1 「スワンから各員に通達します」
「スワンから各員に通達します」
上空を舞うヘリコプターの回転翼が放つノイズを背中に受けながら、白城千鳥はインカムのプレストークを押下した。
「現場はアクアビレッジお台場モール、地下一階ユナイテッドシネマズの七番スクリーンと十二番スクリーンにおいて刺激臭が発生したとのこと」
あらゆる感情を極限までそぎ落とし、ひんやりと冷たさを声に持たせ、現在の状況を告げていく。
「来場者にあっては避難しているとのことですが、従業員数名が取り残されている模様、その他にあっては不明。二か所同時に発生していることからテロの可能性が極めて高いと思われます。活動には十分留意してください、以上」
凛然とした彼女の声が、面体マスクに内蔵された骨伝導イヤホンを介して隊員たちの聴覚神経を刺激する。
彼女の目の前に置かれた一台のノートパソコン、画面には各隊員の防弾ヘルメットに取り付けられた小型カメラから送られてくる映像が映し出されている。
ディスプレイを分割する画面は全部で五つ、唯一消し去ることのできない呼吸音を刻みながらカナリアイエローの化学防護服に身を包んだ五名からなる部隊は列車のように一列になって進んでいく。
警視庁機動隊が設定した警戒ラインを潜ってからだいぶ歩いてきた。そもそも警視庁の現場指揮官は地下一階だけでなく、ショッピングモールをまるごと警戒区域にしてしまったのである。
すでに隊員たちの全身は汗でずぶ濡れだろう――。
しかしながら、近かろうが遠かろうが即死性のエアロゾルから身を守る化学防護服に通気性などという概念はない。加えて圧縮空気が充填されたボンベを背負ってダイニーマ製の防弾ヘルメットを被り、銃器やナイフにプレート入りのボディアーマー、その他諸々の装備を携行していれば、例え真冬でも数分で汗だくになってしまうのだ。
それに警察部隊が必要以上に警戒区域を広げてしまったのには理由がある。
〝あの事件〟で多くの仲間を失った彼らは、迂闊に前線を上げられなくなってしまった。
『スパローからスワン、チケット売り場を通過、各検知器にあっては数値変化なし。これより作戦を開始する』
ディスプレイの左上、カメラ1から発信されたことを示すシグナルが点灯した。
発信者である男の名前は磯岸柊真、元陸上自衛官にして白城千鳥が指揮を執るSCARの隊長だ。
隊員からは〝タイチョー〟と呼ばれている彼は部隊の中で最年長であり、普段から物静かで口数は少ないが、豊富な経験に裏打ちされた冷静沈着な判断力と百八十センチを超える恵まれた体躯を持ち、その王子様のような端正な顔立ちと温和な物腰と眼差しは、見つめられただけでクラクラしてしまうほどの、もれなくイケメンだ。
「了解、警戒を怠らず検知活動を継続してください。なお、現時点を以って銃器の使用を許可します」
健闘を祈ります、と千鳥は締めくくる。
了解と応答したタイチョーがサブマシンガンのセイフティを解除すると、他のメンバーもそれに続く。
『なあ、タイチョー』
カメラ4から発信されたくだけた態度の声、その声の主は東京消防庁の消防官だった烏丸疾風だ。
一見してクール系な強面だけど、実はフレンドリーで面倒見が良い。会話するときも距離が近くて意図せず女を惑わしてくる天然タイプ、そしてもれなくイケメンである。
『なんだ?』
振り返らずに応えたタイチョーはエントランスホールからスクリーンへと続く薄暗い丁字通路の角で腰を落とした。
『いつになったらオレの武器をハンドガンからサブマシンガンにクラスチェンジしてくれるんだよ』
大臣直轄の対テロ特殊部隊 SCARに入隊するまで銃に触れたことすらなかった彼にとってはハンドガンでも十分手に余る代物なのだが、やはり不公平感は否めないのだろう。
『最初に言ったはずだ。「トリガーに掛かる人差し指に弾を当てられたら変えてやる」と』
『んなことできるヤツいるのかよ……』
烏丸は懐疑的な声色で愚痴を漏らした。
『無論だ』
そう言い切ったタイチョーの語気には絶対的な自信が込められている。日本最強と謳われる特殊作戦群に所属していた男が言うと嘘には聞こえない。
『普通にできるやろ?』
カメラ4、烏丸隊員のカメラが壁面に背中を預けて周囲を警戒する小柄な男の姿を捉える。
特徴のある関西訛りで飄々と言ってのけたのは、興梠森鷹こと通称〝ロギ〟。
海上保安庁の特殊警備隊(SST)に所属していた彼は誰に対しても人当たりが良くチームのムードメーカーで、何でもそつなくこなす頭のキレるタイプ。
一見してチャラそうに見えるが、実は一途だったり女性に奥手だったりと思わず養いたくなってしまうタイプの、もれなくイケメンだ。
本日は四話まで投稿します。




