15 推し
「あの……、これって……」
私は私の近くでお湯に浸かっている中年女性に話しかけてみた。
「ああ、彼? 週に何度か来ては今みたいに歌声を披露していくのよ。銭湯で歌うなんてマナー違反だけど、この時間は五月蠅いことをいう人もいないし自然と聞き行っちゃうのよね、彼の歌……」
そう言って天井を見上げた中年女性は眼をとろんとさせた。
私は確信する。
――すべての女性を虜にしてしまう力強くも透明感のある魔性の歌声はあのソウヤで間違いない!!
居ても立っても居られず私は湯船から飛び出した。そのまま脱衣所に出ようとしたところで、中年女性から「体を拭いてから出なさいな!」とお小言を頂いてしまう。
私は大急ぎで小さな手ぬぐいで体と髪を拭いた。こんなにも自分の髪の毛が疎ましいと思ったのは初めてだ。
全身を拭いてやっとこさ脱衣所に出た私は、バスタオルを体に巻き付けて番頭に向う。
「あ、あの! 男湯の方から歌が聞こえてきたんですけど、あれって……」
息を切らす私に番頭の女将さんは微笑んだ。
「なかなか良い歌声だったでしょ?」
「いえ、そういうことじゃなくて――」
そのとき、レトロな黒電話のレトロな着信音を鳴り響く。
「あ、玄関は裏手だから、部屋は二階の右奥の部屋を使ってね!」と言って女将さんは黒電話の受話器を上げたのだった。
言われた通り、銭湯の裏手に回ると住家と繋がっていて玄関があった。
「お邪魔します」と一応ながら挨拶した私は靴を脱いで揃えた。階段を上がり、二階右奥にある部屋のドアを開ける。
六畳の和室だった。和室だけどベッドがあって学習机がある。棚には独立して家を出たという娘が残していったと思われる陸上大会で入賞したときの賞状やトロフィー、ぬいぐるみが飾られていた。部屋自体は使われていなくてもキレイに清掃されている。
私は誘われるようにベッドに倒れ込んで大きく深呼吸した。干したばかりの布団の匂いがする。
「……はあ……ありがたい……」
ここからなら通勤圏内だし駅も近い。しかも家賃はゼロ、光熱費と食費だけ納めればオーケーだと母は言っていた。お母さま様々である。もう一生頭が上がらない。
ベッドでウトウトしてそのまま深い眠りに付いていた私はその夜、スーパーデューパーの夢を見ていた。
たぶんソウヤの歌声を聞いた影響だと思う。今考えれば男湯の外で待っていれば良かった。ホントにソウヤ本人かどうか確かめることができたのだ。
あのときに私にはそこまで考えている余裕はなかった。
エンターテイメントユニット・スーパーデューパーは私の大部分を占めているといっても過言ではない。
肉じゃがのレシピで例えるなら肉とジャガイモなのだ。本筋とは全く関係ないが肉じゃがの肉は、豚肉か牛肉かで言えば私は豚肉派である。
話を戻そう。
動画サイトから生まれた彼らは、地元の仲間たちが集まって結成したグループで当時は顔出しはしていなかった。
歌ってみたから始まり、自分たちで歌を作って歌ったり、ゲームの実況配信をしたり、等身大の若者が織りなす無邪気なやりとりに再生回数はぐんぐんと伸びていった。
私は結成当時からのファンで、特に明るくて前向きでちょっと天然なソウヤが大好きであり担当であり、推しだった。




