11 私が求めている
タイチョーに案内された司令官室は大企業の社長室かと見まがうほど立派なものであった。
あの厚労省参事官の部屋よりも立派だ。ゆったり幅のあるデスクにプレジデントチェアー、大理石を使用したローテーブルに本革のソファが整然と配置されている。
役所ってこういう無駄なところにお金掛けるんだなぁ……、だから嫌われるんだぞぅ。
馬鹿みたいに口を開けて呆気に取られる私に、タイチョーは「白城司令、お疲れ様でした」と声を掛けてきた。
「この部隊は隊長を含めて三人しかいないのですか?」
質問した私は「しまった」と思った。そんなことくらいキャリアなら当然知っているべきだ。いや、キャリアだからこそ“そんなこと”知らないはず。あの上田ならきっとそうだ。
「いえ、あと二名おります。彼らはそれぞれ会議や研修に出席していますのでこちらにはいません。また後日、挨拶いたします」
「了解しました。あの、それで……、こんなことを言うのも恥ずかしいのですが、わたしは何をすれば……」
何しに来たとツッコまれそうだけど、私は意を決して訊いてみる。
「何もする必要はありません」とタイチョーは答える。
「え?」
「本日は身辺整理して帰っていただいて構いません。それでは失礼します」
「は、はあ……」
にこりと微笑んでイソギシは司令官室から出て行ってしまった。
しん、と静まり返る司令官のお部屋。
「身辺整理っていってもねぇ、そもそも荷物なんてないし……」
なにもする必要はない、上田と同じことを言われてしまった。
彼は気付いているのだ、〝私がお飾り〟であることに――。
本当になにもしなくていいのか不安になってくる。考えようによってはすごくホワイトな職場だ。
私は改めて部屋を見渡した。机に椅子にパソコンにエアコン、小型の冷蔵庫、必要な物は一式揃っている。ただ地下なので窓がない。窓がないと言うことは太陽の光が届かない。なんだか閉じ込められたみたいだ。
気を取り直した私は、とりあえず高級感溢れるプレジデントチェアーに座ってみることした。
「おお……」
ふかふか。
体が椅子全体に包み込まれるように収まっていく。なんとも高級品のある手触り。脚を組んでみれば途端に偉くなった気分になってくる。
「こういうアイテムが閣僚や官僚たちを勘違いさせてしまうのか……」
そう、ひとりごちて頭をもたげ、椅子の背もたれに預けていた背中を跳ね上げた私は、上田から受け取った分厚いバインダーを開いてみた。
1ページ目を開いて早くも脳が拒絶反応を示す音がした。びっしりと文字の海が広がっている。
《NBC兵器の歴史とSCAR発足までの経緯について》
タイトルから見て堅い。本題から入ればいいのに、まず成り立ちや歴史から入るところが如何にも役人が作った資料である。
『NBC兵器の中でも化学兵器の歴史はとりわけ古く、紀元前一〇〇〇年の中国で砒素が使用された記録から始まり、紀元前六〇〇年にアッシリア軍が――』
「う……、眠くなる系だこれ。とりあえず障りだけ読んでみるかね」
次のページを開く。
『NBCとはニュークリア(核)、バイオロジカル(生物兵器)、ケミカル(化学剤)のアクロニム(略称)であり、これをさらに発展させたのがCBRNEがある。すなわちNBCにレディオロジカル(放射性物質)とエクスプローシブ(爆発物)を加えたものであり、どちらも災害とテロの両方に用いられるが、最近ではNBCを使わずCBRNEに統一される傾向にある。テロ犯罪手段の多様化によって公安機関がより包括的に対応しなければいけなくなってきたからだ。
CBNREがNBCに取って代わったように物事には順序があり、CBRNEに特化した対テロ即応部隊としてSCARが発足したのにも理由がある』
数行ほど読み飛ばす。
『問題が発生してから対応する法律ができるように、ダッカ日航機ハイジャック事件を契機にSATが設立されたように、SCARが設立される契機となった事件があった』
さらに次のページを飛ばして、数ページ先を開く。
『――日本のテロ対応部隊といえば警察のSATやSITを始め、海保のSST、陸自の特殊作戦群に海自のSBUといった精鋭部隊がある。彼らはハイジャックや立てこもり事件を解決に導くスペシャリストである。だが、彼らにも踏み込めない領域が存在する。
それはホットゾーンと呼ばれる毒ガスなどの危険物質の影響下、または疑いのある汚染区域だ。その死地とも呼べる場所で活動するのが、今回新設される特殊テロ対応救難隊、通称SCARである――』
「うん、やっぱり読んでもよく分からないわ」
とにかく私がいてはいけない場所ってことは分かった。ここは噓偽りなく特殊部隊の基地だ。しかもテロに特化した部隊ときている。けれど救難隊ってのがちょっと良く分からない。攻撃する部隊じゃないってこと?
こんなところで一年間もやっていけるのか不安しかない。
冒頭で資料の熟読は放棄した私はパラパラと捲っていく。とりあえず取っ付きやすい絵や図から頭に入れていく作戦だ。
資料の最後にイケメン隊員たちのプロフィールが写真付きで添付されていた。
途端に目がバッチリ冴える。
――おぅ、私が求めているのは正にこれなのだ。




