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19 お約束なんて大嫌い!4

 私と善吉は肩を寄せ合い、流し台の前で並んで食器を洗っている。私が洗って彼が流すという流れ作業だ。

 ここまで無言、何も言わなくても連携が取れているのが逆にすごい。


「おい、あれはどういうことだ?」


 やっぱりスルーしてくれないよね……。やばいよ、いきなりバレそうだよ。どうしよう……。


「な、なんのことかしら?」

「ふざけるなよ!」


 突然、善吉が体の向きを変えた顔を近づけてきた。


 わわわっ!? 顔が近い近い近いッ!


 スポンジを持ったまま逃げるように後退りする私を善吉は追ってくる。壁まで追い込まれたところで伝家の宝刀、壁ドンだ。

 相手は性格が悪くともイケメンだ。こんなシチュエーションをどれだけ思い描き憧れたことか。

 キュッと握りしめたスポンジから泡が溢れて床に滴り落ちていく。


「お前は食堂で働く栄養士なのか?」

「ち、違います」と否定して目を逸らした。


「俺は警察官だ。目を見れば嘘を見抜ける。質問に目を逸らす奴は、やましい事があるか嘘を付いているかのどちらかだ」


「……」


 こうなったら黙秘権の行使だ。


「今からお前の実家に連絡して聞き出すことだって出来るんだぞ。連絡先ならうちの母親が知っているだろうからな」


「う、うぅ……。はい、その通りです……私がやりました……」


 私は観念して自供した。

 彼ならやりかねない。そしてうちの親ならペラペラしゃべてしまうだろう。まさか、たった一日でバレてしまうとは……。

 キャリア組と同等の給料も、任期満了後の正規公務員待遇も諦めるしかない。ああ、さよなら私のリッチな生活、推しのグッズに囲まれながら乙女ゲーをやりたいだけの人生だった……。


「官庁のキャリアじゃないんだな?」


「ご期待に沿えなく悪かったわね……」


「なんで栄養士のお前が司令官に選ばれた?」


「頼まれたのよ。一年間、司令官のフリをすればもっと良い条件で採用し直すからって……」


「誰に依頼された?」


「厚生労働省の参事官と部下の上田」


「ふざけやがってあいつら……。自分たちの手に負えないからって、こんな一般人の権限も責任も経験もないド素人を送り込みやがったのか」


 彼が怒るのも当然だ。るっていたのが指揮ではなくフライパンなんだから……、あれ? 今なんか上手いこと言った?


「文字通り、ただの〝かかし〟かよ」


 言い方がムカつくけど事実だから言い返せない。


「クレームなら無能で役に立たない素人のこんな私を送り込んだ厚労省にどうぞしてください」

 

 もはやどうにでもなれだ。肉なり焼くなり好きにしろー!!


「……いや、このままでいい」


 善吉はくつくつと笑う。なにやら良からぬことを考えている、そんな顔をしている。


「へ?」


「無職にはなりたくないだろ? あんたはそのまま司令官のフリを続けろ、他の連中にも黙っておいてやる」


「ど、どうして?」


「騙されたフリをして上層部の連中を逆に騙してやるんだ。正直言って無駄に威張り散らすばかりの無能なキャリアより、あんたみたいな何も知らないド素人の方が都合がいい。俺は俺の好きにやらせてもらうぜ」


 こんな一匹狼みたいなセリフも様になっているのが腹立たしい。


「とにかく、これであんたは俺の言いなりって訳だ。バラされたくなかったら言うことを聞け」


「え……」


 はたして私は彼に煮て焼かれてしまうのでしょうか――。




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