10 無反応かいッ!
顎クイするイソギシ、される私。更衣室で向かい合う男女、このシチュエーションを誰かに見られたら、いかがわしい想像に至るのもやむなしだ。
すると徐々に彼の顔が近づいてきた。彼の瞳が私を見つめて離さない。
「……〜〜っ!?」
わわっ……ちょっと待ってよ、これってこのままキスされちゃうんじゃ……。
硬直する私の眼前でピタリと動きが止まる。
「失礼、あまりにも綺麗な瞳だったものでつい……」
心臓がドキッと脈を打つ。
こんな歯の浮くようなセリフも彼が言うとキザに聞こえないから不思議である。
「は、あはは……」
「しかしどこか秘め事を内包している、そんな瞳ですね」
「え?」
思わずギクッとした。
「いえ、なんでもありません。それではレクチャーに戻ります。真っ直ぐ立ったら背筋を伸ばし、腕は真っ直ぐ降ろして指先は伸ばす。かかとを揃えて、つま先は四十五度に開きます」
ドキドキしながら言われたとおり体を動かしていく。なかなか窮屈な姿勢だ。これを維持するのは結構キツい。早くも太ももの裏あたりがプルプルしていきた。
直立不動で動けない私の眼鏡フレームをおもむろに摘まみあげた彼は、「眼鏡は外した方がいいですね」と言って外されてしまった。視界がぼんやりと霞む。
「ど、どうしてですか?」
目を細めて尋ねる私に、イソギシは視線を合わせるよに腰を屈めた。
「瞳が綺麗なので眼鏡越しでは勿体ないかと思いまして」と甘え声で囁き、微笑んでみせる。
「っ!?」
カッと耳の先まで一気に熱を帯びていく。
「それから部下の前では堂々としてください。なにがあっても顔に出してはいけません。動揺や不安といった感情が周囲に伝わってしまいます。あなたは司令官なのですから、常に冷静沈着でなければなりません」
心臓バクバクでコクリとうなずく私の頬に彼は優しく触れた。
ああ、なんかもうどうにでもなってしまえ……。
「悪ふざけはそれくらいしろよ、タイチョー」
私の頬に振れたイソギシの手首を乱暴に掴んだのは、切れ長の目をしたイケメンだった。お姫様抱っこされた彼とは別の男性である。
「これは失礼しました」
私の頬から手を離したイソギシは、「赤城、白城司令官に今日いるメンバーを紹介する。ヒトサンフタマルに会議室へ案内するように。それでは白城司令、失礼します」と隊員に指示を与えて更衣室から出て行った。
赤城と呼ばれた男は、ふんと鼻を鳴らす。
「ついて来い。案内してやる」
ぶっきらぼうに踵を返した彼の後に続こうとしたが、彼は突然立ち止まって振り向った。そして心底蔑んだような眼をして私に告げた。
「あんたも欲求不満そうな顔しているから、タイチョーに付け入られるんだ」
「なっ……」
私は言葉を失った。さっきまでのぽわぽわした夢心地気分が一瞬で吹き飛んでしまう。
こいつムカつくッ!
☆☆☆
ヒトサンフタマル定刻、会議室に案内された私の前に三人の男が〝きをつけ〟の姿勢で立っている。
右翼に隊長のイソギシことタイチョー(イケメン)、その左に俺様系の赤城、さらに左に(おそらく)お姫様抱っこされたイケメンの順で並んでいる。
左翼の彼はタイチョーから烏丸と呼ばれていた。クール系というか無愛想というか無頓着というか、まだ一度も私の方を見ていない。どうやら新司令官の私にはあまり興味がないようだ。ちょっとだけ悲しい。
ところで特殊部隊って三人だけなのかしら?
「白城司令官に敬礼!」
タイチョーの号令に隊員たちが一斉に右手を挙げて指先をこめかみに当てる。私は彼らを真似て敬礼を返した。
「なおれ! 司令官、訓示!」
「くんじ?」
「就任あいさつです。自己紹介で構いません」
タイチョーは言った。
「あ、えっと……厚生労働省の方から司令官として来ました。白城千鳥です。どうぞよろしくお願いいたします」
「……」
「……」
無反応かいッ!
「以上をもって着任式を終了する、わかれ!」
号令によって隊員たちは再び敬礼をした後、〝きをつけ〟の姿勢に戻った。
「それでは司令官室に案内します。しばらく外でお待ちください」
「わかりました」
タイチョーに促された私は会議室を出た。すると閉ざされたドアの向こう側から彼らの会話が漏れ聞こえてくるではないか。
「今度はずいぶん若いの送りこんできたな。オレたちとそう歳は変わらなそうだ。ああ見えても厚生労働省のキャリア様なんだろう?」
この声は私をお姫様抱っこした彼だ。
「キャリア組は採用されてすぐ小隊長クラス、数年後には中隊長クラスになるんだ。別に珍しくもない」
しれっと返したのは俺様系の赤城だろう。
「お前たちは実弾射撃訓練に移れ。俺は白城司令を案内した後で合流する」
これら甘いマスクのタイチョーだ。
「「了解」」




