16 お約束なんて大嫌い!
瞬く間に人気者になっていった彼らのメジャーデビューが決まり、ついにそのご尊顔をご覧になれると期待に胸膨らませていたとき、推しのソウヤがグループから脱退した。
当時、ど田舎の高校生だった私はショック過ぎて、しばらく立ち直れなかったのを今でも覚えている。
インターネットではメンバーの不仲説やソウヤがブサメンだからメジャーデビューに合わせてグループから追放されたなど様々な噂が囁かれた。
私は例えソウヤがブサメンだったとしても担当を辞めるつもりなんて毛頭なかったし、長い付き合いならメンバーの仲がこじれることだって当然あると思う。
きっとソウヤには他に目指す目標ができたのだ。そうであるならば担当の私が彼の背中を押さずして誰が推す。笑顔で送り出す、それが担当のあるべき姿ではないか。
ソウヤは卒業してしまったけど、スーパーデューパーは私にとって掛け替えのない拠り所には変わりない。
だから私はグループ自体を推すことに決めた。
翌朝、夢から覚めた私は中学時代から愛用しているジャージに着替えた。
自宅用のダサい眼鏡を掛けて、髪を後ろで束ねたら引きこもりモードの完成だ。
といっても今日は仕事なので出勤までには着替えてメイクをしなければならない。
その前に朝食の手伝いくらいしないと、本物の穀潰しになってしまう。そのための引きこもりモードである。
階段を降りていくと香しい匂いが漂ってきた。台所を覗いた私の目に、フライパンを振るうエプロンを付けた若い男の人の姿が映る。
「えっ?」
あれ? 息子さんかな? でも独立したんじゃ……。
「よう、あんたが居候人か」
振り返った男の顔を見た私は言葉を失った。彼も目を剥いて私を見つめて固まっている。
「あっ……」
――赤城善吉ッ!?
「お、お前はッ!?」
固まる私たちの間で、味噌汁の鍋がグツグツと煮えている。
しばらく固まったまま互いを見つめ合っていたが、先に口火を切ったのは私の方だった。
「どうしてあなたがここにいるの!」
「それはこっちのセリフだ! ここは俺の家だぞ!」
「ええっ! でもここは水上さんの家でしょ!?」
「水上は母親の旧姓だ!」
旧姓!?
「でもでも! 息子も娘も独立したって!」
形のいい眉を歪ませた赤城が嘆息する。
「ったく、それいつの話だ。俺は今の所属に配属されるのに合わせて実家に戻って来てんだ、通勤が楽だからな」
「え……」
どういうこと? さすがに昨日女将さんと電話でやりとりした母が知らなかったとは考えづらい。これはまさか……、親同士にハメられたんじゃ!?
「てかなんだその格好? 完全にイモだな……。けど昨日より、そっちの方があんたにはお似合いだぜ」
赤城の小馬鹿にしたような視線が私のつま先から顔へと移動していく。
「ほっといてよ! これが一番リラックスできるんだからね! あなただって威張ってるクセにそんな可愛いエプロンしちゃって、ぷぷぷーっ!」
プークスクスとキャラ物のファンシーなエプロンを指さすと、我に帰った赤城の顔が真っ赤に染まっていく。
「て、てめぇ!」
「あらまあ~、もう仲良くなっちゃったの?」
罵り合う私たちのところにお腹を空かせた水上夫妻、もといお腹を空かせた赤城夫妻が現れた。




