表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/66

14 ネットカフェ

 ネットカフェ、現代人のオアシスにして弱者のシェルターである。

 ここならリクライニングチェアがベッド代わりになるし、シャワールームもトイレも完備されている。生活には困らないが、ずっと住む訳にはいかない。


 明日は仕事だけど明後日は土曜日だ。最悪でも次の土日で住む家を探さなければならない。


 実家は秋田だから無理だし、ホテル暮らしなど論外、駅まで徒歩圏内の物件となると人気が高くて運よく空いていたとしても家賃が高い。

 私は浪費家貧乏ではあるが故に家賃は可能な限り抑えたい。


 オンボロだったけど駅近で手ごろなアパートだったんだけどな……あそこ。

 

 少ない友達を頼るほかないかぁ……――、リクライニングチェアを倒した私はそのまま寝てしまっていた。




 携帯電話が鳴る音で覚めた私は、なぜ自分がネットカフェにいるのかを思い出す。時計を見ると午後十時を回っていた。

 

 着信は母からだ。通話マークを押下する。


「千鳥!? あなた、いまどこにいるの!?」

「……ネットカフェだけど」

「アパートが火事になったって聞いたから心配したのよ!」

「なんでお母さんが知ってるの?」


「ニュースを見ていたお父さんが『千鳥の住むアパートが燃えてる!』って騒ぎだして……、そんなことより体は大丈夫なの? 怪我はしてない?」


「大丈夫、火事になったとき家にいなかったから」

「ああ良かった……、何度も電話したのにあなた全然電話に出ないから心配したのよ!」

「うん、ごめん……ちょっと疲れて寝てたから、まだ頭の中で整理できなくて……」


 私の返事に母は息を付いた。


「住むところはどうするの?」

「ううん、まだ決まってない」

「そう思って、あなたの代わりに大急ぎで探してあげてたわよ」

「ホントに!? 激安物件!?」


「私の学生時代の友人が横浜に住んでてね、事情を話したら息子さんも娘さんも独立して家を出て部屋が余っているから何日だって居てもいいって言ってくれてね」


「それはありがいたけど……、申し訳ないよ」

「なに言ってるの! 緊急事態なんだから遠慮している場合じゃないでしょ?」

「う……ん」


「住所教えるから今日中に挨拶に行きなさい。わかった?」

「ありがとう。お母さん……」



◇◇◇



 教えられた駅を降りて徒歩で十五分。母の旧友、水上翔子さんが営む銭湯はすぐに見つけることができた。

 商店街の一角にある歴史を感じさせる昔ながらの銭湯である。


「こんばんは……」


『えびす湯』と書かれた暖簾のれんをくぐると、番頭には母と同年代のおばさんが座っていた。


「あら? ひょっとして八重ちゃんの娘さん!?」


 彼女は私の顔を一目見てそう言った。


「はい、白城千鳥と申します」


「あらまー、八重ちゃんの若い頃にそっくりだからすぐに分かったわ。話は聞いているわよ、大変だったわね」


「突然のことでご迷惑をお掛けします」


 手を揃えて頭を上げる私に、女将さんはかぶりを振った。


「全然気にしないでいいのよ、歓迎するわ。自分の家だと思って構わいから。ささ、疲れでしょ? 燻ったような匂いが付いちゃってるからお風呂に入っていきなさい」


「あ、ありがとうございます」


 女将さんの勢いに流れるまま私は靴を脱いで銭湯の下駄箱に入れた。



 煙くさい髪と体を洗って大きな湯船に浸かる。

 女湯のお客さんは私を入れて三人だけだった。見るからに常連っぽい中年女性と金髪の若い外国人がいる。


 私は目を閉じた。スーツケースを持って歩いてきたから足がパンパンだ。調理は力仕事だけど、どちらかといえば使うのは上半身だ。なれない運動はするものじゃない。


 ああ、癒されるぅぅ……。湯船に浸かるのなんて何年ぶりだろう。家では水道代とガス代をケチって浴槽にお湯を張ったことはない。

 もう少しぬるければ丁度いいんだけど、水を入れたら常連さんに叱られてしまいそうだ。

 

 そのときだった。


「……ん?」


 歌だ。歌声が聞こえる。壁を隔てた男湯からだ。若い男の人が歌っている。

 私にはその歌に聞き覚えがあった。ちょっと前に流行ったボカロの楽曲だ。

 

 ……え? 嘘……この声……似ている……? まさか本物?? いやいやいや、あり得ない……。あのスーパーデューパーのソウヤがこんな場所にいるなんて……。いるはずがない……。だって彼は……。けれど、けれどけれどけれどぉッ!! 私がソウヤの声を聞き間違うはずがない!!


 一曲歌い終えると歌声は聞こえなくなった。男湯の方からまばらな拍手が聞こえてくる。

 そして示し合わせたかのように女湯にいる中年女性も、外国人の女性も拍手を送っていた。


 い、一体何者??


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ