ心身の制御など雑作もないことだろう。
烏丸の小さな鼻歌を通信用マイクが拾う。これは彼が自分自身を落ち着かせるためのルーティンである。こんな可愛らしいクセがあるなんて、第一印象がクールで強面の彼からは想像できなかった。
しかも、今回はWeb上で結成されたアイドルユニット、スーパーデューパーのデビュー曲『8色レインボー』だ。
意外というか、まさか私のツボを抑えているのではと思えてならない――、と千鳥は思った。
スロープを下りきった赤城がサブマシンガンを構えたままスクリーンの手前で踵を返した。烏丸もハンドガンを構え、赤城の死角となるスクリーン側を警戒する。
カラメ4が上映中の映画を捉える。ちょうどクライマックスのシーンに差し掛かるところだ。夕日の教室で高校生の男女が見つめ合うシーンは見覚えがある。同僚に無理やり拉致されて観たくもないのに観させられた恋愛映画だ。




